獣と人の禅問答
出来れば恒例にしたい閑話シリーズ第2弾です。
挿入のタイミングと内容、誰を主体にするかとか悩ましいですが…
とある部屋の中央にしつらえたテーブルには、小皿とグラスが一つずつ、そしてテーブルの中心には上質な果実酒の酒瓶が置かれている。
グラスに注がれているのは勿論果実酒、小皿に注がれているのも同じく果実酒。
テーブルを挟むように一匹の獣と、一人の男。
獣の姿は小柄のため、テーブルを挟んでいるのか?と言われればどちらとも言えないが、ともかく両者はテーブルというより果実酒の酒瓶を挟む形で相対している。
男、北方領領主、アイン=スタットロードはグラスを手に取り、ぐいっと果実酒を呷る。
同様に、獣、雷狼シロは器用に小皿を傾け同じく果実酒をゴクリと口に含む。
二人(正確には一人と一匹だが)は先刻まで、別の同行者の部屋に居たわけだが、そこでの会話から浮かび上がった史実についての問答の場を改めて設えたという成行である。
「さて…少し性急とは思うのですが…」
と前置きシロに問う。
この世界に存在していた9つ目の国、そして史実として残っている8つ目の国、その滅亡の原因となった存在。
西方領の更に西の海にあった諸島を丸呑みした影は、何故か一定の範囲を呑み込み消えたという。
南方領から遥か南にあった今は無き国があったとされる土地の今は広大な円を描く不毛の大地になっており、以降史実上は「無の大地」と呼ばれている。
何分正体や実態が謎に包まれているため、原因も然ることながら、影響する規模や範囲についても結論付ける確証がない。
「西方の海も同様じゃよ。」
曰く、周囲に海水があった故、人の目にはその地を確認する方法は乏しいものの、無の大地同様にその海底には広大な円が刻まれているらしい。
ただ、こちらに関しては長い年月をかけ、海の恵みの恩恵を少しずつ蓄え現在では不毛の大地とまではないようではあるものの、環境故その詳細は不明だ。
西方の亜人種や地元の漁師の協力があれば調べることもできようが、今すぐに出来る事でもない。
話は戻り南方の無の大地における隣接、または近隣諸国の扱いについてだが、いずれの国もその情報の少なさ、諸国の牽制も含め手出しができずにいるのが現状。
自国の改革派閥の中には野心的に領土拡大を求める声も無いわけではないが、他国同様に決定打の無い事から強行策を取れていないのもまた事実。
施政者の中には御抱の冒険者を使って調査を行うこともあるが、そもそもの専門家がいるわけでもなく、文献からの情報も限られている現状の打開策までには至らない。
「ですが…あの子ならば、と思ってしまうのですよ。」
グラスを傾け、先程まで居た一室の方向を指す。
「解らぬでもないが、主はそれでよいのか?」
少しだけ自嘲気味に笑う。
「私が恨まれるだけで事が済むならばこれ程効率の良いことは無いかと。」
失礼、と一言詫びアインはシロの頭に手を伸ばす。
「一つ取引と言うわけでもないのですが、シロ様に頼みたい事があるのです、宜しいですか?」
撫でられるのは嫌いではないぞ?と返事は頼み事の内容を促す。
「ーーーーーーーー」
アインの頼み事は思っていたより軽いものではない。
「お主にはその覚悟があるということじゃな?」
「恐らくソレが引き起こす渦もある程度の予想はついていますので…」
付け加える眼差しは数少ない人との付き合いでもそうは見たことが無い程に真摯なものだ。
「良かろう。主の頼み承る。」
その言葉を聞いたアインは懐から小さなナイフを取り出し、人差しを軽く突いた。
指先からジワリと血が滲むのを確認しシロに差し出す。
舐め取った血を嚥下し目を閉じる。
アインとシロの体が淡赤色に包まれた。
「これは本来契約ごとに使われるものではないのじゃがのぅ…」
「ふふ、これで大きな心配事が一つ解決しました。」
「重ねて頼むのは気が引けるのですが、いずれこの契約が果された後も彼等のことを頼めますか?」
小さく溜息を吐いたシロは「乗りかかった船じゃよ。」と笑った。
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本編もいければ今日中に1話投稿予定です。
第3弾もいずれかの切れ目で考えます!
次回もお楽しみに!