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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第七章 鳴動戦火
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222話 水底の夜空

222話目投稿します。


予想外が重なる結果は、始まりへと戻る。

まずは手を下げる。

翳したままでないと使えないのなら攻撃にしろ防御にしろ只距離が長いだけのモノでしかない。

今この状況に於いて練習することでは無いが、今出来ればこの後の想定にも対応出来る可能性は高まる。

送る魔力はそのままに、下げた腕の先、拳を握り、開きを繰り返し何度か動かす。

大丈夫、行けそうだ。

次は足を動かし、少しずつ場所を移動する。

『ゆっくり…ゆっくり…』

「フィル様、その調子です!」

小さな声で応援してくれるヘルト。

「ちょっ、ヘルトさん、動いちゃダメですって!」

文句を言いつつもしっかりと彼女を抱きかかえているギリアム。

背に腹は代えられない彼らとしては最早私がどこまで出来るかを見守る事しか出来ない。


ゆっくり、ゆっくり、少しずつ、少しずつ


地についた足の先。

2人の鼓動を捉える。

感じるのは期待と、少しだけの不安。

そして安心感。

そんな気持ちを抱かれてしまっては格好悪い所なんて見せられない。


彼らの周りを囲い込むような、そんな光景を頭に強く描いて、少しずつ、ゆっくりと足を踏み出す。

徐々に速度を上げて、普段の歩く歩幅と速さへと。




やがて振り向いても彼らの姿が見えなくなり、入れ替わるように視界に入るのは件の水盆。

程なく手が届く距離に辿り着き、大きく息を吐く。

頭の片隅にはしっかりと2人の姿がある。

私が作った小さな結界の中、出来るだけこちらの負担が少なくなるよう、しっかりと抱き合ってその範囲を維持してくれている。

『うん。大丈夫。』

後はこの水盆に触れて、意識を無くさないように気をしっかり持つこと。

改めて気を引き締める。


一つ目の準備は思った以上に良好。

二つ目の実験ももっと大きい形にしたかったが、効果としては多分大丈夫。

三つ目は初めての挑戦。

これが失敗すれば、少なくともあの2人は水に呑み込まれて必死に湖面を目指して藻掻く事になる。

水盆に触れた後、この湖にどんな変化が起こるかは解らないが現状それは彼らが溺れる事と同義であると言えるだろう。


『ふぅ…』

気を引き締めろ。

ここまでは何とか上手くいった。

綱渡り、ぶっつけ本番、出たとこ勝負。

揃いも揃って博打以外の何でもない。

脅威と判りにくい脅威は目の前にある。

何よりも怖いのは彼らが全く持ってその恐怖を感じていない点。

それなら彼らの想いの儘、何事もなく事を終えられればそれで良い。




触れる。

冷たい感触。

スッと思考に入ってくる無形の干渉。

まだ、まだ大丈夫。

激流のような勢いは感じられない。

頭の隅には2人の姿がしっかりと刻まれたままだ。

『…来る。』

重みを帯びた足取りのように意識の中に迫る黒い影は決して私の身を危険に突き落とすようなモノではない。

今までなら。

今回に関しては、悪意がなくとも、私の身の危険がなくとも呑まれてやるわけには行かない。

水盆に齧りついてでも耐える。

『…ん?』

と身構えていたのだが…いや、確かに意識を刈るような衝動を感じなくはない。

だか今までに比べると随分と…

『弱々しい…?』

依然としてこの体から抜けていくような気怠さに似たものは、魔力を削り、意識も僅かに緩む感じはあるが、この分ならきっとあの2人は無事だ。


結界は…消える様子はない、が…天井の水も落ちてくる素振りもない。

『何なんだ?』

ともあればこの水盆、本当にあの遺跡と同質なのだろうか?

近しいものを感じたのは気のせいだったのだろうか?

周囲を見回しても別段変化は…いや、これは…。




「結局なんだったのでしょう?」

一先ず私が触れても予想していた現象は起こらず、いつまでもそのままにしておくのも悪いと2人の下へと急いで戻り、伴って水盆が鎮座するここに戻ってきた。

ヘルトの意見はご尤もで、変化といえば…。

「水が湧いてますね。」

そう。小さな変化だがソレは水盆の中にあった。

掬って口に含むが、何のことはない普通の水だ。

『うん。美味しい。』

ここに来て色々と動き回った甲斐というのもおかしな話だが、今はただの水でも疲れた体にはありがたい。

「…これはこれで不思議です。」

ヘルトも私に倣い水を掬うが、その興味は喉の渇きを癒すより水盆に向いている。

「注意深く見ないと分かりにくいですが、この水、減っているようには見えません。」

言われてみれば確かに。

「自分も頂きますね、もう喉がカラカラだったのですよ。」

ゴクゴクと喉を鳴らす音は耳にもしっかと残り、ギリアムの疲れた体にも癒やしを施した。


『さて、こうなるともうどうやって脱出したものかな。』

当初の予定では触れたことによる変化が地上に戻るための手段と思っていたが、的外れ猛々しく、その算段もフリダシに戻ってしまった。

「結局自分たちって何であんな隅っこで固まってたんだろ…」

それについては申し訳ない。

「ここまで時間を使ってしまうとなると、皆様に心配をかけてしまいそうですね…」

といいながら頭上を指差すヘルト。

その指が示す先へと視線を向ける。

見上げた向こうは薄暗い。

まるで夜空。

水底から夜空を見る事なんてそうそうにある物でもない。


『まぁ…これはこれで良い経験…というか、厄介事へのご褒美かしら?』

「渇きは癒せても、空腹はどうにもなりません。あまり時間も掛けられそうにありませんね…」

「確かに。自分ももうお腹がペコペコです。」

トホホといった様子でお腹を擦るギリアムの様子を見て、顔を見合わせたヘルトと笑い合う。


安直に笑える状況でもないのだが…これもまぁ一種の遭難とでも言えるのか?

随分と和やかな空気であるのは誰が見ても明らかだった。


『何にせよ、もう少し、アレを眺めるのもアリ…かな?』


水のレンズを通して見る夜空は星の光も一層に揺らぎ、以前船上から眺めた夜の海に似ていた。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


雪山でもなく、海上でもなく、遭難したのは水の底。

出口はどこに現れるのか?


次回もお楽しみに!

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