217話 湖畔を脱する兎
217話目投稿します。
昼食の雑談は親睦を深めるが二兎が湖畔を駆ける事となる
和やかな昼食を楽しみながら、話題は目の前に拡がる湖について。
ほんの僅かな時間ではあるが、私とギリアムが調べた…といっても歩きながら眺めた程度ではあるが、それだけでも普通の湖ではない事は解った。
「確かに、フィル様が言うように単純すぎて気付けなかったというのも解ります。」
違和感の正体に気付いたギリアムは誇らしげで、対象に彼を見るヘルトの目はどことなく辛辣さを浮かべている。
それにしても…何というかヘルトは妙にギリアムに対して冷たい印象を感じるのは何故だろうか?
それも先程の自己紹介でヘルトが言っていた”ギリアムが志願した理由”という事が関係しているのだろうか?
私としては2人にも仲良くして欲しいものだが、少なくともこの短い旅程の間はもう少し空気を軽くしたおきたいところだ。
『まぁ、探索についてはひとまず置いといてさ。ギリアム、さっきの志願理由って何なの?』
「う…え…あ…えーと…どうしても、ですか?」
『うん。今の私にとって…ううん、私たちにとって重要かもしれない事。』
激しい躊躇いと、これは恥じらい?だろうか…男性のそういった表情は見る事も中々無いものだが。
頭を下に向けて、少し固まった後、持ち上げた表情は何かを決心したかの様子。
チラりとヘルトの様子を伺うものの、少し考え「今更か。」と呟き改めてこちらへと向き直る。
「フィル様。俺…いや自分が志願した理由は…」
少しの間、口をパクパクと動かし、
「貴女様です!!」
大声が湖畔に響き渡る。
が、残念かどうかは置いといて、その響きは水面に波紋を立てる事もなく呑まれて消える。
『あ…えーと。一応聞くんだけど…本気のヤツ?』
「ですから私は公言を控えたのですが…」
とヘルトが溜息を漏らす。
ギリアムを見ると、顔を真っ赤にしている。
と思ったら、突如立ち上がり、
「あああああああああああああああああ!!」
もう一度、今度は別の大声を上げながら、ギリアムは湖畔に沿って走って行ってしまった。
『あー…どうしよ…』
「まぁ、少し頭が冷えたら戻るでしょう。」
肩を落して、何事も無かったかのように昼食後の紅茶を啜るヘルト。
冷静に見えるが、ん?
『ねぇヘルト…もしかして、ヘルトが妙にギリアムに冷たかったのって、いわゆる嫉妬?』
「ブホッッ!!」
飲みかけた紅茶を喉に詰まらせたヘルトが盛大に吹き出した。
勢いよく立ち上がり、袖で口を拭ったヘルトは、ギリアムと反対方向ではあるが同様に湖畔に沿って走って行ってしまった。
『あー…ほんと、どうしよ…』
ひとまず手に持った紅茶を口に含む。
『まぁ…ゆっくり行こうか。』
2人が戻るまでの間、とりあえず出来る範囲で湖を調べる。
手で触れた水は何の変哲もないただの水のようだ。
ばしゃばしゃと掻き立てれば飛沫もそれなりに上がるが、不思議な事に大小関わらずに波が立つ様子がまったくない。
跳ねた水そのものが、湖の底に向かって吸い込まれているかのように下へ下へと落ちていくような、そんな感覚だ。
『ふむ…原因はなんだろうな…』
水際の小石を拾って投げ込んでみるも、やはり波紋は立たない。
小石の行方を見守るが、これも改めて気付いたところで、この湖は水面だけでなく形状そのものが普通の湖とは違う。
中心に向かって徐々に深くなっているのではなく、水際からして底が見えない。
恐らく横から見れるとすれば、筒状になっているのではなかろうか?
『ほえぇ…こんな湖もあるんだな…』
驚きはするものの、これは言い換えればかなり危険な湖でもある。
今、私たちの都市に幼い子供は居ないが、今後日常の生活が営まれていくであろう都市の近郊にあるこの湖に下手に足を踏み入れようものなら、溺れる者だっているだろう。
『利用方法はともかくとして、溺れないような対策はしないとなぁ…』
まぁ、溺れる者が子供だけというわけでもないだろうが、会議の議題としてあげておく事を心に留めておく
「あの…フィル様…すいません…」
水際で湖畔の様子を見ていた私に、声を掛けてきたのはギリアムの方が早かった。
まだ少々その頬は紅いものの、一先ずは冷静さを取り戻したようで何よりだ。
『ギリアム、見てみて、この湖、浅いところが無いんだよ。』
見つけた発見をギリアムにも伝える。
『キミやヘルトにばっかり任せっきりにもいかないしね。しっかり調べないと。』
私の隣にしゃがみ込み、湖を覗き込むギリアム。
「あ、ホントですね。これは自分も気付きませんでした。流石です!!」
その後、ギリアム同様、申し訳なさげに合流したヘルトにも湖の形状を伝える。
「ここまで明確な形状ですと、自然に出来た物とは思えませんね。」
『やっぱり?』
と話している横で、ギリアムが軽装の防具を外している。
「となれば、自分、ちょっと潜ってみますよ。」
『え、大丈夫?、真水だよこれ…』
海水に比べて河や湖の水は塩分を含まない故に、前者に比べて溺れやすい。
それくらいはギリアムも承知だとは思うが、それ以上にこの湖そのものが普通ではない。
むやみやたらに踏み入れるのはどうにも躊躇われるのだが…。
「ですから自分が行くんですよ。フィル様も、ヘルトさんも危険な目に合わせるわけにはいかない。その為の自分ですから。」
「あ…」
それでは!と威勢よく声を上げて、ギリアムは勢いよく飛び込んだ。
その直前、心配そうな声を上げたのは私ではなくヘルトだ。
私に追及された事で、先程までの自分の態度を気にしているのか、今は素直にギリアムを心配しているようで、私の意地悪な発言もまぁ無駄ではなかったようだ。
ギリアムが飛び込んだ直後も、やはり波紋は立たず。
彼の姿もあっという間に見えなくなってしまった。
『大丈夫かな…ヘルト、念のため私たちも動けるようにしておこう。』
「…はい。」
静かな水面。
ヘルトが言うにはギリアムは新兵ながらも身体的にはかなり優秀だという。
それでも、やはり不安は残る。
身に付けた装具を外しながら、彼が姿を消した水面をしっかりとこの目に捉える。
「…」
『…』
こうして待つのは短い時間でも長く感じてしまう。
「…」
『…』
ちょっと…長くないか?…
「…あ、あの…」
『…うん。ヘルト!』
そうして、私とヘルトもギリアムを追って水面に向かってその身を投げたのだった。
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不思議な湖は人を飲み込み、水面の底へと誘う。
次回もお楽しみに!