214話 旅する交易商
214話目投稿します。
閉ざされていた仕来りから解放された者は国中を駆け巡る。
ガルドがその手で生み出した5本の小さな刃は、今となっては私の力を発揮するために必要な武器だ。
ヴェルンが私にと持ち出したソレは残念ながら意匠としてはガルドのモノより優れているとは思うが、武器としてで言えば私ではなく、作り手であるヴェルンの納得が行くものとはならなかった。
しかし同質の武具という意味ではこのまま廃棄してしまうには勿体ない、少し考える時間をくれと言われたものの、私にはそれを止める理由はないし、そもそもヴェルン本人が手掛けているのだから、じっくりと納得がいくものを作ってくれればいい。
「お嬢ちゃん、悪いんじゃがエルフ族の中で信用の置ける者、且つ魔力に長けた者に心当たりはあるじゃろうか?」
今、この地に居るエルフの戦士たちはいずれも信用に足る者に違いはない。
が…事魔力の、この場合は単純な力の大小ではなく知識の方が重要だろう。
それに関してという条件となればそうも行かない。
『うーん…あの戦士たちならそれなりだとは思うんだけど…』
エルフ族で、と言われて現状で思い浮かぶのは族長の代理であるあの男だろうか?
「あ、そうじゃ、一人忘れておった。あの交易商は呼べんのかのぅ?」
エルフの交易商…といえば…
『交易商って、ロディルさんの事かな?』
「そうそう、ロディル、ロディルじゃったな。そもそもコレの元をワシのところに持ってきたのもアヤツじゃ。」
ロディルとは何度か話した事はあったが、私が知る、本人から聞いているその印象はヴェルンが必要とする条件を満たしているとは思えず。
『うーん…まぁ、呼べなくはない、だろうけど。ひとまずエルフたちにお願いしておくよ。』
工房を後にして、その足でエルフの戦士たちがこの町で居を構えている一画に向かう。
石造りの建物を主としたこの拠点の中で、彼ら用に建てられた住居は木造のログハウス。
そしていくつか建てられた家の裏手には畑が広がり、農作業に勤しむ戦士たちの姿が見られる。
『うわぁ…こりゃ凄い…』
感心する私に戦士の一人が声をかけてくれた。
「フィル様、こんにちは。我らに何か御用でもありましたか?」
その姿からは凡そ凄まじい勢いで南方の兵を薙ぎ払っていた姿と違い、純朴そうな農民にしか見えなくて苦笑する。
私の笑みに少し訝しげにするものの、理由を伝え素直に謝るとこれが本来の自分たちの生活なのだ、と誇らしげに教えてくれた。
本来なら必要に迫られた時しか武器を持たない彼ら。
こうして農業に勤しんでいる姿こそが正しい。
出来ればこの地に長くとどまり、その本来の姿を以てこの町に留まってくれれば、と思うところはあるが、果たして…。
「我らは建物を作ったりするのは得意ではありません。ですがこの町が自然と共に歩めるように腕を振るいましょう。」
食料の生産に長けた人材は貴重だ。
出来る事なら、この先も戦いなどに労力を割かせたくはないが、そう思ったように行かない事もまた解りきっている。
「して、何か御用があったのでは?」
『あ、そうだった。』
ここに来た理由を伝え、ロディルの今を探る。
「ロディルさんですか…ふーむ…」
話によれば、彼は普段から割りと自由に集落を出入りしており、住民たちもその行動の全てを把握しているわけではないのだという。
集落に居る間は、仕入れてきた物品を住民へと配ったりで奔走しているらしいが、それが終わればいつの間にか村から姿を消す。
恐らくは交易に役立ちそうな品々を探し、集め、また集落を出ていく。
そんな繰り返しをずっと続けているのだ、という。
『私が知ってる限りだと、オスタングとの行き来が殆どって話だったけど、今は違うの?』
「そうですね。少なくともフィル様が初めて我らの里を訪れてから以降、色んな町へと交易に出ていたと思いますよ。」
『あぁ…そういえば、一度王都でも会ったな。』
あの時は随分と王都の雰囲気に圧倒されていたような印象だったが、以降も色んな土地へと見分を広めていたようだ。
「ほう、それは初耳だ。今となっては羨ましい話ですね。」
あまり外部との関わりを持たなかったエルフ族ではあったが、今はその過去の仕来りから解き放たれ、この町を皮切りにするように徐々にその世界を広めていく事だろう。
遠い未来に於いて、もしかしたら西方の船乗りをするエルフ族なんて者すら現れるのかもしれない。
『うーん…そうなると一層ロディルさんを見つけるのは難しいって事かぁ…どうしよう。』
「すぐに見つかる、とは言えませんが集落には連絡を入れておきましょう。近々戻る事があればここに足を運ぶように。」
『うん、手間かけてごめん。お願い。』
「いえ、どんな形であれ、貴女様のお役に立てるのならば、嬉しい事ですよ。」
お礼を言って、エルフ族の一画を後にする。
『さて…そろそろ戻らないとまたヘルトに怒られちゃうな。』
辺りを見回し、この場所の凡その位置を頭に浮かべる。
『えっと…多分こっち。』
執務室兼住居がある方向は、エルフ族が作業に勤しむ畑の間を抜ける形になるようで、彼らの仕事ぶりを横目に見ながら足を進める。
私の姿を見かける彼らは、各々に手を振ったり、頭を下げたりと、見るからに長閑。
よく見ると、作業している彼らに紛れて、小さな姿がいくつか見える。
『あぁ…成程、これは適材適所というやつだ。』
畑の縁、ちょこまかと動き回る小さな影は、ノームと同じコボルト族の面々。
彼らはエルフたちが農作業を行うための畑の拡大に貢献しているようだ。
土を掘る事を得意とする彼らにとって、畑を耕す事は容易だろう。
色んな種族がこの都市に集まってくる。
時にそれは護るべきモノが大きくなっていくという不利を生むが、それ以上にこの都市を大きくするための糧だ。
それを護るための準備を怠らない事、それは間違いなく私の仕事だろう。
沢山の書類を片づける以上に大事にしなくてはならない。
『とは言ったモノの、やっぱり急いで戻らないとね。』
足早に田園区画を駆け抜ける。
そのうち、折を見て畑仕事を手伝うのもきっと楽しいだろう。
私だけでなく、町の皆で、賑やかに、笑い合って、日常を作る事が出来ればいいな。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
日々の仕事に忙殺されそうな中、気分転換となるかどうか?
無頼漢と凄腕の手合わせは、多くの者を沸き立たせる熱を生む。
次回もお楽しみに!