213話 名工の趣味
213話目投稿します。
新築の煙突は、数日のうちに煤だらけ。
それが鍛冶師としての高い価値を表す証だ。
町の一部から黒煙を上げる煙突。
知る人ぞ知るオスタングの名工、ヴェルンの新しい工房が完成したのは彼ら東からの増員が到着して2日後の事だ。
建設にあたって主となるヴェルンと、作業員の間で随分と熱いやり取りがあったそうだが、それでもやはり鍛冶工房という存在はそこで生み出される物の創り手であれ使い手であれ盛り上がるらしい。
ある意味で言えば性別も関係するのかもしれないが、生憎と私には彼らやノザンリィのガルドのような情熱は無いのだろう。
とはいえ、工房の主から視察の要望があれば立場上は訪れる事はやむ無しと言った所ではある。
朝一で再開された建設計画に関する書類の山を一つ片付け、出発したのはまだ朝の涼しい空気が冷めやらぬ時間。
こんな早くから遠目にも見える黒煙の下が目的地であるヴェルンの工房だ。
『あ…』
丁度工房に到着したところ、私と時を同じくして姿を見せた者。
種の特徴もあり、その表情を伺うには随分と視線を上げる必要があった。
「フィル様ですか?」
『え、ええ。貴方は?』
「ヨツンと言います。申し訳ないのですがヴェルンさんを呼んでもらえませんか?」
と、巨躯の男は本当に申し訳無さそうに工房の扉を指さした。
『ああ…成程。構いませんよ、私も用事があったので。』
極力内部の熱を逃さないような造りに建てられた工房は、その入口も同様に出入りする者の…この場合は体格を選ぶ。
ジャイアントの末裔とされている彼のような巨躯が中に入ろうとすれば少なくとも入口周りの壁を壊す必要があるだろう。
当然私にしろ彼にしろそんな事は出来ない。
ヨツンの頼みを快く引き受け、工房の扉を開く。
体を滑り込ませた室内は、ノザンリィで訪れたガルドの鍛冶屋同様に、外気と比べるべくもない程の熱気が充満している。
『ヴェルンさーん!来ましたよー!』
見える範囲で奥にも部屋があるのが分かるが、経験上その扉は開けたくはない。
出来るだけの大声でヴェルンの名を呼び、待つこと数秒、奥の扉が開き、その姿がのそりと現れた。
普段は額辺りに鎮座している作業用の防護眼鏡をしっかりとつけたままでこちらの様子を伺い、眼鏡を外す。
「おお、フィル様。待っておったよ。」
『私より先…お客さんが外で待ってるよ。』
言いながらクイっと工房の入口を指し示す。
「おお、そうか、そうじゃった。」
バタバタと外へと出るヴェルンに続き、私も工房の外に出る。
2人の話が終わるまで中で待つのは良い汗をかく事にはなるだろうが、正直御免被りたいところだ。
ヨツンの用事はどうやら近隣で採取した鉱物についての情報交換と、彼ら用の耕具についてといったところ。
やはり外に出て正解だった。
それなりに長くなりそうな内容だ。
彼らの話が終わったのは有に数時間。
陽はすでに頭上近くにきていたが、私自身も驚く事に、彼らの話は端から聞いていてもとても楽しく、興味が湧くモノだった。
マリーの話では、ジャイアントの末裔という彼らに抱いていた私の印象は随分と変わり、比較する意味ではノームたちコボルト族が土を掘る事に特化しているとすれば、彼らジャイアントの末裔は鉱物の掘削や収集に特化していると言えばしっくりくるだろうか?
端っから鉱石の知識には乏しい私でも「この鉱石は硬い」「こっちは軟性があるので加工しやすい」といった細かなところまで説明する姿は、私の知り得ぬ事を多く話してくれた。
知らないながらも時折、横から問いかける私にも丁寧に応じてくれたヨツンの印象は間違いなく誰しも好感を抱ける。
立場上、この近隣で手に入る資源にも詳しくある必要てある以上、また時間を取って彼らとの親睦を深める機会を作りたいものだ。
『ヨツン。ありがとう。楽しい時間だったよ。』
「いえ。それでは私はこれで。」
と、やはり立ち去る時はそそくさと早い。
こういう点がマリーが言うところの”無骨さ”と言った所以なのだろう。
けれど、通りから去る間際、手を振る私にしっかりと返してくれたその姿は、無骨というよりはどちらかと言えば恥ずかしがり屋といった印象を感じるわけで、その巨躯に似合わぬ”可愛らしさ”というモノが頭に浮かび、クスりと笑ってしまう。
「さて、フィル様。随分時間を取らせてしもうた。」
空気を切り替えるように直ったヴェルン。
「出来れば内密に、と行きたいところなんじゃが…中でも大丈夫かいな?」
と工房を指差す。
『途中休憩はアリ?』
「善処しよう。」
工房の中に戻ると、再び猛烈な熱気に包まれ、長時間の滞在は骨が折れそうだ。
こちらの限度を鑑みてくれたのか、少し待て、と一度奥の部屋に向かい、さしたる間を開けずに戻るヴェルン。
その手に持つ物を見て、困惑すべきか、驚くべきか、喜ぶべきか、悩みどころの代物が出された。
「こいつぁ北のヤツから報せを貰って拵えたモノだ。アイツが言う事が正しいなら恐らく使いこなせるのはアンタだけじゃろうな。」
『五本が精一杯なんだけどなぁ…』
「ふむ、ちと大きいか…やはり武器としての技術で挑むのは無謀かもしれんのぅ…」
腰から取り出して並べた小さな刃。
その一つを手にとって確かめるヴェルン。
「この造りならアイツが苦手な柄細工も不要…ともなればコレは正にアヤツの理に適っておるというわけか…」
しばしの間唸るような呟きを残し、私に渡そうとしていた品を引っ込める。
『あら、どうするの?ソレ。』
「少し時間がかかるじゃろうが、ソレに釣り合うモノを考えるとするわい。」
『私個人を気にかけてくれるのはありがたいけど、今は建設に目を向けてくれると助かる…かな?』
ガハハと笑い、
「大丈夫じゃよ。アイツもワシもコレは趣味じゃ。」
呆れるところはあれど、2人の名工の趣味の出来栄えは笑いしか出ない。
『期待せずに期待しとくよ。』
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魔力に反応する鉱石の存在。
幸いな事に、今この町に在る知識の幅はすこぶる広い。
次回もお楽しみに!