212話 新たな血
212話目投稿します。
北から町へと向かう一団は、この地に新たな息吹を生み出す血の一滴。
都市建設拠点からまだ少しの距離を空けてこちらへと近付く一団。
私がその気配を感じとったのは建設計画に三日の休暇を挟んだ翌日の事だった。
『うん。丁度いいね。』
一団の足並みから察するに恐らくはグリオスを筆頭とした東方からの増員だろう。
あの無頼漢は相変わらずこの距離でも強い圧を携えている。
それ以外にも人とは違う足音。
予想が外れてなければあの子とも久しぶりに会えるだろう。
『ふぅ…』
と特に大きな仕事を終えたわけでもないのに疲労感を伴う呼吸が漏れる。
「フィル様、大丈夫ですか?」
ヘルトの心配する気持ちも分かる。
まだ日も昇りきらない時間にも関わらず、私が感じている疲れはまるで一日中建設作業を行った後よりも酷い。
より顕著に感じるようになったのはここ数日ではあるが、以前に比べて酷くなった境目はやはり…。
『ん、大丈夫。』
「私にはお手伝いをする事しかできません、フィル様にしかできない事はフィル様が考えておられる以上に多い…ですから繰れぐれもご無理はなさいませぬよう…」
気にかけてくれる人は沢山居る。
それに応えられるように頑張らなければならないとは思うが、その頑張りこそが心配の元なのかもしれない。
そう思うとついつい笑ってしまう。
「フィル様?、真面目に話しているのですよ!」
叱られてしまった。
軽めの昼食を終え、のんびりと過ごしていた頃、町の北側から訪れた一団。
私の予想を裏切る事はなく、先頭を歩く大男は遠目に私の姿を捉えるとこれまた大きく手を振った。
『グリオス様。遠路遥々お疲れ様でした。色々とお話もしたいところではありますが、お連れの方々と共に一先ずは疲れを癒してください。時間も時間ですし、さっそく皆さまに昼食の用意をしましょう。』
「うむ。」と頷くが、直後に「おっと、いかんいかん。」と首を振る。はて?
その挙動に疑問顔を浮かべる私に、グリオスはとんでもない事を言った。
「フィル…いや、フィル殿。今までと同じように減り下る必要はないぞ?、貴殿は最早、位で言えばワシよりも上。ワシもパルティアも今や貴殿の部下の一人だ。」
とは言うものの、確かに私も形式上はそうであると理解はしている。
が、今までの接し方からいきなり変えろと言われても無理があるし、私個人は立場を傘にするつもりなど毛頭ないし、何よりグリオスは年上だ。
そんな先人の重ねた年月と経験に対する敬意を疎かにするつもりはない。
『ま、まぁ…追々と…』
「貴殿が創り上げる軍の姿、楽しみにするとしよう。」
グリオスにとっては祝い事…の一種なのだろうか?、嬉しそうに微笑む姿には苦笑しか浮ばない。
改めてグリオスと共に到着した一団の様子を伺う。
思っていた以上に多種族の編成に驚いたのは私だけではないはずだが、マリーは事前に話を聞いていたようでもある。
一団の中でも一際背が低い種族は、私も良く知っているコボルト族。
好奇心旺盛な彼らは新しい土地に訪れた事で、落ち着かない様子で燥いでいる者が多い。
その中、掻きわけるようにこちらに飛び出してくる一匹のコボルト。
「ふぃる!!ふぃる!!」
『ノーム!、久しぶりだね。元気そうで良かったぁ~。』
抱きついてくるノーム、ところどころに生える長い体毛が以前よりももふもふしていて心地よい。
「オレタチふぃるノオテツダイ、ガンバルぞ!」
『うん。頼りにしてるよ。』
「フィル様。一時はどうなる事と思いましたが、ご無事な姿を見れて我らもホッとしましたぞ。」
ノームとじゃれ合っているところに声を掛けてきたのはエルフ族の面々。
見覚えある彼らの顔、それもそのはず、この一団と共に来た彼らはあの時、エルフの集落から私と共に戦いに赴いた戦士たちだ。
『皆さんも…まさか一緒に来られるとは思いませんでした。』
事、あの時は森に危険が迫っているという理由があったからこその決断だったはずだが、戦士たちを束ねる一人が言うには、今は亡き叔父がエルフ族に与えてくれたモノを大事にしていきたいという一心。
古き良き文化やシキタリと、時代の変化に応じたエルフ族としての進化を、まだ幼き指導者と共に歩んでいきたいという種としての選択なのだと。
一時は彼らの住まう肥沃な土地を狙ってのセルストの侵攻は、今となってはその標的を大きく変えているが、それでも彼の地を護るための目は張り巡らせなければいけない。
そういった面でも、この戦士たちの助力はありがたい。
「フィル様、恐らく彼らを御覧になるのは初めてではないでしょうか?」
エルフの戦士たちを見送った私に声を掛けてきたのはマリーだ。
彼女の指が示す先には、一団の中でも一際大きな身長を持つ者たちで、その中で背が低い者とて、未だに私の足元ではしゃぐノームに比べるとその差は私の身長を足してもまだ足りない程だ。
『お、大きい…』
「ふふっ…彼らは巨人族の末裔とも言われる種でして、オスタングでは主に鉱夫として働く者が殆どなのです。事、開拓、此度で言えば水路の掘削などに於いては、フィル様の想像以上にその力を発揮してくれるでしょう。」
『おぉ…それは心強いね。』
マリーに手招きされ、その中の一人がこちらへと近付いてくる。
「フィル様。我らジャイアントの末裔の力、存分にお使いください。」
それだけをこちらに伝え、その大きな一団もまた他の者たちと同様に一旦の住居へと向かっていった。
『あ…私何も返事できなかったんだけど…』
「ふふ、彼らは基本的に無骨なのですよ。それに貴女の事は以前から彼らの耳にも入っていますし、且つ、彼らは恐ろしい程に察しがいい。」
初めて目にした種族、ジャイアントの末裔。
折を見て彼らともしっかりと親睦を深めて行きたいと思う。
「あのー…嬢ちゃん…久しぶりじゃのぅ…」
声をかけるタイミングを完全に失っていたのは、オスタング一の鍛冶師とまで言われたドワーフ族のヴェルンだ。
東方ではカイルだけでなく、私自身も良し悪し含めて色んな意味でお世話になった者。
『あー…ヴェルンさんもお元気そうでなにより。』
「また指揮官らしくしっかりした防具も造ってやらんとな。」
ニヤりと笑う凄腕の鍛冶師は、刀剣だけでなく防具を造らせても一流。
『今度は地味なのでお願いしたいところだけど…』
「それは駄目です。」
やはり、というか予想通り。
今まで、東の地では何かと恥ずかしい目に合わされていた私だったが、まさに目の前にその黒幕が正体を現した、というわけだ。
『はぁ…もうお任せしますよ…』
猛烈に拒否しても何かにかけて私の衣装を用意するつもりのマリー。
諦めの溜息が新たな力を得た町の喧噪に溶けて消えるのだった。
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次回もお楽しみに!