211話 暗闇の罠
211話目投稿します。
案の定、宴の影に蠢く者。
彼らは知らない。この町を包むモノを。
宴の時間は終わりを告げ、その中心であった中央広場にはそろそろ肌寒くなってきた深夜の空気の中でも酔い潰れた幾人かが豪快な寝息を上げている。
時折動くのは彼らの寝返りと、燻る篝火の灯りの影。
その影に気配を潜めるように物陰に集う数名の人影。
一団の向かう先は明らかで、先日の襲撃から監視体制の強化が行われたと言っても先の宴の流れからこの夜だけはその気配を大きく和らげていた。
キィ…と小さな音を立てて開かれる扉。
新月の夜は月明りも届かず、灯りも落とされた部屋の中、僅かに窓の隙間から射すのは星々の弱い光のみ。
部屋の外で警戒に当たる役割に二名を配し、侵入した残る人影は三つ。
静まり返った部屋の中でも気配を感じさせないその実力は、相当の手練れだと解る。
素早く標的が眠りについているベッドへと近付き、刃物特有の金属音すら鳴らす事なく引き抜かれた。
『今ならまだ戻れるよ?』
「!!」
「!?」
「っ!?」
手練れ故の驚き。
まさにその手に持った刃を振り下ろす直前、彼らもよもや標的であるその人。
宴の酒に酔いしれ、眠りについていると予想していた者が、自分たちが察する事すら出来ない程に気配を感じさせないなどとは、到底考えられなかったのだ。
『凄いね。一瞬驚いただけで鼓動は変わらない。』
星灯りが射す窓際に歩み寄る。
彼らの目にも私の姿、フィル=スタットの姿がしっかりと映っているだろう。
その目にはどんな姿に見えているのだろうか?
彼らが抱くのは恐怖か、後悔か、憤怒か、哀愁か?
『5人で良かったよ。私の使える数で足りた。』
彼らは動けない。
その喉元に小さな刃の感触があり、いつその牙が喉元を食い破るか解らないからだ。
『大人しく戻って、他の人たちと同じように、明日…もう今日だね…朝を迎える気はある?』
間違いなく致命傷となるであろう刃を突き付けておいて、その口を開かせない程、私はまだ冷徹にはなれない。
先日、襲撃者を撃退した母や、キョウカイの面々からすれば、甘ったれと言われても仕方ない。
それでも私は…。
「我らを許すとでも言うのか?」
襲撃者の一人が意を決して口を開く。
彼が言葉を発し、問答によって喉元の刃が動かぬ事を理解した彼らの微弱な鼓動の和らぎを感じる。
『この襲撃を知るのは、私だけ…生憎この暗闇で貴方たちの顔も見えない。』
最初に口を開いた者とは別の者が声を上げる。
「今見逃せば、また次の機会を狙うだけだぞ!」
『解ってる。出来るならやればいい。』
私の返事を聞いた3人目が矢継ぎ早に叫ぶ。
「随分と余裕があるんだな、指揮官どの。」
声色からすれば女性。
未だ彼らの顔は見えないし、そもそも見るつもりもない。
このまま立ち去ってくれれば、彼らの正体を探る気もない。
『外の2人も含めて、私を狙った理由も、それを指示した人も、多分私は解ってる。』
油断はしていない。
彼らの喉元に突き付けている刃は、彼らが少しでもその気になれば、私が何をするでもなくこの部屋と、部屋の前を紅く染めるだろう。
私としては出来ればそんな事にはしたくない。
『案外ね、あの大人しそうなヘルトも怖いんだ。部屋を汚して怒られたくはないな…。』
この言葉に憤慨したのは…声色からすれば二番目に喋った者だ。
「アンタにとっての俺らの命なんて、掃除して終わりって程度かよ!。」
『私じゃない。貴方たちに命令した人が貴方たちに下した価値だよ。』
直接の命令があの人から発せられた事ではないのかもしれない。
でも、そう遠くない位置に居るであろう彼の意を含む命令である事には変わりはないだろう。
その彼にとって、襲撃者たちの命はある意味を除けば大した価値はない。
「貴様に我が主の何が解るというのだ!」
彼らに命令を下した者を”主”と呼んだ。
であれば、私の予想は間違っていない。
この襲撃者に命令を出したその者の名は…セルスト=ヴィルゲイムで間違いない。
だとすれば…。
『信じるか信じないかは、貴方たちが自分の意思で考えなさい。』
彼らに告げる私の言葉。
彼らの主は端っから、彼らが私の命を奪えるとは思っていない。
その主の思惑は、私の力を削ぐ事ではなく、むしろ逆だ。
『あの人にとっての貴方たちは、私の餌程度の扱いしかない…懐柔しようなんてそんな感嘆じゃない事くらい貴方たちの言葉を聞けばわかるよ。だから自分の意思で考えてほしい。』
ここで彼らを見逃して、いずれまた私の命を狙うというならそれもいいだろう。
少なくとも彼らの命は、それまで伸びる。
その時間の中で彼らがまた別の想いを抱くのであれば、私にとっては満足だ。
「…」
「そ、そんな…」
「ちっ…」
考えあぐねる者、狼狽する者、3人目は悔しさと、恨みだろうか?
何であろうが彼らが生きるための糧となるなら、私の糧として命を失わせるより余程マシだ。
もう刃は必要ないだろう。
私の心に呼応するように彼らの喉元に付きまとっていた刃は離れ、音も立てずに私の腰元へと舞い戻った。
「…指揮官どの。今日のところは一応は感謝しておく。」
結局、彼らの襲撃は失敗に終わり、大人しく引いてくれる流れとなる。
三番目の襲撃者、部屋に侵入した3人の中で唯一の女性は「主を裏切ったわけではない」と告げ、部屋の外の気配も含めて微かに音を立てて闇夜に消えた。
「あまいなぁ…」
私の執務室兼寝所となっている建物の上。
予想はしていたが、父と母の姿を捉えた。
「まぁそういうなって。俺はフィルらしいと思うぜ?」
隠し持っていた酒瓶を直に口へと運び、豪快に飲む様子は凡そ警戒していたようには見えない。
『悪かったね。甘ちゃんで。でも解ってるでしょ?』
屋根の上の2人に背を向け、襲撃者が消えた闇夜の町へと振り返る。
『これでいいよ。私はこれでいい。』
頭上からクスクスという笑い声を背に受け、私もまた小さく笑うのだった。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
まだはっきりしない己の道に、少しずつでも光を照らせるのであればいつかきっと…
次回もお楽しみに!