210話 一夜の盃
210話目投稿します。
とある功労者の甲斐で生まれた余暇。設けた宴の席はしばしの安らぎとなるか
『ヘルト、そろそろこっちは片付きそうなんだけど、追加の書類とか…』
机の上に残った書類の数も終わりが見えてきたところで使った本の片付けをしているヘルトに声をかけたのだが「いえ、今のところ急ぎの物はありません。」とほぼ即答で戻ってきた答え。
『あら?…』
「というのも、フィル様の父君、ジョン様にガラ様が加わった事も相俟って、現状の予定とされている建造はほぼ終わりが見えているのですよ。」
確かにあの2人の作業を何度か眺めた事もあったが、競い合うように作業をしているのもあって、他の作業者など不用に感じる程猛烈な勢いで建物が形作られていく様子はまるで自分だけ時間の流れが違うんじゃないか?と錯覚させる程だった。
『となると…次の補給や増員が来るまでは特にやる事もないってことか…』
「良い事ですね。」
部屋の扉が開くと同時に、その言葉を以て入ってきたのはマリーだ。
「あの2人のおかげで随分と楽にはなりましたが、突貫作業の疲れは拭いきれません。余力があるのであれば、何か休暇や労いの場を設けてみては?」
『お休みか…いいねソレ。』
そうして前倒しで進んだ作業によって開いた時間。
私たち建設計画作業員の一団は、三日程の休日を得る事となった。
『まずは頑張ってくれた皆に宴の場を用意しよう。』
「はい。ではアイナ様…母君にもご相談しておきますね。」
宴会ともなると、美味しい料理は必須。
今やこの拠点の筆頭料理人と化している母にも話を通す必要はある。
『備蓄と…必要であれば有志での狩りもやった方がいいかな?』
「そちらは私が受け持ちましょう。ジョン様にもご相談するのが良いかと。」
私が言うまでもなく流石はマリー。適任者は良く分かっているようだ。
『場所は…やっぱり拠点の中央かな。宴会の設営に関しては私が声をかけるよ。』
「はい。解りました。では宜しくお願いしますね。」
こうして一時の楽しい時間を作るべく私たち3人は小さく掛け声を上げる。
『よーし、宴会だー!』
「はい!」
「ええ!」
「貴女もそろそろ料理を覚える気はない?」
『いやぁ…そりゃ出来るものなら覚えたいけどさ…』
快く宴会の料理を引き受けてくれた母。
当然手伝いを要求されはしたものの、元よりそのつもりだった私だったが、母の小言だけはどうしたものか、と少し私を困らせる。
今まで母の料理は日頃から口にして、当然、手伝いの中で同じ料理、同じ調理法、分量で、更には横に立ってもらった上で行う事もあったのだが、どうにも母が出す料理と同じようにはならず、私だけでなく母すらもその理由に頭を悩ませる事は何度もあった。
「基本的なところは出来てるはずなのにねぇ?」
『はっきり言われると落ち込むからやめてよ~。』
以前、多くの人相手に日常的に料理を振る舞う機会もあったのだが、どうにも旨い料理という納得がいく結果が出た試しがない。
そんな悩みはありつつも、こうした極々日常的なやりとりは思い返せば久しぶりで、また故郷の家とは別のところという点でも奇妙な感覚だ。
「んふふー…もしかしたらカイル君になら私より美味しい料理が作れるかもね?」
妙にニヤついた顔が何となく癪に障るが『へっ?…う…』と唸るだけで反論はできそうにない。
母が言わんとしてる事は解らなくはないが、ソレをわざわざ問いただせば藪蛇になりかねない。
ふと、母が顔を上げて、町の入口辺りに視線を向ける。
「ん。ジョンが戻ってきたみたい。」
母の言葉に示されるように町の入口辺りに目を向けると確かに少しの騒めきが見える。
こちらの返答に困りそうな追及を回避する事ができたらしく、丁度いい所で戻ってきてくれた父には感謝だ。
宴会を行うという事で全作業員に通達したところ多くの者から「宴には新鮮な肉だ!」といった話で盛り上がり、まぁ当初の予定に含まれては居たのだが、近場への狩りが提案される形となり、案の定父を筆頭に狩猟が行われ、今まさに帰還と相成ったわけだ。
『迎えに行ってくるね。』
「お願い。」
『皆さん、おかえりなさい。ご苦労様でした。』
狩猟の一団に声を掛けると、喜びの歓声が挙がる。
大袈裟だな?と感じつつも悪い気はしない。何気ない彼らの笑顔を見てそう思った。
「フィル様、狩猟ついでに少しですが周辺の探索をしてきました。後ほど報告に上がりますね。」
収穫物の間から姿を見せたマリー。
マリーが同行していたことに少々驚きはしたのだが、その言葉を聞いて納得する。
『うん、分かった。マリーさんもご苦労様。あとはこちらでやっておくから少し休んでおいて?』
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えますね。」
彼女の返事に頷きで返し、手の開いた幾人かに声を掛けて、収穫物を運んでもらった。
母の元へと運ばれた収穫物は、これまた驚くべき速さで調理され、母の手伝いに手を貸した”料理は得意なほう”としている者たちの感動を生む事となったのはまたより一層、私の両親に対する人々の評価を高める事となったのは言うまでもない。
『皆さん、これまでの数日間、未熟な私についてきてくれて、ありがとう。皆さんの御蔭でこの建設計画も随分余裕が生まれ、こうして宴の席を設ける事ができました。』
皆それぞれにお酒の注がれた器を手に、私の言葉を聞いてくれている。
指揮というのは私にとっては確かにまだまだ難しいところはあれど、こうして見る沢山の人の嬉しそうな表情は、私にもその喜びを与えてくれている。
『今日は思う存分に飲んで、食べて、英気を養ってください!乾杯!!』
勢いよく頭上に掲げた盃から少し中身が溢れ出るが、それも気にならない程に場の熱は高まり、皆の歓声と共に一夜の宴が始まりを告げる。
「フィル様。お勤めご苦労様でした。」
早速、私の元へと歩み寄ってくれたヘルト。
彼女もまた、これまでの数日間は忙しく立ち回ってくれており、多分私が言及しなければ、この宴の席でも己の職を全うするつもりだったのだろう。
流石にそれは私にも容易に予想できたので、できるだけ楽しんでほしいと事前に伝えておいた。
こちらの意を汲んでくれたようで、今の彼女はしっかりと宴を楽しむ様子。
その手に持った盃に、自分のソレを軽く合わせる。
『ヘルトも楽しんでくれると嬉しいな。』
「はい。」
この町、やがて城塞都市と言われるモノがその名に相応しい都市となるにはまだまだ長い時間が必要だろう。
その時を思い描き、盃を呷る。
まだ慣れないお酒の味と、胸に沁み込むような熱、そして宴を楽しむ歓声は、広場の中心で巻き上がる篝火と共に、澄み渡る夜空へと溶けていく。
『私、上手くできてるかな?…』
思い描く理想の指揮者。
今は亡きその人の背中は、今になってとても大きかったのだと思う。
いつかその背中に追いついて、追い越していける日を願い、もう一度、この夜空に向かって盃を掲げた。
昔、お酒が大好きだったというその人へ、この盃が届けばいいのに、と。
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罠を張るには、ソレと解らぬように欺くための手段が必要だ。
次回もお楽しみに!