208話 西の朗報
208話目投稿します。
相変わらずの豪快さを以て、駆け込む西の報せ
「フィル!、河を掘るぞ!!」
城塞都市建設地に到着早々、伝令の報せより早く私の執務室に駆けこんできたのは、旧西方領主の姉、ガラティア=ヴェストロードだった。
『ガラ!?、え?何??』
思わず聞き返した私の返事は決して間違っては居ないはずで、私と共に執務室に居たヘルトの表情を見れば、鏡を見なくても私も似たような表情だったのは解る。
「フィル様…この御方は?」
勢いのまま飛び込んできたガラティアではあったが、いい加減扉を壊さずに開く程度の加減は身に付いているらしい。
初対面…というわけでもない気がしなくもないが、そういえばそもそもガラティアは領主会談と同時に催されていた社交場などといった煌びやかな催しには出席しない性格の持ち主だ。
知識としてガラティアの存在は知っていたとしても、本人の顔と名が一致する程でもないのだろう。
『あぁ…ヘルトはもしかして初めてかな?、こんなでも一応、パルティア様の姉君だよ。』
「はぁ…えっ?西方領主パルティア様の、ですか?」
一度喉に下してからの驚き。
まぁ無理もない。
パルティアは知る人ぞ知る猫頭で、遠巻きに見る限りは物静かで妖艶な美貌の持ち主にしか見えない。
平時であればガラティアと大差なく豪快な性格の持ち主なのだ。
いずれパルティアの素を見る事があれば、彼女もまた驚く事だろう。
「あぁ、ガラティア=ヴェストロードだ。ガラでいいぞ?、宜しくな!」
「ガラ…様ですね。承知しました。私は今、フィル様の御付きの任に就いております、ヘルトフィアと申します。ヘルトとお呼びください。」
畏まるヘルトに対して、相変わらずの豪快さを以て、握手のための手を差し出すガラ。
少々気おくれしながらも、差し出された手に自分の手を重ね…あ…。
「うひっ!!」
と、彼女らしからぬ悲鳴を上げて、一瞬体が浮かび上がった。
『ご、ごめん…止めれば良かった…』
「わ、わりぃ…」
右手を摩りながら腰を落としてしまったヘルトに駆け寄り、私もその手を摩る。
『で、何だって?』
「あぁ、河だ。ここに河を造ろう。」
「水路…でしょうか?」
突飛な提案を持ち込んできたガラティアの話をじっくり聞いてみれば、理に適っている所は多く感じた。
事、町の発展に大きく寄与する点として、海や大きな河川が起点とされる事は私が知る歴史にも多く存在する。
逆に王都はともかくとして、ノザンリィやオスタング、今は敵対国となってはいるが、スナントにしても物流が陸路に限定されている都市というのはその発展も多大な時間を要する。
話の中でヘルトが書物から得ていた王都の歴史の中でも、水路を敷いた事による発展の速さは目に見えて明らかと言う事だ。
『成程…河川、それなりのモノが敷設できれば確かに陸路以外にも道が出来るって事か…』
「流石にヴェスタリスみたいにはいかんだろうが、モノによってはアレも使えるだろうさ。」
ガラティアが言う”アレ”とは、あぁ…成程。
『魔導船ね。』
「以前、フィル様が西に行かれた時の船、でしたか?」
『うん。多分今でも、王都の技術院で改修されてるはず。』
言いながら、友人の顔が頭に浮かぶ。きっと今この瞬間も技術院で頑張っているのだろう。
しかし、理に適っているとしても、現状ではそこに割く労力は明らかに不足している。
『確かに良案だとは思う。けどガラ、正直なところ今は人手が足りないと思う。』
「んっふっふ…それについてはパルとグリオス様がしっかりと考えてるみたいだぜ?」
東西の領主に何かの考え…いやこの場合は恐らく、私を驚かせるための企てと言った方が正しい。
「なんで、アタシは取り急ぎそれを伝えた上で今の都市建設をしてくれ、ってのを言付かったわけだ。」
まぁ、ガラティアには直接言えないが、元より彼女が考えた案ではないだろうな、というのは強ち、その予想は当たっていたようだ。
『ヘルト、悪いんだけど、マリーさんと父と母を呼んできてもらえるかな?』
「承知しました。しばしお待ちください。」
急ぎ執務室を後にしたヘルトを見送る。
「んで、何か妙にピリピリしてんのは?」
彼女らしい。
この手の空気感には敏感だ。
先日、ここに居る多くの者の目を掻い潜り、私を襲撃した何者か。
間違いなく南方からの刺客であるのは間違いないのだろうが、強固な護衛の壁は破れず未然に防がれた。
が、改めて建設作業だけではなく、警備、警戒にも割く事になった人員はこの地の出入口だけでなく、町中の警備にも、その目を光らせる事となり、結果建設開始の頃に比べれば町中には少し緊張感のような空気が張り巡らされている。
「成程な。でもそりゃフィル。お前が油断し過ぎだ。」
『そう…だね。』
「あのカジャみたいなヤツはそうそう居ないだろうが、あれくらいのが襲って来たらここなんて目も当てられなくなる。」
適格に言われてしまってはこちらは落ち込むしかないわけで…
「あぁ!、違う…あ、いや、すまん。責めたいわけじゃないんだ。」
慌てるガラティアだったが、私の肩に手を当て、もう一方の拳を南の方角に向かって突き出し、アタシが居るから大丈夫だって、と彼女なりに気を使ってくれた。
「あ、そうだ。後一つ。大事な事伝えなきゃだな。」
『?』
「一応さ、こっちに来る前、様子を見てきたんだ。アイツの。」
彼女の言葉を頭の中で反芻し、胸に落とし込んだところで、私の鼓動が一度だけドクンと脈打った。
『カイルに何かあった?』
今度は頭をポンポンと叩いて、
「何とも言えないところはあるんだがな、多分悪い話じゃないと思うぜ。」
叔父の葬儀の後、一度ヴェスタリスに戻ったガラティアは、その口が語る通り、私に何か良い話でもあれば、と海底洞窟に赴いた。
厳重に警護に当たる兵士から近況を確認し、実際に本人も遺跡の中心で固まったままのカイルの様子を伺ったのだ、と。
「話は出来なかったんだがな。シロが居たんだよ。」
声を掛けて見たものの、どれほど集中していたのか、ただ眠っていたのか。
こちらの呼びかけに反応する事は無かったという。
石化したカイルの頭上で丸くなったソレは、遠目に見れば石像に供えられた毛皮の帽子にも見えたと、真面目か不真面目か分からないものの彼女らしい感性に、ついついクスリと笑ってしまった。
一度はカイルの元から離れて私の元を訪れたシロ。
いつの間にか再び姿を消して以降、どこに行ったのかと思ってはいたが…。
『そう…』
「嬉しくねぇのか?」
『カイルが元に戻ってくれるなら確かに嬉しい、と思う。』
彼が私の傍から離れてから、もう随分と経ってしまった。
その間の私の”経験”も様々で、出会いや別れもまた同様に…。
『どうだろう…わかんないや…』
「フィル…」
生きて歳付きを重ねれば、誰だって変わっていく。
今の私を見たカイルは、どんな気持ちになるのだろうか?
包み隠さず、彼の知りえぬ事を伝える事が、今の私にできるだろうか?
それが少し、怖い。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
良い報せは、時にその先に待つ事への不安を生む。
次回もお楽しみに!