207話 氷の護衛者
207話目投稿します。
今はただ護られるだけであっても、その心のまま歩み続ければきっと。
城塞都市の建設を開始して数日の時が経った。
最初の数日は、私も作業員たちと同様に額に汗を浮かべながら、毎晩体の疲れを感じながら簡易的に造られた寝所で眠りについて居たが、日を追うに連れ、体の疲労度は減り、変わって頭を使う精神的な疲れとの比率が目に見えて変化していった。
幸いな点と言えば、私専用の執務室が早い段階で着手され、同時にそれなりにしっかりとした個室としての機能も兼ね備えた部屋の御蔭で、ベッドも心地よい。
まだ寝袋で夜を過ごしている作業員も居る中で自分が優先されるのに少しばかり申し訳なく感じる所はあるが、何より顔を合わせる作業員たちは、常に私を心配し気を使ってくれているのが良く分かるので、遠慮するのも逆に手間をかけると思い、今は敢えて皆の厚意にただただ感謝するのみだ。
「フィル様。そろそろ夕食の時間です。」
『おっと…』
執務室、というには本宅にあったソレや王城で割り当てられた部屋に比べれば使い勝手も全然で、日々の様々な管理に追われる仕事によって机の上も、会議用のテーブルも整っているとは言い難い。
次々と積み上げられていく書類との奮闘は、言われなければ気付かない程に、私の時間を奪っていくようでもある。
今日もまた、一先ずの休息を兼ねてヘルトが持ってきてくれた冷たいお茶が、熱を持った頭を冷やし、疲れた体に染み入るようだ。
『もうこんな時間か…日に日に忙しくなるなぁ…』
窓の外に目を向けながら、事務仕事に凝り固まった体を大きく伸ばす。
「お疲れ様でした。お食事はどうなさいますか?」
お茶を手渡し、そのまま手近な書類の整理をしつつ問うヘルト。
『もう少し整理したいヤツがあるから持ってきて貰えると助かる、かな?』
僅かに心配そうな顔を向けたものの、特に咎めたりもせず、分かりました、と応えてくれた。
予定ではあと数日の後に王都から追加の資材が届くのと時を同じくして西方の一団が到着するはず。
事前に知らされている人員数を鑑みて用意した宿舎の数は問題ないはず。
『現状は直近に必要な資材よりも…』
実のところ、私も含めて作業員が摂取する食糧の方が深刻という、ある意味嬉しい結果とでも言えばいいのか?
皆が日々蓄積する疲れも相当なはずなのに、頑張ってくれている。
そんな彼らにせめて食事くらいはしっかりとしてあげたい。
せめて、と考えた結果が思ったより食糧貯蔵に打撃を与えてしまった。
『うーん…どうしたものかな…』
何か妙案を探すものの、疲れた頭で浮かぶ案などどれも良案には思えなくて困る。
ふぅ…と大きく息を吐きながら背もたれに体を預け目を閉じた。
疲れのせいか、少し瞼を閉じるだけでも軽い睡魔に襲われたようで、僅かに途切れた意識のまま、フワフワと体が浮くような感覚の最中、部屋に誰かの訪れを耳音に捉える。
視覚を閉じていた事が奏したのか、物音は明確に、唐突に、私の耳に危険な音を届けた。
『誰!?』
部屋の隅から感じた気配は、ヘルトのモノでも、ここで作業にあたる他のモノでもない。
明らかな警戒心と、隠すような殺気を放っていたからこそ素早く反応する事ができた。
こちらの反応に一瞬の驚くが、開き直った気配のヌシは、物音も静かに、それでいて素早く、私に向かって飛びかかってきた。
「!?、ぐっ?!」
が、襲撃者の凶刃は私を捉える事なく、瞬時にその身から凍気を発する事となった。
改めて見る襲撃者の体は、全身を氷で覆い、動きを止める。
何事か、と私自身も状況が測れない中で、新たに部屋に訪れたのは、母、アイナ=スタットその人だった。
「フィル、どれだけ疲れていても油断しては駄目よ?」
部屋の中に居た私よりも早く、襲撃者の体の自由を奪った母の実力。
今まで私が出会った卓越した魔法使いの中でも、これ程までに圧倒的に、迅速に、的確であろう魔法はあっただろうか?
「そして、明らかな敵意を向けられたのなら…」
更に込める魔力をその身に感じてか、氷の中の表情は一層の苦痛を伴い、
「躊躇してはいけない。」
粉々に砕けたモノは、この場に何も遺すことなく、部屋の温度を下げる冷気となっえ消えた。
『お母さん…』
誰が見ても、私の身に害を成す者であったのは明白。
とは言え、幼い頃から良く知る優しい母は、何の躊躇いなく、その者の命を奪った。
「怖い?」
私の心配を拭いきれぬ事となった襲撃者の騒動は、相当な疲れを蓄積させているはずの全作業員に緊張感を与える報せとなった。
食事を終え、就寝の時間となった後、母はこの部屋で共に眠りに付く事となり、父もまた部屋の外で警護にあたる流れとなった。
耳に聞こえた母の呟きは、先ほどいとも容易く他者の命を奪った自分に対しての事か、はたまた襲撃されたという事に対してなのか…。
『ううん…お母さんもお父さんも…他の皆も疲れてるのに…』
「襲撃されたことも、疲れてても皆が貴女の心配をするのも、それだけ貴女の存在が重要って事。どれだけ若くても、どれだけ経験が少なくても、今の貴女は私たちにとって仕える主なのよ。」
そして、
「それが表の顔でも、裏の顔でも同じ。軍でもキョウカイでも、私たちが貴女を護る、貴女の剣になる事に変わりはないのよ。」
母の口からでた言葉に、私は更に驚く事となる。
「あの日は流石に色々あり過ぎて、自己紹介も途中で終わってしまったわね。」
そういえば、聖堂の地下でキョウカイを継承した時、途中で倒れてしまった私。
その直前に私の前に歩み寄った外套を纏った2人。
『そっか…そういう事か…』
合点と共に、心の中に張り詰めていた緊張が切れたような感覚を覚え、一つのベッドで寄り添う母の胸元に顔を埋めた。
「私もあの人も、今となっては表の顔であろうと、裏の顔であろうと、貴女を護る者よ。それが任務だとしても、そうじゃなくても、私とジョンが命をかけて貴女を護るわ。」
結局のところ、表の顔としては、私の両親の過保護さを、裏の顔では恐らくはマグゼからの任務として、今回の都市建設の任務についた、というわけだ。
『道理で妙に無理言って付き添ったと思ったよ。』
「あら、そもそも貴女がもうちょっと頑丈ならあの時に自己紹介をしていたのよ?」
『む…むぅ…』
そう言われてしまっては、不本意ながら言い返す事もできない。
その夜、ここ数日の疲れによる睡魔との戦いはあったものの、母から多くの話を聞いた。
キョウカイの事。
冒険都市キュリオシティの事。
そして、自分でもある程度は解ってはいるが、叔父の願いと想いを。
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成長を願う親の顔、命に代えても護るという想いは、表か裏か?
次回もお楽しみに!