205話 篝火を育む地
205話目投稿します。
初めての軍務は己の城を立てる礎
「まずは新たな軍部の拠点ともなる町…いえ、王都、王城を守る為の都市、城塞都市の建設を行います。」
席を新たに、ラグリアと旧領主勢、それに近しい高官も交えた会議の中、マリーの進行によって今後の王国の取る道が示される。
建設現場となる南の関所は幸いにも王国側の手勢によって管理されている。
建設にあたる労働力の大半は東西の技術者や船乗りといった力自慢の者たちが挙げられ、現時点での軍人も含めた総数は雄に五千を軽く上回ると言う事だ。
『ほへぇ〜』
と感嘆の息を吐く私に、この会議に参加した面々から笑い声が上がる。
「お若い司令殿には少々荷が重いかな?」
少し意地悪く口を挟むラグリア。
ちょっと待て、誰が司令だ?
『あ…私ってそういう?』
返す言葉に遠巻きの高官数名からの溜息が聞こえるのは気の所為ではないだろう。
そもそも力不足なんてのは誰よりも私が一番自覚している。
今の私に必要な事は、そういった多くの人たちを纏めることじゃない。
「フィル様には今日にでも現地へ向かって頂きます。此度の一番重要な所ですので。」
場を制するように淡々と伝達を続けるマリー。
先の話し合いで私が対面すべき事は明白。
気が重いところはあるものの、新しく作られる町の様子を逐一見ることが出来るのは楽しみな所だ。
「ではフィル、先の出兵と同じだけれど、無理せず、また元気な姿を見せてね?」
マリーの言葉通り、その日の内に出発の準備(いつの間にか用意されていた)も早々に彼女やヘルトを含む私に近しい者たちと共に一団は王都を後にした。
今まで馬車に乗っての移動は何度かあったものの、その殆どはしっかりと装飾された馬車ばかりだったが、今回は目的地やその理由も相まって荷運びに重点を置いた簡素な作りで、思い返せば初めて故郷から旅立った時、カイルやエル姉、後にシロやイヴと共にした時、行商馬車に相乗りした時などに乗った物に近い。
「こうして王都の外、しかも長期ともなると私は初めての経験になるかもしれません。」
『前の時は皆で一緒に遠乗りに付き合わせちゃったんだよね。』
「あら、遠乗りとはまた楽しそうな事ですね。ご一緒できなかったのが残念です。」
この馬車の荷台に狭しと詰め込まれた資材、それでも一応は私たちが乗れる場所を何とか確保したような形となっているわけだが、正直なところ豪奢な馬車よりは気分は楽。
そもそも根っこからして貴族社会など縁も所縁もなかったのに、あれよこれよと気付けば”軍司令”なんてモノに担ぎあげられているわけで…人生というのは奇妙なものだ。
「それにしても、せっかくご両親もご一緒ですのに、私たちと同じ馬車で良かったのですか?」
この馬車の後方、一列に連なって進む後ろの馬車に目を向けてマリーが私に問いかける。
『うーん…家を出てから今まで、そこまで顔を合わせてたわけでもないし、まぁ…ゆっくり出来る時はそれなりに一緒に過ごしてると思うんだけどね。』
私もそちらに目を向ける。
私が知る限りだと、あの2人は夫婦となる以前から冒険者として共に旅をしていた仲で、夫婦となった今でも円満過ぎて見ていられない時がある程だ。
なら今回のように目的地に着くまでの間、私が傍に居なくても相変わらずの雰囲気で過ごしているに違いない。
『でもま、その内しっかりと親孝行はしないと…かなぁ?』
少し悩まし気に呟くが、同じく悩まし気に相槌を打ったのはヘルト。
「案外、孝行しようとしても、こちらの心配というか見ているだけで十分とか…難しいですね。」
子の成長を見るのが一番の楽しみ、というのは親という立場の者の口から出る常套句のようなモノだが、子にとっては困り物だ。
「御二方と違って私はグリオス様が親代わりのようなものですが、アレはまったくと言って良いほどに参考にならないので別の意味で困り物です。」
別の意味で、と言いながらも東の無頼漢を語るマリー。
はぁ、と溜息を漏らしながらも嬉しそうな様子はきっと私やヘルトと同様の苦労だと解る。
『でも、グリオス様の普段って気になるな。』
ふと思い返せば、葬儀の後、久々に会ったであろうロニーに随分と張り付いていた気がするが…。
「あのおっさ…いえ、あの御方、ああ見えて実は料理好きだったりするのですよ。」
聞けば、以前、火山活動の折に急遽作られた避難所。
三日に一度は必ず訪れて、自らの手で炊き出しを行っていたと言う。
『へぇ~…それは予想外だ。』
「といってもあの御方の料理は何というか”体を表す”とでも言いましょうか?…例えばグリオス様が料理をされると聞いて、お二人はどんなものを想像しますか?」
『肉とか魚の丸焼き?』
「取れたて野菜、そのまま…とか?」
問われた事に安直な回答を発し、ヘルトの答えにも『あぁ、ありうる』と相槌をうち、彼女も同様に「確かに!」と顔を見合わせ頷き合う。
「大体それで合っているから困るのですよ。」
今回の都市建造計画に於いても、そう遠くないうちに実際の光景が見れるはずだ、と彼女は言う。
東方のグリオス、西方のパルティアは共に自領…とはいっても今回の一連で”領地”という形も撤廃される事になるが…その細かな手続きが終わり次第こちらに駆け付ける事になるという。
現在、城塞都市建設予定地に向かう一団は、王都に居た人員が殆どで、東西からの人手といえばマリーのように事前に入った上で指揮に就く者、取り急ぎ旧領地に戻る必要が薄い者たちといった最低限の人数で、一度戻った旧領主と共に現地に赴く手筈となっている。
それを踏まえた上で、私たちが現地に到着してまず最初にしなければならない事は、都市建設に際しての人員がその身を置く場所をしっかりと用意する事。
王国の南側は私としても初めて訪れる地でもあるし、そもそも都市建設などどうなる事やら予想もできない。
忙しく立ち回る日々が待っている事は明白だが、今できる事をしっかりと嚙み砕いて、今後の対策を練っていく必要があるだろう。
城塞都市とは言えど、ゆくゆくは王都の北側に構える冒険都市キュリオシティのような活気のある町になればいいな、と何となく、まだ見ぬ城塞都市の形を頭に浮かべる。
御者の声がかかり、荷台から覗く前方に、石造りの門の姿が見えてきた。
『さて…いよいよだね。』
揺れる荷台の中、私たち3人は顔を見合わせ、頷きあう。
「司令殿、色々と期待しますよ。」
期待というには少々意地悪めいた言葉を口にするマリー。
「フィル様、頑張りましょう。」
こちらの期待を裏切らないであろうヘルトは胸の前で両拳をグッっと握り意気込む。
『何であれ、皆が楽しく過ごせるように、頑張らないとね。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
忘れてはならない。
この地は最前線である事を。
次回もお楽しみに!