204話 研ぎ澄ます剣
204話目投稿します。
失った穴を埋めるための改革は、多大な労力が必要となる。
思っていた以上に葬儀の後は揚々に、淡白さを感じさせるものの、其々に奔走させられる事案を抱えている事、それに集中する事で寂しさや哀しみと言った感情を押し殺すかのような日々を過ごしていた。
本宅でもそれは変わらず、ただ、時折外から眺める屋敷の見た目はどこか小さく感じられて、まるでその一部を建て直したのかと錯覚する程だ。
王国はあの葬儀の原因ともなった南方領の独立からの一時的な戦火に怯えるような空気が蔓延しているかの様子で、まさにその渦中の中心に私は立たされている。
『うー…』
「少し休憩されますか?」
本宅の執務室には何度か訪れ、叔父とやりとりをする上で部屋の空気感は分かってはいたものの、ここ、王城な於いて自分に充てがわれた部屋、しかも部屋のヌシが座るような椅子に腰を下ろす事になるなんて以前の私には想像もできなかったのだが…
今正に、その豪華すぎるが座り心地はとんでもなく快適な椅子、そして重厚さと高級感を兼ね備えた執務机に積み上げられる書類の山に囲まれ、上半身を投げ出している状態だ。
『何が冷たい物が飲みたい…デス。』
軽く笑って「ご用意しますね。」と部屋を後にするヘルトを見送り、
『あーーー…』
と大きく溜息を吐く。
積まれた書類の殆どはこの立場に就いたための手続き的なモノ。
この始末に加えて、軍務に当る上での学ぶ事も多く、ここ数日は本宅と王城の行き来も足取りは頗る重い。
叔父はこれに加えて、目立つ所では研究所、北方領の当地、裏ではキョウカイの指揮まで行っていたのだ。
改めて見える事だけ並べても大凡、一人の人間がこなせる領分を超えている。
それも恐らくは未来視という特別な力があっての事だろう。
どちらにせよ末恐ろしい人の跡を継いでしまったのだ、と目の前の白い山を眺めながら思う。
「フィル様、お待たせしました。」
用意されたお茶は私の希望通り、器からして冷たく、使いすぎて熱くなった頭を冷やすのにもってこいで、喉を潤すだけでなく、器を額に直接触れさせ、頭をすっきりさせる一手となった。
『ヘルトも手伝ってくれるものの、やっぱり軍事に詳しい人の手は欲しいな…。』
「そうですね…書類の手伝いは出来ても実際の軍務についてはお力になれそうにありません。陛下にご相談なさいますか?」
『そうだね。いつも悪いけど頼めるかな?』
「喜んで。」
事務処理能力も然ることながら、ヘルトの存在はとても助かる。
最初は妙な形で私の身の回りの世話をしてくれただけなのに、今となっては最早彼女居なくてはどうにもならない事が多過ぎる。
すでに既成事実で間違いないが、彼女は最早メイドではなく、私の秘書だ。
その頑張りに応えるためにも、せめて姿が見えない間は頑張って驚かせてやりたいところではあるが…。
「フィル様。」
案外戻ってくるのが早かった。
その理由は、彼女と一緒に部屋に入ってきた者が語る。
「フィル。聞いたぞ。」
野太い声のヌシは、東領主グリオス=オストロード。
直属の配下であるマリアン=オストル。マリーの姿も見える。
「これはまぁ…予想より大変そうですね。」
『グリオス様、どうされたのです?』
この無頼漢がわざわざここに来た理由は、ヘルトの様子を見れば単純に私に会いに来たというわけではなさそうな事が解る。
部屋に戻ってきた時の彼女の表情は、驚きと困惑を混ぜたような何ともいえない表情だったからだ。
「ワシとパルティアからの提案でな、国の軍備を改めて再編成するという話が挙がっておるのだ。」
確かに、今の情勢からすると、王都にせよ東方、西方にせよさし当たっての南方に対する警戒を強める必要はある。
けれども、東方と西方からの提案というのはどうにも予想が付かない。
連携を取るにしても王都を跨いだ上で、両間の距離が離れすぎている。
更に付け加えるなら、それだけの話であれば、ヘルトの表情もそこまで曇るような事はない。
「私からご説明しても?」
歩み出たマリーは、グリオスの許可と、私の頷きを合図に、この話の詳細を語る。
「まず先に、この度、王都の軍務を引き継がれた事、お祝いさせてください。」
丁寧に敬礼をするマリーに対して、拙いながらも軍で使用する敬礼を真似て返す。
祝うという程安直に喜べないところはあれど、それはマリーとて把握した上での言葉。それなら応えないわけにはいかない。
「さて、今回、東方と西方領主が陛下に提案した話という事ですが、軍部の再編成。それは最早個々の領地における軍の撤廃を同じくする運びとなります。」
『え?、西方と東方の軍を無くす?って事?』
南方からの圧力がある中で、両軍の解体。
そんな話は正気の沙汰とは思えない。
言い返そうとした私を、一先ず、とマリーは制する。
無論、聡明な彼女の事だ。それだけで終わるのであれば首を縦に振るどころか提案そのものを無かった事にするだろう。
「フィル様の不安も分かります。当然、事は軍の解体だけではありません。」
今はまだこれと言って目立った動きが見られない南方軍。
だからこそ今、各領だけでなく国全体を纏めて軍の再編を行うべきなのだ、と。
「そして、それに当って一番の負担を受ける事になるのは…フィル様、貴女なのです。」
そう言い切ったマリーは、寸分違わずに私の目を見つめている。
ああ、この人はとても優しく、とても強い。
私が憧れを抱くに足る人なのだ。
「先日の一連、私も自分の目で見て、且つ報告も拝見しました。」
王国軍として一つに纏められた軍隊は、時を掛けず王都の南、現在は南方への関所がある場所にその拠点を作り、そこを基点として南方からの圧力に対抗するのだ、と。
「流石にそのような大事であれば南方も黙ってはいないでしょう。」
そこで、マリーがいう”一番の負担”というものに私が晒される事になるのだ、と。
『成程…』
その説明で彼女の言わんとする事、そして、ヘルトの表情に納得が行った。
『いいよ。囮でも餌でも、私が必要ならそれでいい。』
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涙に濡れた剣を研ぎ澄ます。
その窯を生み出すための盾が必要ならそこに立つのは…
次回もお楽しみに!