203話 剣に伝う涙
203話目投稿します。
別れの形は人其々。
もし己にその時が来るならば、父と母のように見送ってくれればいいな、と少しだけ思う。
『それはどういう事?、成人してないとは言え、叔父様の跡継ぎはオーレンが居るわ。』
その問いは私にとって更なる重責を有する事。
「ああ。家督としてはそうだな。だが成人までの間、主なところはレオネシアがソレに当る。まぁ研究所や北部統治に関しては問題ないだろう…だが軍務に於いては別だ。」
ラグリアの言葉は要するに叔父が当たっていた執務の中でも今一番重要視されるであろう国防といった王国の剣、または盾、という面の話だ。
葬儀を控え数日は先延ばしに出来たとしても火急の件である事はそれ程の時間を開けずに叔母の心労に一層の重みを増す事になるだろう。
『…それは私の一存で決められないよ。』
最もだ、と頷き一先ずは考えて欲しいと、
「ヤツの狙いがキミだとすれば、キミの事だ…察しは付くのだがな。苦労を掛けてしまうな…」
『いいよ、そんなの。』
スッと伸びてきた手、けれどこちらを慮ってか、頬に触れることはなく。
改めて見るラグリアの表情はここしばらくの激務を表すかのように憔悴が浮かんでいる。
『そんなことよりもう少し頑張ってよね、私もちゃんと考えるから。』
彼の代わりにこちらから人差し指で額、眉根の間に鎮座する皺を突付く。
一瞬の驚きの後にフッと笑うその顔はこちらの意図が通じたようでなによりだ。
「細かい報せはまた後日に」と告げ、最早恒例となりつつある飛込面会は終わりを迎えた。
『また叔母様とじっくり話さないとなぁ〜』
「御無理だけは為さいませぬように。」
城の出口に向かう間、ヘルトとそんな些細なやり取りをして私は本宅への帰路につく。
「それが陛下からの言葉だったのね?」
夕食の後、主がすげ変わった執務室で叔母との時間を過ごす。
『ええ。家督とは別に私に軍務への誘い…叔父の跡を執ってほしい、と。』
「貴女はそれでいいの?」
やはり叔母の、亡人がここに居れば恐らく彼も、一番の心配は私の気持ちのようで、少し胸が苦しくなる。
『叔父様も、叔母様も、いつも私の事を気にしてくれますね。』
傍らに歩み寄り、膝に置かれた手を取る。
『私も御二人を大事にしたい。だから叔母様、貴女の手助けができるなら、どんな事でも、この手が汚れる事だって怖くはないんです。』
叔母は恐らく望まない。
それでも想いの丈を、譲らない意志を込めて、その目を見つめる。
「頑固なところは血筋なのかしらね?、そんな顔を見てしまっては、私にはもう止めようがないじゃない。」
私の手から逃れた叔母の手は、私の背に回され、ぎゅっと少し強めに締められた。
「頼りにしてる。だからフィル?貴女も、ね?」
『はい…。』
迎えた翌日、個人的には段取りに時間と手間が掛かり過ぎているとも思ったが、国の現状を踏まえれば已む無しと、叔父の葬儀は厳かであり、また、盛大に行われた。
『ちょっと…何でそんな恰好なのよ!?』
親族の立ち位置として並ぶ私の両隣、父と母の装いは誰の目にも明らかに喪服とは程遠いどころか、使い古された旅装束にしか見えない。
「だって〜私、喪服なんて持ってないもの。」
と宣う母。
無いなら無いで叔母に言えば用意もできただろうに…。
「アイツを送るのにしみったれた服は着れねえな。仲間を見送るなら賑やかにするのが冒険者ってもんさ。」
と宣う父。
まるで喪服の方が無礼と言わんばかり。
私に言わせれば父のボロボロの服の方が至る所落ちない汚れやシミだらけなのだが…。
この2人に挟まれる形で立っている私の方が目立つようでチラチラとこちらを伺う参列者の目が痛い。
「フィル。貴女の両親は何言っても無駄よ。ジョーシキに欠けてるんだから。」
「あー、レオちゃん、相っ変わらずひっどいなー」
私を挟んで始まる口喧嘩に、叔母の隣で大人しくしていたオーレンが叔母以上に常識的に口を挟んだ。
「あ、あの!、母上も伯母上もそれくらいで!」
そしてついつい大きな声になってしまった自分の口を押さえた。
オーレンを応援するかのようにイヴも同様に、
「レオママもアイナママもケンカしたらダメ!なんだよ?」
「そうですよ。せめてボクたちは父上を笑顔で送りましょう。」
中々にいいコンビ…という事だろうか?
叔父が今の2人の成長を目にしたのなら大層喜んだ事だろう。
「そうね。」
叔父の代わり、といった様子で2人の成長を見守る叔母。
きっとその嬉しそうな表情は、想いは叔父に届く。
私もそう思いたいから…。
『叔父様…貴方の想い、その全てを知る事はもう出来ない…それでも”貴方なら”って気持ちは受け継いでいきたい…です。』
冷たくなったその肌、白く、硬い。
表情は葬儀前に整えられている故にとても綺麗で、ただただ眠りについているだけのように錯覚してしまいそうだ。
けれど、寝息を立てる胸の動きは、無い。
棺に納める最期の、本当に最期のお別れとなるこの一時。
悲しい顔で見送る事にならないよう、心に決めてはいたが、
『はは…流石に無理だ。』
流石に大声を上げて悲しむような事は大勢の人目もあるからこそ何とか耐えられる。
それでも、溢れる涙は止められそうにない。
静かに肩を震わせる私に、背後から両親が歩み寄り、同様に別れの挨拶を告げる。
「喜びなさい、アイン。貴方の志は今も尚この世界に生き続けているわ。」
「今まで俺達の分まで頑張ったんだ、そっちで少しノンビリするといいさ。」
らしい言葉を投げ、私の肩を抱いて促す。
次いで本宅に従事していた者たち、グリオスやマリーといった東からの参列者、ガラティア、パルティアと久しぶりに姿を見ることとなったロニー、他にも学術研究所の面々や技術院のノプス、パーシィを始めとした者たち、王城の兵士を始めとする面々に次いでラグリアも「長きに渡り尽くしてくれた事はこの魂に刻んでおくぞ。」と。
最期に、オーレン、イヴ、レオネシアの3人が別れを告げ、冷たくなった父の手をしっかりと握りしめる息子、知っていても尚、息を吹き返して欲しいと望むような妻の口づけを以てゆっくりと棺の蓋は閉じられた。
司祭の老婆と一瞬目が合い、汲み取る想いは明らかで「己の立場の皮肉さ」を物語っていた。
棺は教会の者たちに寄って運ばれ、下層へとゆっくり、ゆっくりと運ばれ、王都ではそうそう立ち寄ることの無い墓地へと埋葬された。
『ありがとう…さようなら、叔父様。』
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見守るその魂の在処は地の底か、空の上か。
次回もお楽しみに!