202話 大衆の物語
202話目投稿します。
国の頂点に立つ者、話の出所としてこれ以上の者はいない。
『エル姉…キョウカイのエルメリート、あの場で見た事を聞いたの。』
「ふむ…」
本人から直接言われたわけではない。
しかし、セルストに対して彼女が呟いた、もしくは感じた印象は”化け物”
そして、私に対して”セルストに近い印象”と言った。
安にせずとも私もセルスト同様に化け物染みている、という事。
目下彼女の不安はソレが己に向く可能性もあるのかもしれないという恐怖心なのかもしれない。
そんな事は私も御免だ。
「俺もセルストの全てを知っているわけではない。今時点でソレに近い話とすれば…」
ラグリアは語る。
元はセルストの父、つまりは前南方領主から聞かされたという話。
「昔、まだ彼がキミくらいの歳の頃だったと思うが、前領主のメドニアが自分の息子の事を語った時の事だが…」
南方開拓の折に息子がとんでもない物を持ち帰ったのだ、と。
「場所を移そう。」
短く発して早々に部屋を後にするラグリア。
向かう先を告げない彼のあと、置いていかれないように付き添う。
唐突に空いた扉の向こう、案の定待機していたヘルトも私に倣いラグリアに付き従う。
執務室の前を通り過ぎ、更に城の上部。
「陛下、どちらへ?」
ここまで上部ともなると向かう先の部屋は限られている。
私と共に付いてきたヘルトが逆に同行して良かったのか、と不安混じりにラグリアに問う。
「俺の寝室だがやましいものでは無いよ。問題ない。」
察してか、軽く笑いながら応える。
「見せたかったのはこれだ。」
「あ、昔から飾られていらっしゃるモノですね。」
ラグリアの寝室。
その部屋の至る所に飾られている骨董品や貴重な品々。
その中で、壁に飾られている一本の角。
それを目にした時、私の口から自然に漏れた言葉。
『蒼竜の角…』
「ん?…知ってたのか?」
『あ?え?』
ラグリアに返されたところでハッと我に返る。
「蒼竜、と言ったな?」
繰り返す。
『蒼竜?』
今度は私が疑問で返し
「フィル様?」
妙なやり取りに感じたヘルトが口を挟む。
「…まぁいい。ともかく、これこそがその昔、メドニアが俺に献上した品だ。」
命を失っても尚、壁に掛けられた蒼竜の角からはとてつもない魔力を感じる。
あの火口で私が切り落とし、その身に宿したモノと同様、同類の力だ。
「ここにこの角がある以上、当時セルストが方法はどうあれ蒼竜を討伐し、その角を切り落とした事に間違いはない。」
『蒼竜の力を宿した?』
「そう考えるのが妥当だろうな。まぁ…フィルのように託されたのか、それとも力を以て奪ったのかの違いはあるかもしれんが。」
呟きながら、今度は部屋に備え付けられている書棚へと歩み寄る。
少し本を探すような素振りの後「これだ」と呟き取り出した本。
手に取ってこちらへと戻ってくる。
差し出された本。
華美に装飾された見た目からすると、恐らくは冒険譚といった感じの物語が記された物だと思うが、その表紙に書かれた文字は「竜物語」
本の装飾は違えど、この話を知らない者の方が珍しいくらいの物語。
眠る前の幼子に、親が読み聞かせるような、そんな本だ。
類似する作品も多く、事、冒険譚や空想の物語などの大本とされる程の話だが、あまりに幅広い作品の影響は、手に取る種で様々に変化する。
一つの一家で読み聞かせた物、大筋は似ていても細かな内容は其々に別の色を出す。
この国にとってはありふれた物語。
『私が知ってる話だと、二匹の竜が争い、勝利した一方と仲良く過ごす人たちが平和に暮らして行った…みたいな話だった気がする。ヘルトはどう?』
「二匹の竜が争った、というのは私が知るモノでも同様ですね。ただ…私の記憶にある物語では竜は二匹とも生き残って、一方の竜は人の手を借りて打ち倒す…みたいなお話だったかと。」
と、私とヘルトだけでも類する物語でも随分違う。
ラグリアはそれを聞いて「興味深いな」と笑い、再び手に持つ本を示す。
「これは竜物語の中でもその大本となる品だ。」
この世に人が生まれるより遥か昔、古より生きてきた尊い命の数々。
その中に於いて、赤の竜と蒼の竜が存在していた。
幾千、幾万の時を争い、大地を薙ぎ、空を紅く染め、混沌の時を紡ぐ。
やがてその不毛な争いに嘆いた神々は、自らの代弁者として人という存在を生み育んだ。
個の力では遠く及ばぬ人の子らは、長い年月を費やし、繁栄し、己の世界を広めた。
神々の助力を経て、人の子は両竜の撃退に成功する。
其々の竜に止めの一撃を下した二人の人間は、やがて其々に国を建て、竜の時代から人の時代へと平和な世界を育む事となる。
だが、分かたれた国は長い年月を重ねた後、二匹の竜と同様に、争いを生み出す事となる。
竜から人へと形を変えども絶えぬ争いに神々は再び嘆き、世界から去ったという。
「…決して平和な物語というわけではないのですね…」
「今となっては出所も定かではない。大本とは言ったものの、幼子に夢を与えるという意味では望まれるものでもないのだろうな。」
フンと鼻を鳴らし、パラパラと捲っていた本を閉じる。
『でも、大本と呼べる作品にもあるように、竜は争いを続けていた…と。』
「ああ。コレに倣うのであれば、セルストがキミを狙うのは解らなくもない。」
物語と違うとすれば、二匹の竜の争いの後、国同士の争いになった、という事に近い気もするが、今時点ではその規模はもっと小さい。
『今は戦争って言える程の規模じゃないよね?』
「今のところは、な。」
『もし、セルストがその形を取るなら?』
「キュリオシティでも言った通り、ただされるがまま、なんて事にはできないだろうな。」
けれども、国同士の、多くの兵を要するような争いになった時、ラグリアにとっての手痛い傷、それは叔父を失った事だという。
「フィル。キミが今日、ここに来た理由は何となく解るのだが、敢えて聞かせてもらいたいのだ。」
「アインの表の立場、その一片を継ぐ気はないか?」
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投げかけられた提案。悩み事は尽きる様子など微塵も感じさせない。
次回もお楽しみに!