201話 表と裏
201話目投稿します。
叔父の表と裏。国の清濁。今となっては私にもそれがある。
短い眠りについた翌日、目を醒ました後、エル姉、リアンと朝食を採った後、昇降機を経由して上層、一先ずは本宅へと戻る。
前に王都に居た際に比べて随分静まり返っている上層の東側から、本宅のある西側へと上層部を横断して進み辿り着いた見慣れた邸宅。
門の前、両脇に設けられた献花台。
数え切れない程の花に彩られ、割かし早い時間にも関わらず多くの人が訪れ、花や手紙と言ったお供え物が並べられていく。
普段は一般民が上層を訪れるのには面倒な手続きを要するのだが、この献花に関しては特例として簡易な手続きで利用できるのもこれに起因しているのだろう。
この時間でもこの人集りともなれば、恐らく南側や西側の昇降機にも随分な利用者が押し寄せていた事だろう。
私が利用した東側の昇降機は空いていた、と言える。
「あ、あの…」
そのまま本宅への門を開こうとしていた私に、献花を終えたであろう女性、歳は…母や叔母より少し上だろうか?、に声を掛けられた。
「もしやフィル様ではありませんか?」
『あ、はい。そう…ですが?』
声をかけたものの、何か言いたげなようだが、躊躇うような感じもある。
見た目の服装はボロボロで、恐らくは今のような特例でもなければ上層に訪れる事はなさそうな、そんな印象だ。
「おかーさん!アインさまにごあいさつしてきたよ!」
そんな女性に駆け寄る幼子。
彼女の息子だろう。
それなりに意を決して声をかけたのだろう。その緊張を解すような息子の頭を撫で、女性は口を開いた。
「アイン様のおかげで、私とこの子は暮らせています。あの御方には感謝しかありません。」
彼女の旦那、この幼子の父はすでに他界している。
病気や事故にあったわけではない。決していい父親では無かった。むしろ逆。
賭博、酒、暴力、挙句の果ては犯罪にまで手を染めた父親。
それでも彼女は何とか息子だけでも生きてほしいと、一時は己の手で殺人を、父親を殺す事まで考えたという。
それを止めたのが叔父だったと。
『…そう、なんですね。その後、旦那さんは?』
「詳しくは知りませんが、あの人の身元確認で言われたのは、犯罪者同士の争いに巻き込まれたのではないか?とだけ…」
恐らく彼女の旦那に手を下したのは…。
流石にそう考えても口に出す事はできないが、それ以降も何かと叔父はこの親子を気にかけ、生活の環境、働き口の斡旋など、王都の貧困層に対して色々と手を差し伸べていたらしい。
「私たち親子だけではありません。私たちが暮らす区画ではアイン様のお世話になっていない者の方が珍しい程です。」
裏の顔、キョウカイの存在を知ってしまった今では安に美談とは言えないところはあれど、少なくとも清濁併せた叔父の行動が、この親子の人生を救った事に変わりはない。
この国は、王都はいつも平和だ、と思っていた時もあった。
今となってはそんな自分の考えは浅はかで、綺麗事ばかりだったのだな、と解ってしまった。
これを成長と言えば聞こえはいいが、喜べない自分が居るのも確かだ。
頭を下げて自分たちの家へと戻る親子を眺めながら、私はそんな事を考えていた。
本宅に戻った私は”それなりに”身なりを整え、急ぎ足で再び外出。
陽が頭上に昇る前に王城へと辿り着く事ができた。
少し間が開いたものの、相変わらず出迎えてくれたヘルト。
彼女も変わらずこちらの要望を受け入れてくれ、ラグリアへの面会の段取りを取るために急ぎ足で駆けていった。
以前、数日間過ごした王城の部屋。
案内されたこの部屋でも色んな事があった。
その時その時は、大きな気持ちと、自分の進む道を決める一大決心したような気分だったはずなのだが、今考えると、その全てが些末な事だと感じてしまう自分もいる。
立場を手に入れるというのはそういう事なのだろうか?
叔父やラグリアもそんな気持ちを、似たような想いをしているのだろうか?
『少し疲れた…。』
窓に体を預け、外の景色をぼーっと見る。
この部屋に軟禁された数日も、こうして過ごしていた気もするが、どうだったかな?
あの時の叔父は特に私を助けに来たりと言った行動は取らなかった。
私の意思に委ねたのか、ラグリアに身を委ねる事が叔父にとっては一番良かったのか、今となっては分からない。
「妙な顔をしてるのだな?」
あまりに呆けすぎて部屋に訪れた者の気配に気付けなかった。
『ラグリア…』
その後ろにはヘルトの姿も見えるが、ラグリアの案内を終えるとそのまま部屋の扉を閉め、姿を消した。
恐らくは扉の向こうで待機しているのだろうが、この部屋がしっかりと防音されているのは良く知っている。
この後、部屋の中でどれだけ叫ぼうが外に聞こえる事はない。
『ラグリア、貴方はキョウカイという組織を知っていたの?』
「国の暗部だ。」
王国の裏側の顔。
余りにも分かり切った質問をしてしまった。
取り纏めて居たのは叔父だとしても、国の頂点に居る者がその存在を知らないわけがない。
「その様子だとやはりお前が継ぐのだな。」
『でもきっと、それだけじゃ足りない。』
この先、王国に訪れる脅威。
あの男を止めるためには、キョウカイの力だけでは足りない。
「難しいところだな…最早俺の見立てでアヤツの力は読めん。」
セルストの強さはラグリアも知っていたというのだろうか?
だとしたら、何で私を、叔父をあの地へと向かわせたのか…。
一瞬、胸が疼く。
『う…ぐ…』
「フィル?」
『な、何でもない…』
胸の奥から溢れそうなこの気持ちは何なのか…ラグリアは何か知っているだろうか?
セルストの強さを少しでも知っているのなら、もしかしたら私の事も。
『ラグリア、教えてほしい。あの男の、セルスト=ヴィルゲイムという男の事を。』
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表裏の祖が語る昔ばなし。
事実よりも荒唐無稽に思えるのは、それを知らぬ者だけだ。
次回もお楽しみに!