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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第七章 鳴動戦火
201/412

195話 奈落

195話目投稿します。


陽の届かぬ暗い場所。

そこに蠢く力もまた、必要な時がある。

首筋に垂れる汗が肌から離れ、突きつけたられた刃を伝う。

緊張感が占める空気ではあるが、この刃は決して私の命を奪うモノではないのは分かる。

問われているのは私の覚悟。

『どうかな?。ただ、眼の前にある幸せが無くなるのは嫌だ。』

鋭い眼光は私の目を捕えて逃さない。

けれどそれは私も同じだ。

エル姉は少なくとも私の性格を熟知している。

この言葉の深層も彼女に解らないはずはない。

「一度決めたら遠回りしても結局はそうしてきた。違うか?」

『答える必要が?』

刃を納め、呆れるような溜息を吐く。

「ここで詳しく話すのは憚られる。」

そういって胸元から取り出した紙切れを差し出す。

「まぁ、お前がどうするか、予想は付くが、一応言っておく。ここが分水領。百歩譲って、だ。」


背中越しに手をブラブラと振りながら退散するエル姉。

この紙切れを渡した上で、どうするかは私次第という投げかけ。

この中身は間違いなく後戻りできない場所へ向かう扉の鍵だ。

彼女からすればこの開示は己の危険に繋がるはず。

それでも最後の判断を私の意思に任せてくれたのは長い付き合いあっての事だ。

躊躇いもなく開いた紙切れ。

書かれていたのは…時間と場所、そして…一見これも場所と勘違いしそうだが、これは組織の名だ。

紙切れに大きく殴り書きされたその名を、心に刻む。


キョウカイ




エル姉が部屋から去って少しの時間が経つ。

メイドの言伝で叔母からの呼び出しに応え、敷地の片隅に建っている温室を訪れたのは、もう随分と陽が傾いた頃だ。

まだこの先数日間は多忙であろう叔母からの呼び出しなら、手間を取らせるわけにはいかない。


「ごめんなさいね、着いた日のうちに時間を取らせてしまって…」

指先でゆっくりと花を愛でながら歩く叔母の後ろについて歩く。

髪を束ねている姿。

晒されている首筋は、少し痩せた…いや窶れていると言った方が正しいか。

『おば…いえ、レオネシア様。』

呼びかけた背中がゆっくりとこちらに振り返る。

温室に射した夕日がその頬を照らす。

頬に当たり僅かに反射する光に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ目を細めてしまう。

一人になれる短い時間の間で流す涙。

報せを聞いてから続いたであろうソレは彼女の頬に痕を残しているようだ。

『ごめんなさい…私、私は…叔父様を…』

ゆっくりと首を振る叔母「いいのよ」と付け加え私の頭を撫でてくれた。


温室の一画、設けられた椅子に座り、改めて叔母の話を聞いた。

「あの日、出発の朝の事、覚えているかしら?」

屋敷中の者が集い、見送りをしてくれたあの時の事。

「私が貴女に掛けた言葉。」

『無事に戻れ、と。』

頷く叔母。そしてこちらに思考を促す。

『叔父様には…』

そうだ。

私には無事に戻れと言ってくれたが、叔父に対しては武運を祈る事しか伝えていなかった。

そして、それはオーレンも同様に。

あの時の私は、2人のやりとりが妙にいつもの遠出の時より強く感じた。

「アイナさんからあの人の家の話は聞いていて?」

『少しだけ。』

短く答えた私に、あの出発の前日の話を聞かせてくれた。


未来を視る事ができる不思議な力。

母が言うには、叔父のその力は一族の中でも稀に見る程強くその身に顕れ、母方の一族の跡取りとして名を継承。

レオネシアと結ばれたのは2人が愛し合った事も当然ではあるが、身分、立場としても相応であったのは間違いなく一族の長としての立場が在った事も大きい。

出発の前日、レオネシアとオーレン。一部の従者を集めて叔父が語った事。


それが、あの出兵に於いて、自分の命は失われるという事だった。


当然ながら、聞かされた方は絶句。

オーレンは最初、父の悪い冗談だと思っていたそうだが、母の様子を見てそれが必ず起こってしまう未来の話だと理解した。


「あの子には辛い思いをさせてしまったわ…」

『オーレンは…大丈夫ですよ。』

「ええ。あの人と私の息子だから。」

そこだけは私も叔母も同じ意見で、ふふっと笑い合う。


しばらくの時間を使って、叔母と叔父の、2人の今までの話を聞いた。

時折、私に対して叔父が仕出かしたあらゆる出来事。

似たような事を自分も何度もやられたのだ、とか。

供に過ごすうちに、叔母自身もその手の意趣返しをしてやったり、だとか。

似たような性格になってしまった自分が嬉しかったり悔しかったり。

思い出す優しい顔。

育んだ夫婦の物語は、時間が経つのを忘れる程に読み耽る幸せな物語のようだった。




「さて…フィル。貴女はこの後、行くべき場所があるはずよ。」

温室の景色からは夕陽の明るさは消え去り、青白い月明りが無数の影を生み出す。


月明りだけが頼りと言える夜の帷。


叔母の言葉が指す意味。

この人もまた、今まで私が知らなかった叔父の一面を知っている。

ならば告げなければならない。

『レオネシア様。私はアイン=スタットロード様のその力を継ぎます。』

少し細めた視線は、長年連立った夫を失ったソレとは違う哀しみを宿しているように見えた。

「解りました。フィル=スタット。あの人の力、存分に奮えるよう、私も応えましょう。」

差し出された手に跪き、騎士のように唇で触れた。




温室を後に、門を潜る。

闇夜に向かう先は南の昇降機。

下層に下りて、しばらく歩き辿り着いた教会。

扉を開いた正面、飾り窓に月明りが射し、聖堂をより幻想的な光景に魅せる。

正面に設けられた祭壇の前で祈りを捧げる人影。


私の来訪を待っていた人影は、こちらの気配を察して立ち上がり振り向いた。


初老の老婆にしか見えないはずなのだが、勿論ただの老婆ではない。

聖堂を覆いつくすのは明らかな殺気。

この殺気のヌシこそ、目の前にいる老婆。

「お待ちしておりました。フィル=スタット様。」

こちらへ、と促されるものの、未だにその殺気は消える事は無い。


喉がゴクリと脈打つ。


この殺気こそ、老婆が私に課す問いかけだ。

エル姉が言った通り、後戻りはできない。

その事に対する覚悟を、私の覚悟を確かめている。


『なら、決まってる。』


聖堂の中に一歩踏み入る。

踏み出すこの一歩は、奈落の底に伸ばす一歩。

闇の底に在る叔父の力の片鱗を、この身に宿すために。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


奈落を目指す。

今の自分が望んだ亡き者の意志を…。


次回もお楽しみに!

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