193話 力の探求
193話目投稿します。
ただ一つの強い想い。
それは人それぞれで、時に同意を、時に反発を以て紡がれる。
王都上層部は、中央に王城を構え、四方にそれぞれの地方を納める領主とその親戚など近しい者が居を構えるという区画分けをされている。
下層部から上層に向かう昇降機のうち、現在稼働しているのは6基の内、北西と南東を除く4基。北側と南側の昇降機は基本的に停止する事はないが、その他の4基はそれぞれ近い区画の領主たちの方針で運用が決まる。
南方領主が王国から撤退、独立したことで王城から南東側の区画と、その昇降機に動きはない。
そして叔父がその運用を管理していた北西の昇降機もまた今の状況で一旦稼働を止める形になっているらしい。
少なくとも叔父の葬儀を含める一連の事が終わるまでは昇降機の稼働が再開されることはないだろう。
南側に設けられている昇降機を利用して上層へと足を進めた私たちの目に、向かって右側の区画で行われている作業光景が映る。
『南方区画でしたよね。あそこ。』
以前、下層にある技術院での行き来の中で散々警戒されていた南方区画の一帯は、多くの作業員の姿が見受けられる。
「実質南方領は無くなってしまいましたからね。一度、あの一帯を整地して新たな利用方法を考えるようです。」
「物の見事に”元”南方領の連中は王都を去ったからな。残ってたのは王都出身の下働きだけさ。」
工事が行われている理由をリアンが、その区画に居た者たちの事を調べていたであろうエル姉も付け加える。
「事前の立入調査から見る南方領の内情。私も耳にする機会がありましたが正直なところ驚きを隠せないと言わざるを得ません。」
リアンが言う驚きの理由。私ですら驚いたのだが、それについて口を開いたのはまさかの父だった。
「金品、資産の一部とか残されてたんじゃねぇか?」
予想外な人物から出た言葉は、母を除く全員を驚かせた。
「え、ええ。まだ細かいところまで調べれてはないようですが。」
道すがらの時間潰しついでに話す父。
「実は俺も昔アイツとやりあったことがあってな。」
まだ冒険者として世を渡り歩いていたころの父と、戦った事があるという。
当時、まだ南方領主の跡取りとして旅をしていたセルスト。
その頃から単純な力こそが全てだという信念の元でただ只管に腕を磨く事、強者と競う事を是とし、凄腕の冒険者とその名を知らしめていた父に挑むのも当然の帰結。
「ありゃ強かった。」
「ふふ、今の貴方じゃ勝てそうにないわね?」
いやいや、そんなことはない、と母に食って掛かる父。
「まぁ…あの頃のアイツは事、戦いに関して手段を選ばないところはあっても、父親譲りの義に篤いところはあった。」
今はどうか知らないが、と付け加える。
父と母が知るセルストの印象からすれば、確かにカジャ将軍を始めとする南方の民がセルストを主として敬い、従うのも納得できはする。
だが、その選ばぬ手段というのはあまりにも重い。
「結局、その手段のおかげでアイン様は…」
悔し気な表情のエル姉が吐き捨てるように呟き、リアンもまたエル姉同様に悔しそうな、悲しそうな顔を見せ、空気は重い。
私も多分、彼らと似たような表情をしているだろう。
カジャ将軍がそうであったように、彼を止める方法があるとすれば、彼が望む戦いで打ち負かす以外の方法はないのだろうか?
スタットロード家本宅へ向かう間、口数は減り、久しぶりの王都の景色を楽しみながら歩く2人に差し障りのない生返事を返すだけ。
やがて、見慣れた門と、大きな建物、北方領主アイン=スタットロードが居としていた屋敷に辿り着く。
閉ざされた門には衛兵の姿。
以前はここに人手を割く事はなかった。
南方領主と類する者たちが王都から姿を消した今でも、警戒は続いているという事か。
いや、むしろだからこその警戒なのだ。
かといっても、私の姿、そして同行するエル姉とリアンの姿を見た衛兵は、特に手続きを取るでもなく、屋敷への門を開く。
遠目に見える玄関先。
私たちの到着の報せは、エル姉とリアンが迎えに来たことからすでに解っているようで、ここからでも屋敷の前に数名の人影が見て取れる。
潜った門の先、感じた空気はやはり重い。
『叔母様…』
少し窶れているだろうか?
ここに来てからの私の目に映っていた叔母の姿と比べて、当然だが表情は淀み、顔色も良くはない。
歩み寄り手を伸ばした私に応えるように、叔母もまたこちらへと手を差し伸べる。
しっかりと抱きしめ、少なくとも周りの者たちに気丈に振る舞っていたであろう、叔母の心が少しでも晴れるといいのだが。
「フィル。よく戻りました。貴女が無事で良かった。」
挨拶は早々に、私としても、まだ暑いこの時期で、体調も芳しくない叔母を長時間、立ち話を続けるのも憚られる。
『叔母様…ごめんなさい…後で…』
「ええ。貴女と同じで、私もお話がしたいわ。」
夜にでも時間を作る、と言われ、夫を失った状況でも、家を、家族を、慕ってくれる人をまとめ、対外的に行うべき事を処理して過ごしてきたのだろう。
忙しい中でも、互いに心が辛くなる事だとしても、やはりしっかりと気持ちを伝え会わなければ。
「フィル様。お帰りなさい。」
オーレン。彼もまた幼いながらも跡継ぎとして求められる事は、今はともかく今後は増え続ける事に変わりはないはずだ。
『オーレン、いつもイヴをありがとうね?』
「いえ、逆ですよフィル様。彼女が居る事で私も助けられている点はあります。」
だとすれば、イヴにもしっかりと話をしなくてはいけないな。
「フィル様、明日、以前のように稽古を見てもらえますか?」
『良かったら、カイルの師匠も付けるよ。』
と、背後に立っている父を促す。
「…是非に。」と小さく返事を返す。
その表情が少しは和らいだのか、今の表情は先程までより随分とマシになっただろうか?
だといいのだけれど。
屋敷に辿り着いた私たちは、ひとまずの疲れを癒すように、と叔母の計らいで両親は客間、私は以前からあてがわれていた部屋へとひとまずの解散となる。
迫る葬儀の日は近い。
それまでに叔母やオーレンがしっかりと別れの言葉を紡げるように、しっかりと話をして、叔父の最期の想いを伝える事ができればいいのだが…。
ベッドに横たわり、天井を眺めながら、そんな事を考えていた。
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叔父の最期の言葉と光景。
原因であるならば、包み隠さず応える事が今の私に必要な事。
次回もお楽しみに!