191話 冒険者の宿
191話目投稿します。
ひしひしと感じる親の偉大さ。
綴った歴史が紡いだ思い出の欠片を、強い酒に混ぜて飲み下す。
「随分とおっきくなったなぁ。」
改めて、私の両親は化け物かと思った。
馬も無い、行商馬車に相乗りするわけでもない。
私に比べれば当然、歳相応に衰えているはずの2人。
出発早々はあまり気にならなかったが、道程を進むに連れて、異常さを理解した。
体格のいい父が、その性格も相俟って私たちの荷物を全て抱えているのはまぁ、見た目や”家族旅行”という体で言えば解らなくもない。
母は母で、終始楽し気に跳ねるように進んでいた。
旅に出てから何度か同じ道を歩く事はあったが、比べても今回要した時間は短い。
何より両親共に息を切らすどころか、疲れた様子が微塵もない。
対して私は口数も減り、息も荒い。
旅のコツを聞いても、「認めたくはないが年の功」という答えが返される。
行商に乗せてもらった時でさえあのオジサンにも疲労感は見えてたところからすれば、そんな単純なモノでもないと分かる。
今でこそノザンリィで悠々と暮らしてはいるが、この2人は紛れもなくその界隈から伝説とまで言われる程の冒険者。
あまりにも近すぎて見えていなかった背中を追いかけて私は進んでいくのだと、今はそれだけを思う。
旅程の半分はあっという間に終わってしまった。
私の想定では山道で一度野営すると思っていたが、優秀な先導も相まってのキュリオシティ到着。
「はぁ〜、体鈍ったわねぇ。」などと己の肩を揉む母だが、私からすればとんでもない話だ。
改めて旅のコツはしっかり学ぶ必要がある。
とはいえ、流石にここで宿を取るようで迷わず町を歩き辿り着いたのは、私にとっても馴染みの宿だ。
「おや?、こりゃ珍しいのが来たね。」
と女将さんが父と母に向かって手を上げる。
パンっと手を合わせる挨拶を見る限り、両親共に女将とは見知った仲のようだ。
「あら、お嬢ちゃんも久しぶり…でもないか?、前は町中盛り上がってたからゆっくりもできなかったろう?」
『またお世話になりますね。』
「嬢ちゃんが来たならまた腕に縒りをかけなきゃねぇ。」
晩御飯の楽しみが増えた。
「あら、娘が世話になってるみたいね?」
「へっ?」
口を挟んだ母の言葉は、女将の頭に入るのに少しの時間を要した。
「ハハッ、なんだい!嬢ちゃんはこいつらの娘だったのかい?」
驚きと喜びを合わせた女将の張り手が、私の背を何度か叩き、咽る様子を見て笑う。
「おい、ジョン!、朝まで付き合わせるからね?」
女将が何かを飲むような仕草で父に話を振り、誘われた父はヤレヤレと返す。
晩餐は今までこの宿で見た食事の中でも一番盛大だった。
私たち家族が到着した時点で今日の看板を下ろした旅籠は貸切状態。
女将も他の客を気にする事なく共に食卓へつき、早々に美味しい料理が並ぶ酒宴の場と化した。
聞けば冒険者だった頃から世話になっている宿であり、母の料理の腕も、この宿から学んだ部分もあるという事実。
『あぁ…だからか。』
この宿のスープが格別に美味しく感じられるのも、母の作る料理に近い物を感じられたからだ。
むしろ逆、母の料理の原点がここなのだ。
「あーもう!、私の料理、結局ナージャに負けてるって事じゃない。」
「アイナ、そりゃ逆だよ。」
悔しがる母に対して、少々つまらなさそうな表情で返す女将。
「お嬢ちゃんがアタシの料理に見てたのは間違いなくアンタの味さ。」
ケッと吐き捨てる女将からすれば悔しい話なのだろう。
見るからに度数の高そうな酒を一気に煽る。
同じ酒をもう随分と飲み続けているはずだが…。
「ナージャ。そろそろやめておけ。」
私以上に彼女の酒量を把握していた父が、深酒を窘めるが、
「フン。これはアイツの分だ。」
と、再びカップに注いだ酒を頭上に掲げる。
「なら、それは俺が貰う。」
カップを奪い取り、きつそうな酒を呷る父。
2人が言う”アイツ”とは…きっと叔父の事なのだろう。
思い返せば、何度か叔父と一緒にこの宿に泊まった事だってあった。
女将からすれば、それもまた昔からの馴染みと顔を合わせる事ができた数少ない楽しい時間だったのだ。
叔父が遺したモノが、こんな時でも人との繋がりを、想いを、また一つ私の心に刻み込む。
「嬢ちゃん。アンタからすりゃいい親と叔父だろう?。アタシにとっちゃ厄介事ばかり持ってくる嫌な客さ。」
もう一度、ケッと吐き捨てる素振りを見せるが、女将の表情はその言葉と裏腹に、昔を懐かしむような、そんな顔だ。
「ひっでぇなぁ。」
「ホントよ。」
両親も両親で、そんな事は百も承知の上でワザとらしく文句を言う。
このやり取りこそ、互いに信頼を寄せている証拠。
そんな雰囲気を目の当たりにして思う。
私はこの先、どのくらいこんな関係を、どれだけの人たちと作れるのだろうか?
羨ましい事だ。
「んで、アンタらはどうするつもりなんだい?」
盛り上がった酒宴から一転、改めて真面目な顔で問う女将。
「んー…どうなんだろうね?」
母のこの顔は本当に分からない時の顔だ。
叔父と姉弟ではあるが、長年見てきた母には、叔父のように悪巧みを企てる先見は無いと思う。思いたい。できれば…。
「少なくとも北方領主に新たな誰かが就く事になる。陛下がそのあたりをどうするかは話してみないと何とも、ってとこだな。」
父が真面目な話をしているのは珍しすぎる。
少しだけ、いや、かなり驚いている私の表情に、ニヤリと妙に嬉しそうな父。
何か得意げにしている。
『ラグリアもそうだけど、私はまず叔母様に会わないといけない気がする。』
私がそもそもの原因なら、会わないわけにはいかない。
叔母を始め、オーレン、あの屋敷の従者、他にも叔父に関わった人たち。
責められ、恨まれ、罵られるとしても。
「まぁ、いずれにせよ今は不明、ってとこかしらね?」
少し俯いた私の肩に、両親が手を添える。
「大丈夫だ。今は俺たちが付いてる。」
『ううん。今回はお父さんもお母さんも頼るわけには、庇ってもらったりはしたくない。』
必要な事だから。
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王都で待つ、この先の未来への道を誰が先導していくのか?
次回もお楽しみに!