190話 家族の旅路
190話目投稿します。
亡き人の言葉は多く、触れてきた想いもまた強い。
進む先に待つのは、彼の積み重ねてきた想いの形。
「忘れ物はない?」
我が家の入口の戸を閉め、こちらに振り向く母。私の隣に立つ父は「おう!」と腰に下げた剣の柄を叩く。
それを見た私も、同様に、腰に下げたベルトに収まる数本のナイフを確かめる。
抜けがないのを確認して、父に倣って『おう!』と母に返す。
小さく笑いながら、私と父の間目掛けて飛び込み、勢いに任せ2人の腕を取って駆け出した。
我が家の立地はこのノザンリィの町でも一番奥まった所に建っている。
自然、町から出るとなれば町中を縦断する事となる。
ギリギリ早朝と言えるこの時間でも行き交う人は多い。
そしてその足取りは私達が向かう先、町の出入り口へと流れていく。
そもそも王国内でも北に位置するだけあって活動時間は他方に比べれば短く、自然住人の活動時間そのものも早い。
普段のこの時間の人の流れは知っている。
今日は一層多く感じられる町民の数。
そのいずれの表情もどこか重い。
理由は明確で、この土地を統治していた者が居なくなってしまったからだ。
幸か不幸か、町そのものの政で言えば、その殆どを領主代理が執っていた為、実質的な滞りはない。
だが、その訃報が知らされた一夜のうちに町の空気は悲嘆の気配に包まれた。
『皆悲しそう…だね…』
「禄に町の仕事もしないのに人気だけはあったからね。」
この話題になると、気丈に明るく振る舞う母ですら重い空気を纏う事になってしまう。
「俺らまで辛そうな顔してちゃいかんだろう?」
と、落ち込む空気を削ぎ落とすように父が私の腰を掴んで持ち上げた。
『わ、わっ!』
そのまま肩に乗せて足を踏み出すものの、
「おも…大きくなっちまったなぁ。」
『何か言った?オトーサン?』
流石に私の臀部と父の肩幅の差は埋められそうにもなく、直ぐ様下ろされる事となる。
「ふふ、私たちもすぐにおじいちゃんおばあちゃんになっちゃうかもね〜」
それでも父の狙い通り、重たい空気は笑い声で上書きされる事となった。
町の入口である門。
その人集りは私たちの到着を待っていたかのように左右に別れ、道を作った。
「気を付けていってくるんじゃよ?」
「くれぐれも宜しく頼むぜ!」
「夫人様を支えてあげてね?」
各々、思いの丈を口々に、中には手を取り涙を流す者も居る。
町中が悲しみに明け暮れ、弔いの声と想いを託して私たち親子を見送る。
でも…恐らくは殆どの人が知らないであろう事実。
それが白日に晒される時、私はここに戻れるのだろうか?
涙を流す老婆に握りしめられたこの手は、尚その温もりで包まれる事ができるだろうか?
『行ってくるね。おばあちゃん。』
人並みを通り過ぎ、最後に待つその姿。
町で一番大きな家に住み、管理し、主なき今も町を見守る老夫婦。
『メアリばあちゃん、セル爺…』
ホホっと笑うセルヴァン。
「随分と久しい呼び名ですな。」
「フィル嬢ちゃん、これ持っておいき。」
手に持っていた紙袋を差し出すメアリ。
中にはまだ水滴が残る新鮮な果物。
今のこの町で大凡の事実を知っているであろう2人。その言葉は「元気で戻れ」と言うその顔は、私の不安を見透かしたかのようで、引き寄せられるように抱きつく私の体を優しく包む。
周囲に聞こえない小さな声で私の耳に囁くセルヴァンの言葉。
「フィルお嬢様、貴女の故郷はこの爺めが必ずお守りします…王都の皆さまを、宜しくお願いしますよ?」
『お爺…』
身を離し、2人の目を見つめる。
その考えに、想いに頷きで応え、私たち親子は町を出発する流れとなった。
町を出る。
王都と違って、城壁や堀のような明確な境目の無いノザンリィの町。
ある意味、我が家の裏にある森も”町の外”と言えなくもないが、それを除けば確かに家族揃って町を出る事はそれほど無い。
並んで歩く母は笑顔を浮かべ、そんな母を優しく眺める父。
少し後ろからそんな2人の後ろ姿を見て、
『あぁ…これが冒険者か…』
と、ついつい口に出てしまった。
耳聡く母が口を開き「あら、そんなに若く見えるかしら?」と一層の笑顔をふりまく。
『いや、何ていうか…うん。凄いなぁって。』
きっとこんな状況に晒された私は、母のようには笑えない。
ふと思い出す、あの時私に投げかけられた男の言葉。
『お父さん、お母さん…強い力って何だろう?』
振り向いて私を見つめるその目は、両親共に呆気に取られているような、その目が言ってる「何言ってるんだ?」って。
「あー…んー…強い力、なぁ?」
「んー…そうねぇ?」
『あー…うん。やっぱりいいや。』
聞くだけ無駄だった、とは言わない。
何となく、分かった気がする。
2人の様子、妙にソワソワしている姿を見れば、父と母にとっての強い力が何なのか。
そして私の中にある気持ちは間違っていない、と。
『カジャさん…貴方が言う強い力、私にソレがあるとしても…』
それを振るう事が私の全部じゃない、って。
いつかあの人の魂に触れる事があるなら、伝えたい。
太陽はすでに頭上の遥か上、この季節で一番強い日差しを地に降り注ぐ時間。
王都へ向かう山道も、つい先ほど、その天辺を通り過ぎた。
まだ見えぬ地平の向こう、王都へ向かう下り坂から、巻き上がるように吹く風は、木々の合間を通り抜け涼し気な空気で汗ばんだ肌を撫でる。
ひゅるる~と頭上から聞こえる山鳥の囀りは耳にも澄んだ空気を残してくれる。
数日後に辿り着くであろう王都。
母が言うように、久方ぶりの家族旅行でも、その目的は喜ばしいものではない。
でもきっと。
父も、母も、叔父を知っている人ならきっと。
悲しみだけに捕らわれず、いつも前を見て、好からぬ事を企みながら、それでも笑って。
進んでいける。
『叔父様…貴方の想いに少しでも近付くために…』
少し先で手を振り歩き出した両親の、その背を追って、私は走る。
何度でも迷って、悩んで、それでも走るんだ。
前へと。
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亡き人の言葉は重く、触れてきた温もりは消えた。
立ち止まってしまう人もまた、想いの形を持っている。
次回もお楽しみに!