189話 掠れた喉から洩れる追悼に
189話目投稿します。
再び予期せぬ里帰りとなったこの場所。
癒すべきは体?
体が酷く痛い。
眠りが浅くなっていくと共に、まず始めに感じた事だ。
目覚める前の微睡みは嫌いじゃない。
柔らかな寝具と、微かに香る朝食の匂い。
起床を急かす母の声を耳に捉え、厭々ながらも体を起こすのだが、寒い季節は『もう少しだけー』と言い訳しながら再びベッドに潜り込む。
そんな目覚めがいつまでも続けばいいと毎日考えている。
生憎と、この体の痛みはそんな理想の朝から掛け離れていて、私の願いとの距離感を浮き彫りにさせる。
瞼を開けて目に入った天井。
幼い頃から毎晩眠りにつく前に、朝目を醒ました時に見ていた景色。
遜色ない光景に違いがあるなら、手狭に感じてきたベッドの大きさと、時折苦痛を与える体の傷だろうか?
コンコンと部屋の扉が叩かれ、程なく開かれ姿を見せたのは優しい表情を浮かべた父だった。
脇に水桶と手拭いを抱えてベッド横に近づきながら「起きれそうか?」と呟いた言葉に頷き、横たえていた体を起こす。
ズキりと痛む右腕。
見れば添え木と包帯でしっかりと固定されてはいるが、動かすには支障もない。
「まだ治ってないんだ。無茶するなよ?」
返事をしようと口を開くが、声が出ない。
代わりに酷い風邪を患った時のような激しい咳が喉を襲う。
慌てて駆け寄る父が背中を擦ってくれるが、ヒリ付く喉の痛みが消えることはない。
この歳になって父親に湯浴みの手伝いをしてもらうのは少々思うところがあるものの、抵抗する為の腕は動かず、断るための言葉も発せないとなれば、大人しくするしかない。
父もその辺りの配慮があり、夜はしっかりと母が行ってくれるのもあり、それなりの範囲のみの介助に留まる。
「大きくなったな。」
呟く父の顔色を伺い、口の動きを見せる。
スケベ
読み取った父は苦笑を浮かべ、本当に軽く、私の額を小突く。
一頻りの体の洗浄が終わる頃、今度は食事を持った母が姿を見せる。
「あら、顔赤いわよ?」
入れ替わりに退室する父の顔色に疑問符を浮かべながら食事の用意をする母。
「明日から朝も私の方がいいかしら?」
相変わらず察しが良い。
コクコクと頷く私に、少し意地悪そうな顔で「食事当番はジョンの仕事になるわね」
と。
それはそれで嫌かもしれない。
記憶にある父の料理は…何というか不味くはないのだけれど、いい意味で言えば誰にでも作れる物ばかり。
真面目に悩み、苦虫を噛むような顔をしていた私の様子を見て、母が笑う。
「ふふっ、冗談よ。貴女の世話くらい、大した手間じゃないわ~」
差し出された匙に乗る流動食を口に含む。
少し喉に触れて痛みはあるが、栄養を取らなくては治る物も治らない。
母は…父もだが、私以上に元気に見える。
今、私が故郷に戻ってきた細かい経緯を私は知らない。
少なくとも、あの場で 残った者のいずれかが私をここまで運んでくれたはず。
目を醒ましたのはつい二日ほど前。
母の話では、右腕の骨折を始め、全身の内側も外側も酷い傷で、中でも治療に当たってくれた町の医師の話では、骨折よりも酷いのは喉の火傷だという事らしい。
煮え湯を飲み続けてもここまで酷くはならないとまで言われていたそうだ。
そんな満身創痍状態の私は、ここに戻ってからの数日間目覚める気配が無かったという。
二日前、目を醒ました私の視界に最初に飛び込んできたのは、大粒の涙を浮かべる両親の顔
だった。
抱きしめられて全身の痛みで悲鳴を上げそうになり、更に喉の痛みで悶絶した所で、そんな私の様子を見て、慌てながらも盛大に両親に謝られたのはまだ記憶に新しい。
目覚めてからの二日間、しっかりと両親からの看護と、往診に来た町医者からの治療を受けた。
「ふむ…もう少し安静にするといい。痛みも数日で治まるだろう。」
診察時、馴染みの町医者が妙に驚いたような表情を見せたものの、確かに言葉通り、日が経つ程に体が楽になっていく感覚は良く分かる。
「にしてもフィルよ。王都で治療の魔法でも勉強したのかい?今までワシが診てきた患者の中でもとんでもない早さで回復しとる。」
旅立つ前に比べれば、魔力の使い方が上達した自覚はあるが、特段、治療に関する魔法を勉強した覚えはない。
痛み止めの薬を母に手渡し、町医者は我が家を後にした。
医者の言う通り、目に見えて回復していく体は、医療知識に然程詳しくない私ですら異常に感じる程に早いと思う。
その夜、掠れ声とは言え、声を出して悶絶する程の痛みは解消された。
体の表面の傷も骨折と言われた箇所を除けばほぼ完治したと言えるだろう。
「先生も言ってたけど、ほんと治るの早いわね。魔力が旨い事回ってるって事かしら?」
微笑みながらも丁寧に体を拭いてくれる母に掠れた声で問いかける。
『お、か、さん…ぉじ、さまは…?』
ピクっと母の手が止まる。
少しの沈黙を挟み、母は私の問いかけに、静かに、ゆっくりと、話をしてくれた。
母と叔父の幼い頃の話。
家系に代々と受け継がれてきた特別な力の話。
中でも、叔父はその力に秀でていて、少なからず王国で存分に発揮したからこその立場を得た事。
その力も何等かの形で私に受け継がれているという話。
だから、私の今の状況も、あの駐屯地での戦いの結果も、彼には解っていたはずだ、と。
「残念…と言うのもおかしな話かもしれないけれど、あの子が居たからこそ私は家の為来りに縛られる事なく生きてこられた。」
そして、母は優しく私を抱きしめて言う。
「あの子が最期に護ってくれたのが貴女で良かった。本当に。」
湯浴みの合間故、外気に晒されている私の背中に、冷たい雫が触れたのを感じる。
まだ少し痛む腕を、母の背中に回して、出来るだけ優しく、強く、抱きしめる。
言葉を発するのはまだ躊躇われるこの喉の痛み、漏れる嗚咽を止める方法なんて私には分からない。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
再び王都へと、会うべき人がいる。会わなければいけない人がいる。
次回もお楽しみに!