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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第七章 鳴動戦火
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187話 飽くなき願い

187話目投稿します。


辿り着いた駐屯地。到着早々に静まり返るその地に何が起こったのか?

胸がドキドキと早鐘を打っているのが解る。


私の今の状況をこういった文章にしてみれば、恰も恋文やその手の物語のようにも見えるだろう。

残念ながら、今はそんな和やかな状況でも、優しい空気でもない。

背後には少し上位の兵士が馬を駆り、更にその後ろは息を切らせながらも私たちに追従する歩兵たち。

私と違って重そうな鎧を纏っている彼らの足取りの重さは考えたくもない。

歩兵たちを置き去りにしても急ぐ理由。

まんまと相手の策にはまってしまった本隊。

襲撃を受けた駐屯地はもう目と鼻の先。

今尚、そこから上がる爆発と、蒼い炎は、襲撃者がまだソコに居るという事だ。

少しでも生存者を救うため、そして、駐屯地に残っていた叔父を助けるため、私たち馬を駆る者が先行しているというわけだ。


狙われた叔父。

未だ終わらぬ襲撃は、現時点でまだ叔父が無事であることの証拠でもある。

『まだ間に合う…間に合う!、叔父様!』

最早、先走り過ぎてマリーやグリオスに窘められる事もないだろう。

応えてくれる馬も、一層足を早め、マリーを、グリオスさえも追い抜いて駐屯地へとひた走る。




到着と同時に馬上から飛び降り、頑張ってくれた名馬をトントンと叩いて避難を促す。

聞き分けのいい馬は私の気持ちを理解したかのように、駐屯地から少し離れる形でこの場を後にした。

少し腰を落として、駐屯地の中へと歩みを進める。

そう広くはないはずの駐屯地、争いの音が挙がれば凡その位置も解るはずだが、生憎の悪天候が少し判断を鈍らせてくれる。

駐屯地が焼き捨てられずに済んでいるとはいえ、今この瞬間は厄介なモノと言わざるを得ない。


駄目だ…確かにここに居るはずなのに…叔父の気配も、襲撃者の殺気も感じているはずなのに、妙に脈打つ己の鼓動が邪魔だ。

『…何で、何でこんな時に!…っ!?』

焦って吐き捨てた私の肩に、触れる手。

驚き振り返った視界に入ったのは、マリーだ。

突然の出来事の余り、私の手が…。


何の躊躇も、迷いも無く、腰に下げたベルトに添えられていた。


「…ィル様!、フィル様?!」

一瞬、己の行動に一瞬驚き、彼女の言葉が聞こえなかった。

「静かすぎます。襲撃者が立ち去る様子もない…まだどこかに居るはずです。」

別れて探しましょう、と足早に、マリーは向かって右手側の物陰に走り去った。

その背中が見えなくなるまで目で追った後、改めて自分の左手を見つめる。

今、私は何をしようとしたんだ?

もし、私の肩に手をかけた相手が、襲撃者だとしたら、南方軍の装用だったとしたら…。

『放っていた…?』

まさか、と思いたい。

思いたいが、この数刻で直面した出来事は、私の心を大きく揺さぶるモノばかりだ。

何より、慎重に行動すべき今ですら、脈打つ鼓動は収まる気配がまるで無い。

むしろ先ほどより強く、早くなっている気がしてならない。


「理由が知りたいかね?」


ここで鼓動の落ち着きを待っている時間はない、と思いたち、腰を上げようとした背後、今度は間違いなく、私がよく知る声ではない。


『セルスト…ヴィルゲイム…!』

再び腰に回る私の手。

しかし、指先がベルトに触れる事はなかった。

『う、ぐっ!』

私の動きよりも早く、目の前に立つ男の腕が、私の胸倉に伸び軽々と掴み上げた。

足先から地に触れる感覚は消え失せ、行き場を無くし、無駄に藻掻く事となる。

「彼の火竜も、こんな小娘に呑まれてしまっては見る影もないな。」

この男は何を言っているのだろうか?

掴み上げられたままの視界では、男の顔すらまともに見る事も儘ならない。

『な、何を!』

言い返そうとするが、腕の力が弱まる様子など微塵もない。

「その力、何故使おうとしない?」

『うぅ…』


苦しい。

鼓動が早まる。

呼吸ができない。

脈打つ胸が一層熱い。

『あ、がっ!』

何とか掴まれた腕、その手首に両手を添えるものの、セルストはそんな私をあざ笑うかのように胸倉を容易く持ち替え、首筋を直接掴む。

『ぐっ!』

「さぁ、足掻け!、その身に宿るのが本当に火竜の魂なら、見せて見ろ!」

腕に込められた力が徐々に強くなっていくのが解る。

ギリギリと、掴まれた首が悲鳴を上げる。

「…無駄か。このままではな。」

呆れたような口調で吐き捨て、同時に私の体を放り投げる。

打ち捨てられる形で背中から地に落ちた私は、咄嗟に身を起こし、首元を抑えて大きく息を吸い込んだ。

失いかけた意識を何とか保つ、が視界がブレる。

「フィル=スタット。貴様が本当にあの火竜を宿しているなら、俺と戦う宿命を背負っているという事になる。」

『な、何を…』

言っている?と問いかけたいところではあるのだが、呼吸を急かす体は私の口を留める。

「だが、貴様には足りないモノがあるようだな?」


未だブレた視界の中。

私をいとも簡単に掴み上げた腕と反対の腕。

その手の先に、ナニカを掴んでいる。

私の体より大きいソレが、私の時と同様に容易く掲げられた。




どんなに多忙な日であっても、専属の従者ではなく、愛する妻の手で整えられていた長い金髪は、雨を含んでぬかるんだ泥に塗れ、その輝きを失い。

彼なりの重装備だという鎧は傷だらけで、何とかその体にぶら下がっているだけ。

鼻につく焦げたような匂いは、その身の至る所を塗りつぶしたような黒墨から発せられている。




『あ…あ…』


声が出ない…。


私たちが駐屯地に辿り着いた直後に収まった蒼い炎と爆発は、何故、何事もなかったかのように静まったのか?

簡単な理由だ。


襲撃者の目的が達成せしめられたからだ。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


襲撃者の願い。

本当の目的が今…


次回もお楽しみに!

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