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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第七章 鳴動戦火
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184話 亡き者に捧ぐ

184話目投稿します。


介入した戦いは、己の意志を貫く戦いへと変わった。

私の放った2度の投擲。

今、目の前で巨大な剣を頭上に構えるその肩と腕を貫き、今も尚、傷口からは流血を続けている。

グリオスと対峙し、私やマリーの攻撃も受け、重傷を負いながらも尚、その気迫が衰える様子など微塵もない。

鬼人将軍カジャ。

自軍の兵士に恐れられる程の実力の持ち主。

心の底から戦いを求め、王国と南方軍によって開かれた戦火を喜び、この戦場に信念を以て望む、まさに武人という呼び方に相応しいこの地に赴いた敵軍の将。

私に問うその言葉は、彼と真逆の価値観を持つ私が今直面している状況に対しての決断を求める問いだ。

手元に残る小さな刃は1本。

先に放った2本の刃を手元に戻す事は今となっては呼吸をする事と大差ない程に容易い。

それはきっと、彼の問いかけを無視して3本目を放つ事も、彼が言う”この身に宿る力”を振るわず、掲げられた大剣をこの身に受ける事も、同じくらい容易い。


例えばここであの大剣を受けたなら、彼のように鍛えていない私の体など、容易く二つに分断され、私の意識はどこか遠くの世界へと飛んでいくのだろう。

その後はきっと、その遠い世界から、決して手出しのできないこの世界の成り行きをただ見続けるだけの傍観者となるのだろう。

以前訪れたこことは異なる世界、そこで出会った者が私に託した未来の形を実現する事も、この戦場に来る直前にエルフ族と約束した事も、王都で待ってくれている人たちに無事に戻った姿を見せる事も、そして、今も尚、ここと離れた西の地の洞窟で眠りに付く彼の温もりを感じる事も…出来なくなる。

『戦いは嫌だ。誰かを傷つける事も嫌だ。』

「ならば大人しくこの剣の錆になるがいい。我が主も、」

続けるカジャの言葉を遮るように、私も強く言葉を紡ぐ。

『でも、約束を護れないのはもっと嫌だ。それに、私にも叶えたい事があるの。』

だから、今は、この刃を手に、この身に振り下ろされる力に抗う。


少しだけ、将軍の口元が笑みを浮かべたように見えた。

同時に放つ3本目の刃は、躊躇う事なく、その額を貫く。

それでも振り下ろされる巨大な剣は、意識を失いながらもカジャが放つ最期の一撃。

重量と慣性と、彼の強靭な武人の魂を載せた一撃。

眼前に迫る刃は、私に届く事なく、3本の刃によって打ち砕かれる事となる。

膝から崩れ落ちる南方軍の将。

その膝が再び大地から離れる事はもう二度と無い。


「す…凄い…」

眼前に倒れた武人、それを見下ろす私の姿。

その光景を見るマリーが呟く。

一瞬で武人としての力の象徴とも言える一撃を、その剣もろとも打ち砕いた私の力。

「これが…フィル様の力…」

「かの火竜の力だけではないようだ。あの娘はワシらの想像も及ばぬ程の力を、あの小さい体に宿しているのだな…悲しき事よ…」

魔力が尽き欠けたマリーも、鬼人との壮絶な打ち合いを繰り広げたグリオスも、すでに満身創痍と言っても過言ではない。




戦場での勝鬨は、東方軍の指揮者であるグリオスから挙げられた。

当然、私にはそんな事をする理由も、方法も、作法も知らないし出来るはずもないのだ。

その声が上がる様子を、一度視線を外して見たものの、再び見下ろす一人の武人の亡骸と、この光景は、きっとこの先ずっと、私の記憶から消える事はない。


戦場に足を踏み入れる前の肩の震えはもう消えている。

心も落ち着いている。

マリーは、彼女はこんな事もいつか慣れていくものだ、と言った。

私がすでにそうなってしまったのか、分からない。

ただ、一人の命を、人の形をした命を、奪った。

エルフのように魂の循環、その理の外に在る命だ。

ただ、己の命を生きながらえるために奪った。

戦いを好んでいた彼と私は違う。

高揚感などまるでない。

今、この身に残るのは、ただただ、虚しさだけしか無い。


『あぁ…そうか…』


命の削り合い、とはよく言ったモノだ。

心に浮かんだその言葉は、今の私の心境にとてもしっくりと収まるような気がした。




「フィル様?大丈夫ですか?」

『うん。大丈夫だよ。この後は?』

私の様子、返した言葉も予想外だったのか、一瞬驚いたような表情を見せたマリーだったが、一先ずは私の言葉を信じてくれたようだ。

「え、ええ。この場の処理が完了次第、一先ずは先の駐屯地に戻ります。」

『分かった。出発するときに声をかけてもらえるかな?』

軍属らしい敬礼で返事をしたマリーは足早に、戦場の”後片付け”へと向かった。


「敵将を討ち取る。戦場に於いて、ある意味最も犠牲の少ない方法だ。」

背中に投げかけられた言葉は、グリオスの口から発せられた言葉だ。

「命の重さに差などない。ワシも、そやつも、お主も、アイン殿、マリー、陛下、我がオスタングに暮らす者、どれも同等の重さだ。」

私の横を通り、横たわる亡骸の眼前で膝を付く。

目を閉じ…一人の武人に対しての哀悼を送っているのだろうか?

「こやつは武人としての生を全うしたと言えよう。死して尚、信念に殉じた、という事なのだろうな。」

『…でもこの方の未来は潰えました。』

「然り。それもこやつの望みの形であることは間違いあるまいよ。」

グリオス曰く、主に使える武人、将軍の立場であったカジャからすれば、戦場で生き延びれば、それだけ主の脅威を払う剣となれる事。

果てれば果てたで主が受ける事となった刃に対しての盾となれた事。

それこそが、軍隊という組織に身を投じたモノの考えだ、と。

事、この将軍カジャに於いては、グリオス自身の考えもそう遠くない故に解るのだ、と。

「此度は、もしワシが尽きようとも、後ろにアイン殿が控えておる。何と心強い事か。」

『叔父様に、グリオス様のような力はありませんよ。』

他者より強い力、強い体、強い武具を持っていたとしても、グリオス自身は駒としては一兵卒と大差ない、と言う。

グリオスから言わせれば、自分などより、大局的に物事を見る事ができる叔父の方が戦場に於いては余程価値がある者だと。

「フィル。ヌシがもし命のやり取りに踏み切れぬというのであれば、せめて今、こやつの死が、魂が迷わぬよう、祈ってやるがよい。」

そう言い残し、グリオスはこの場を去っていった。


『魂が迷わないように、か…』


グリオスに習って、亡骸の脇に膝をつく。

躊躇いがちに伸ばした手で、冷たくなった頬に触れる。

『グリオス様の言うように、貴方がその生を全うしたというなら…。』

せめて魂に背負うモノが減らせるように、新たな生が育めるなら、今とは違う生き方ができるように、ここからより遠くへと旅立てるように…目を閉じ祈る。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


一旦の終幕となった戦場、されど戦争が終わったわけではない。

これからが本当の始まりなのだ、と


次回もお楽しみに!

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