178話 彼方の戦地
178話目投稿します。
東へとひた走る馬車に揺られ、目前に迫る戦いの地へと向かう一行。
平穏と呼べる時間は、まもなく終わりを告げる。
※昨日投稿時、章の設定を忘れていました。
前話177話より、新章「第七章 鳴動戦火」のエピソード開始となっております。
いつもの旅と違い、限られた時間での移動、その馬車の揺れは思ったより身に響く。
いっその事拙いながらも自分の手で馬を駆る方が楽かもしれないと思う程に。
「大丈夫かい?」
『…うぅ、はい。何とか…』
心配する叔父に何とか強がって見せるものの、あまり効果は無く、結局のところ一度馬車を止めての休憩となる。
「気にしなくていいさ。ここで急ぎ過ぎて馬が潰れてしまえば元も子もない。」
その言葉で少しだけ気持ちも楽になる。
「まさかフィルと一緒に馬を走らせるとは思ってなかったな。」
今回の旅程は、故郷に暮らしていた頃の馴染みの顔も幾人か含まれている。
その殆どがノザンリィでの軍施設に務めていた者たちだが、時折、軍人相手の訓練指南として駆り出されていた父の存在も相まって、自宅に招かれる軍人もそれなりに居た。
幼い私を知っている彼らからしてみれば、今の状況は思いも寄らない事なのは分からなくはない。
むしろ私にしても、積極的に大きな争い事、まして獣、魔物相手でもないような一件に関わるなんて思ってもみなかったのだから、彼らの言い分も解らなくはない。
『おじさんたちは怖くないの?』
休憩の合間で交わした会話。
私が生きてきた中で、こうした大きな戦のような出来事に覚えはない。
「そりゃなぁ。誰だって痛いのも嫌だし、死ぬなんてのは真っ平御免さ。」
「暮らす場所の違い、考えの違い、それこそ種族の違いなんてのは其々にある。」
「だからこそ俺らにも護りたいモノってぇのがあるわけでな。」
「ご党首とフィル嬢ちゃんもしっかり護ってやるさ。」
そう言いながら、顔見知りのおじさんたちは笑う。
望まない戦いでも、いざそこに立ってしまえば、己の護りたいモノを護る。
なら、私は少しでも彼らが無事に生きて帰れるように…戦う。
程なく辿り着いた東の関所。
以前訪れた時と、明らかに空気感が異なる。
『…何か、あったのでしょうか?』
馬車を降り、関所に目を向けると、あちらから駆けてくる兵士の姿が見受けられる。
「そのようだ。」
「フィル様!、そしてスタットロード卿も、御足労感謝致します!」
叔父よりも先に私の名前が出たところに少し妙な気分を覚える。
以前、マリーから聞いた話によれば、火山の一件からどうにも東領で私の名に尾鰭が沢山ついているようで…名が知れてるという意味では、叔父より私の方が強いといった感じらしい。
駆け付けた兵士が私の名を先に呼んだのも、そういった事なのだろう。
まぁ、叔父はそういった事に目くじらを立てたりはしないし、むしろ私が望む望まないにしろ姪が有名になるのを喜ぶタチだ。
「随分と関所が慌ただしいように見えるんだが、何かあったのかな?」
そんな私の思考を気にするでもなく、叔父は淡々と兵士に話を促す。
「ええ、まさに。皆さまがいらっしゃるのをお待ちしておりました。」
関所の応接室へと向かいながら、話す兵士によれば、状況はこちらの予想以上に早い展開となっているらしい。
「東領の南方へ出た斥候が軍隊を確認したのが昨晩。こちらに報せが届いたのがつい先ほどといったところでして。」
早馬からの書簡は、その報せだけでなく正式に私たち一行へ向けた物も含まれているそうだ。
応接室に案内されて早々に、その書簡が手渡される。
『グリオス様はなんと?』
「ふむ。思ったよりも深刻そうだ。私たちはこのまま南方へと向かってほしいと書かれている。私としてもその方がいいと考えるが、フィル。キミは大丈夫かい?」
急ぎ走る旅程は、ただ馬車に腰かけているだけでも随分とこの身に疲労感を感じているが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
『大丈夫です。すぐにでも出発しましょう。』
ここでのんびりしてエルフの集落が手遅れになるような事になれば、それこそ元も子もない。
少なくとも、エルフの集落が侵攻される原因は私にもあるのだ。
例え重傷を負っていたとしても、地を這ってでも行かなくては、あそこまで私の為に尽くしてくれたルアに顔向けなどできるはずもない。
「キミ。オスタングへの早馬を手配してくれ…といっても恐らくグリオス殿もすでに出陣しているとは思うが…」
「ならば、オスタングと、皆さんに向かって頂く布陣地にも早馬を出しましょう。」
頼む、とやりとりを交わす叔父を尻目に、私は先に馬車へと戻る。
関所を超えた東領、南方に目を向ける空に、まだ遠く視界に映るはずもない黒い土煙が見えたような、そんな気がした。
「大丈夫。間に合うよ。」
関所を通る手続きも一緒に済ませた叔父が、背後から私の肩に手を置いて呟いた。
『…はい。』
画して私たち北部軍一行は一路、戦場となる地域から程近い位置に設けられている東部軍の陣へと急ぎ赴く事となる。
この先、私はいよいよ”戦場”という名の荒れ狂う渦に飲み込まれる事となる。
同行する兵士の口からは、戦場における命の軽さを教えられる事となったものの、やはり未だ私には…言葉で理解していても、体や心はそこに遠く及ばない気持ちが燻っている。
それは恐らく私が知らないだけで、日々、まさに日常的に世界中で起こっている事なのかもしれない。
王都に暮らす今でも、日々、私の目に入らないだけでもしかしたら歩く道の建物の影でそういった事が起こっているのかもしれない。
私のこの気持ちもまた、綺麗事や、偽善的で薄っぺらい感情なのかもしれない。
こんな想いのまま、戦場という地に立った私は、他の兵士と同様に、誰かの、他者の命を奪えるのだろうか?
いくつかの顔馴染みの兵士は叔父や私を護ると言ってくれた。
でもそれは、私だって同じ気持ちだ。
私だって叔父や彼ら、エルフの集落に暮らす皆や、グリオスやマリーを始めとする東軍の人たちも護りたい…。
けれどそれは、逆に南方から侵攻する他者の命を奪う事に他ならないのだ。
今、私の身を震わせているのは、この東の領地を南へ向かって急ぎ走る馬車の揺れではない。
初陣となる戦場への緊張と不安によるものなのだ。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
目に見える命のやり取り。少女の心は、その光景を乗り越える事ができるのだろうか?
戸惑う者の背中を押す、その壁を飛び越える切欠もまた…。
次回もお楽しみに!