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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第七章 鳴動戦火
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177話 見えない戦地

177話目投稿します。


暑い季節の朝、進む道の先、日差し以上の熱が待ち望む地へ

「フィル。くれぐれも体に気を付けて、そして無事に屋敷に戻るのですよ?」

優しく抱きしめてくれる叔母、レオネシア。

出兵の日、まだ陽の昇らない時間から、屋敷の前にここに関わる全ての者が集まっている。

玄関の前にはいつもの遠出の馬車とは違う、強固な外装が施された物、それを引く馬もまた戦用の装備品に固められ体格もまた見合うものが待機している。

「フィルさん…」

レオネシアの隣で、オーレンもまた心配そうな表情を私に向ける。

叔母との抱擁を終え、続いて彼にも腕を伸ばす。

父や師を尊敬し、強い志で日々を過ごしている彼も、まだまだ幼さが抜け切る程ではなく、私が腕を伸ばす姿に、今にも泣きそうな表情に変わってしまう。

「どうか…どうかご無事に…戻ってきてくださぃ!」

尻すぼみに小さくなる声と、入れ替わるように震える肩と愚図る様子。

その頭を撫でて落ち着かせる。

『大丈夫。私には貴方の父や他にも頼もしい人たち、それにカイルだってついてるから。』

カイルの状況は無論オーレンも知っている。

私の言葉が、心境を踏まえた物だというのも無論承知だ。

「無事にお戻りになるまで、毎日お祈りをしますから…。」

『ありがとうね。私が戻るまで、イヴをお願い。』


もしも、この一件に闇の力が関わっているとすれば、それを収束する手段としてイヴの力は有用であるのは間違いない。

けれど、彼女を戦場となりうる場所に連れていくのは避けたい。

当然、今回も置行堀となる事に対する不満はあったものの、日々共に過ごしているオーレンの説得が功を成し、今も尚不満の表情はあるものの、大人しく私たちの帰りを待ってくれる事と相成った。

「お姉ちゃん…」

オーレンと一緒に私に抱きつくイヴ。

『イヴ…いつもゴメンね。帰ってきたらまた一緒に美味しい物でも食べに行こうね?』

「うん。イヴ、待ってるから、ちゃんと帰ってきてね?」


イヴと指切りをする隣では、叔父と叔母がしっかりと抱き合っている。

いつもの外出時とは流石に違う、しっかりとした見送りの様子だ。

「アナタ。御武運をお祈りしますわ。」

「キミにはいつも苦労を掛けてしまうね。すまない。」

「いいえ…アナタと共に歩むと決めた時から、私の覚悟は決まっております。」

「あぁ、ありがとう、レオネシア。」

しっかりと抱き合い、互いの目を見つめ、人目を憚らず口づけを交わす夫婦。

しばし続いた麗しい光景が終わり、集った者の中から数名が叔父に駆け寄り、各々にその想いを叔父へと伝え、出兵前の時間が流れていく。




玄関前の広場に朝日が射し、出兵の時間を迎える。

叔父と私と共に屋敷から東へと向かう者、改めてこの屋敷に勤める従者たちは、各職毎の専門的な知識を持つのは勿論だが、あらゆる所作、知識、そしてこうした荒事に対しても高い実力を有している者たちばかりだと解る。

その中でも、事、戦闘に関しての高い実力を持つ従者が数人、其々が馬を駆り護衛として馬車に付き従う。

中には、時折、オーレンの鍛錬に付き合う者、屋敷仕事でも力仕事に多く携わる者、はたまた私の故郷であるノザンリィに於いても軍事施設で見かけたような顔もあるのだから、心強い護り手である事は間違いない。


「さぁ、出発しよう。」

叔父の掛け声と共に馬車に乗り込む。

程なく進み始めた馬車の窓から見える皆の顔。

いずれも祈るような表情で、心からの無事の帰還を望む想いが伝わってくる。

手を振り、それに応える私の視界に、朝日の光が眩しく映るのだった。




「フィィィィィィイイル!!」

下層に降り、王都南側の正門に差し掛かる頃、私の名を呼ぶ声が聞こえた。

叔父に一旦の停止を促し、馬車の外に出た私の元に、駆け寄る人影。

「フィル!」

どれ程の距離を走ってきたのか、その人影は全身から汗を流し、息も切れ切れ。

『パーシィ…大丈夫?』

暑い季節とは言えど、この時間はまだ涼しいはずなのに、この発汗量。

「だ、大丈夫…じゃないよ。もう!、リアンさんから今日になって聞かされて、飛んできたんだよ!!」

『ご、ゴメン…時間も無かったから…』

息を整えたパーシィは、改めて私に抱きつき、口を開いた。

「ううん…怒ってるとかじゃないよ?。無茶だけはしないでね?」

それだけ伝えに来たのだ、と彼女は言う。

『ありがとう。行ってくるね?』

あまり引き留めても悪い、と彼女は私に馬車に戻るように促し、彼女は正門から手を振り私たち一行を見送る。

私もまた、彼女の姿が見えなくなるまで、見つめていた。


「パーシィくんは今でも技術院に行っているはずだったね?」

『ええ。数日前にも忙しそうにしているのを見ました。』

「南部の境目に大きな河でもあれば、ノプスの苦労も減っただろうに…そうそう物事は上手くいかないものだね。」

叔父が付け足した内容は、今の私には良く分からない事だ。

少なくとも、ノプスは苦労でも楽しんで作業しているのは間違いないとは思うのだが…。


『ひとまずはオスタングへ?』

うむ、と頷く叔父。

オスタングに向かい、東軍と合流したのち、改めてエルフの集落から南側への防衛線を敷く。

恐らくはそう遠くない内に、南軍との戦闘という事に及ぶのだろうが向こうの動き次第で長期戦になる事も在りうる、と。

出来る事なら、こんな事はさっさと終わらせたいと思うのだが、そう考えてみて安直に口にする事は出来なかった。

何故なら、この”終わり”には確実に何等かの犠牲が在る事に相違ないからだ。


出来れば誰にも、エルフ族は勿論、東軍や、今共に出兵となった人たち、南軍の兵士だって傷ついて、命を失ってなんか欲しくない。

そう思ってしまう自分は、オーレンやイヴを子供扱いできるほど、大人ではないという事だろうか?


『それでも、何とかしなくちゃ…』

小さく呟き、拳をギュっと握りしめる。

開いた手のひらは、やがて目にする光景に緊張しているのか、それとも…。

じっとりと湿る原因は、暑い季節のせいだけではないのだ。

感想、要望、質問なんでも感謝します!


まだ見ぬ戦地に巻き上がる熱は、やがて多くを焦土と化すのか?

未だ内に眠る炎は、その答えを見せるのか?


次回もお楽しみに!

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