176話 世界の一部
176話目投稿します。
語りかける竜の言葉は、何を意味するのか?
今はまだ分からない。
これは問答ではなく、警告。
一方的に頭の中に聞こえる言葉には私の知る表情は見えない。
《焼き尽くせ》
告げる声の源は、彼の本能。
その言葉は加減を微塵にもなく、圧倒的な力で背中を押し続け、世界の淵から突き落とす程の勢い。
容易くその炎に身を委ねてしまえば一体何が起こるというのか?
この先にある未来に、彼の本能を激しく揺さぶる程の何かが待っている。
きっとそれは南方との争いの中にあるのだろう。
だとすれば、この一時は決して意味のないものじゃない。
一方的に背中を押す圧に悪意などないのだから。
『ありがとう、ベリズ。』
その名を口にした事が正解だったかのように、足元から再び紅い炎が舞い上がった。
炎が発する光に包まれ、腕で遮っても尚、目を開けていられない。
閉じた瞼のまま、体の感覚がなくなっていく。
『ん…』
目を開けた視界は、一定の感覚で上下に揺れる。
改めて自分の体を確認。どうやら誰かに背負われているようだ。
「目が醒めたかい?」
『叔父様。』
酒場で眠りに落ちた私は叔父に背負われ宿に戻っている、といったところか。
『もう大丈夫そうです。』
「ふぅ…」
背中から見てる限り、予想通り叔父の体力は割りと限界に近い気がしたが、気のせいではなかった。
「フィルも随分とおも…大きくなったね。」
『いつの頃と比べてるんですか。それきっと物心もついて無い頃の話でしょ?』
ははは、と笑う叔父。
『ふふ、宿に戻ったら腰、揉んであげましょうか?』
「年寄り扱いされるのも堪えるものだね。」
そんなありきたりな会話は、宿に戻る帰り道の間続いた。
普段は別段話題になる事もないような会話、改めて私の成長に気付くと同時に、自分の息子、オーレンもまた元気に育っている事、息子にあまり付き添ってあげられない事、立場もあって難しいのは私にも分かる。
『いいえ、叔父様。オーレンはしっかりと叔父様の背中を見て育っていますよ。』
彼の成長は著しい。
真面目で優しく、イヴの面倒もしっかりと見てくれている、私にとっては良い弟であり、イヴにとっては良い兄として。
『きっと叔父様以上の良い跡継ぎになるでしょうね。カイルを師匠と言ってるのはちょっとどうかと思うところはありますけど。ふふっ。』
「キミはキミでカイル君の評価が低いのは何だろうね?」
昔から見ているからこその駄目なところを知っているからだ、と。
『でも、あんなヤツだから、私が傍に居てあげないと。ううん、あんなだから見てたい。』
「ふふ、どうやら心配というよりは期待のようだ。」
小さく笑う叔父。確かに言葉の通り、口で何だかんだと言っても、カイルは私にとって、私の人生にとっては居なくてはならない人だ。
幼い頃からずっと、私を引っ張って、私を連れて、どこにだって、どこへでも行ける。
そんなカイルに期待している自分、そんなことくらい分かっている。
流石に恥ずかしいので全部が全部、本人に伝えるような事はできないが。
皆が私に良くしてくれる、気にかけてくれる事と同じように、私はカイルにそう思っているのだ。
『でも、オーレンの成長も私は気になってますよ?』
カイルに憧れ、師と仰ぐオーレンも、その行く末が楽しみなのも事実。
「これからも宜しく頼むよ。」
そこは自分も共に成長を楽しみにする、と聞きたかったのだが、叔父の口からその言葉が紡がれる事は無かった。
『ええ。』
叔父も私と共に東領に出向き、南方からの侵攻に備える事にはなっている。
本人もその危険を理解しているはずだが、帰り道での叔父の言いっぷりはどうにも他人事染みていて、私の心配事を増やす。
何事もなければ…というわけには行かないだろう。
すでにこの国には史実として記載されるほどの渦に飲み込まれている。
争いは多くの命を失い、奪い、そして悲しみに暮れる。
この争いさえも、この世界に生きる者としての性なのだろうか?
宿の割り当てられた部屋の窓の景色は、夜空でも黒い雲に覆われ、穏やかな星空は見る影もない。
『今日ぐらいは星空見てゆっくりしたかったな…』
ふと思う。
普段見上げている星空に輝く光。
そして何度か目にした見下ろす星のような光。
その光が、命の輝きなのだとしたら、この地に暮らす人々の輝きと、夜空に浮かぶ幾千、幾億の輝きの違いは何なのだろうか?
『大きさはきっと全然違うんだろうけど、ね。』
星を見下ろす事、数回。
その経験があるからこその想い、と語るのは簡単だ。
そこで恥ずかしい気持ちがある私には、詩人なんてモノは向いてないだろう。
しかし、そんな事を考えていると、今のこの状況は些細な事とすら思えてしまう。
『きっと私に出来る事、私にしか出来ない事がある。』
ただ争うだけじゃない、その方法を探す。
それがどれだけ困難な事だとしても、その相手が誰であっても。
『あぁ、そうか…』
少しだけ、ほんの少しだけ、ルアの割り切りの良さが分かった気がする。
きっと、人の命は世界にとって、とても小さな物だ。
世界を作り、育むのは一つ一つの小さな命だとしても、その個々が積み上げた物は形を成して世界に残る。
世界という大きな存在は、自分という存在の証であり、そこに生きた証。
生まれてきた以上、その輝きが失われるその時まで関わる世界の一部。
『だからこそ、人は精一杯生きるんだ。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
争いもまた、世界が語る小さな小さな物語の一つなのだろうか?
次回もお楽しみに!