175話 湧き上がる赤 舞い降りる蒼
175話目投稿します。
盛り上がりの宴はやがて終わりを告げ、眠りにつき開いた視界の先は
酒場の盛り上がりは一旦の静けさを挟みながらも再び燃え上がる程の熱い空気に包まれ、更にはその熱に惹かれるように町中の冒険者が集い、今までにないと女将が笑う程の大宴会となった。
『あんな顔も出来るんだ?』
私の視線の先には「無礼講だ」なんて口にするものだから遠慮なんて知らなさそうな冒険者に囲まれ、見たこともない少年のような笑顔の国王、ラグリアの姿があった。
「珍しい光景ではあるね。」
いつの間にか隣の席に腰を下ろしていた叔父も私と同じ光景を目にしている。
「あの御方も本来であればもっと民草と触れ合いたいと願っているのだがな…」
向かいに座るグリオスが歯痒い様子で同じく眺めている。
「であればこそ私たちはあの御方にもっと気楽に過ごしてもらいたいのだけれど。」
立場と環境がそれを許さない。
「だからこそフィル。キミは陛下にとってかけがえのない存在なんだよ。」
そう言われて、彼と過ごした時間を思いだす。
『…』
一時はこの身を許した。
でもそれは常に傍に居る為のものじゃない。
叔父たちが言うように立場や環境がその苦しみを生み、私が彼に手を差し伸べたとしても、それは情愛ではなくただの慰めだ。
ラグリアの支えになりたい気持ちは叔父たちと変わらないけれど、彼が望む場所に立つことは、きっと私には出来ない。
今はただ、この国の為に、ひいてはラグリアの為に、エルフの森を護る。
「それでいいさ。何も陛下はキミが今考えてる事を望んでいるわけではないよ。」
考えを読まないでほしい。
見透かされたような叔父の表情は、こちらが恥ずかしくなる。
『…はい。』
「ダメですよ。アイン様。例え陛下でもフィル様は譲れません!。」
少し舌ったらずな口調で私に抱きついてきたのはマリーだ。
『マリーさん!?、ちょ、酔ってます?』
耳元から掛けられた吐息が鼻に付く程に酒の匂いを漂わせている。
「酔ってません!、酔ってませんよー!」
向かいに座るグリオスに視線を向けると、頭を抱えている。
「何も言うでないぞ、フィル…。」
あぁ、これはグリオスにも手がつけられないヤツだ…。
『あ、あぅ…』
酒臭いのは我慢するとして、すり寄られるのはこそばゆい。
気のせいか、手付きも妙な…感じが…。
「フィルさま~いつみてもかわいい~。」
『わっ、わっ…ちょ!、ちょっと、止めてくださいよ!。』
相手が女性とはいえ、こうも人目が多いところで体を弄られるのは恥ずかしすぎる!
『い、いやぁぁあああ!!、こら!そこ!見てるんじゃない!!』
助平な冒険者の視線が集まってくる。
「いいぞ!もっとやれ!!」
「うっひょーい!」
「うふふふふぅ~…」
マリーの酒癖がここまで酷いとは…いつかの食事の時に飲ませなくて良かったと心底思った瞬間だ。
「やれやれ…」
止むを得ずといった様子で、グリオスは立ち上がり、私に付いて離れないマリーの首元を掴んで軽く持ち上げた。
「いつの間にこんなに飲みよって…ワシはまだ飲み足りぬというのに。」
私と叔父に、東領で待っている、と残し部下を引き連れ東領一行は酒場を後にした。
「そろそろ御暇の時間かしら?、あっちも片付いたみたいだし。」
顎で示す先には、再開された腕相撲大会も終わりを告げ、腕を抑えながら床に転がる男の数は両手で足りない様子。
「ガラ、そろそろ私たちも宿に戻りますよ。」
グリオスがマリーを連れていったのと同じように、今度はパルティアがガラティアの首元を掴み、持ち上げ…はせず、引きずっていく。
「フィルー!、無事に返ってくるんだぞー!」
引きずられながらもこちらに手を振るガラティア。
彼女もそれなりに酔ってはいるようだ。
宴の終わりの空気は、次第に酒場を静かにしていく。
色んな事がありすぎて私はすでに睡魔に襲われつつある。
盛り上がっていた冒険者たちも、熱に魘された空気を冷ますように、静かに酒を嗜む者たちへと場を譲っていく。
テーブルに戻ったラグリアは、叔父の向かいに座り、手に持つ器に注がれた酒も、先ほどより上質な物へ変わる。
酒場の灯りに照らされたソレは、眠気と戦う私の目に黄金色の輝きを映し出す。
「世話をかけてしまったな。」
「今更ですよ。陛下。」
「お前じゃない。この子だ。」
「存じておりますよ。」
「さて、余の無茶も終わりのようだな。」
すでに私の意識は殆ど眠りの中だ。
虚ろな視界の隅、酒場の入口に身なりのよい人影が数名。
立ち上がるラグリアが、私の頬に手を伸ばし、優しく撫でてくれた。
「無事に帰ってこい。」
その言葉を耳にしたところで私の意識は完全に失われた。
《魂を 捧げよ》
ドクンと蠢く気配は、どこから湧いてくるのか?
頭の中に響く声は、どこかで聞いた事がある。
ゆっくりと開く瞼に映る景色。
『…ここはどこだろう…?』
似たような場所に覚えはあるが、見下ろしても星の輝きはない。
少女も居なければ、カイルも居ない。
あの場所とは別の場所。それだけは分かる。
《魂を 捧げよ》
まただ。
聞き覚えがあるこの声は…。
ドクンともう一度、蠢く気配。
その出所は私の胸の奥。
そうだ…この声は、私が奪った命の持ち主。
古より生きて、気高くその身を焦がし、私の命を救った竜の声
《止めたくば 魂を 捧げよ》
『ベリズ!、何を言ってるのか分からないよ!!』
姿見えぬ闇に向かって、叫ぶ。
《やがて来る その時 止めたくば 魂を 捧げよ》
視界に映る虚空の景色。
足元から湧き上がる炎の赤が視界を染め、私の体を突き抜けた。
追いかける視線の先、炎の赤色が何かに向かって昇っていく。
その先に見えたのは…。
蒼い炎だった。
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新たな極地へと、その身を委ねる。
招く結果は内なる魂が知る。
次回もお楽しみに!