169話 御伽噺の世界
169話目投稿します。
読みふける物語は、どこか心を惹かれる。
あの少女にどこか似ているからだろうか?
ぱらぱらと捲っていた本を一旦閉じて、改めて表紙に書かれたその名を見る。
”星を視る光”
その名は私の心にスッと入り込むような感覚がある。
まるで、そう。
あの世界そのものをとても簡単に、それでいて分かりやすく表現している名だ。
『おとぎ話…かな…』
2人の男の子と女の子の話。
不思議な力をその身に宿し、生を受けた2人。
いつ終わるとも知れぬ戦火、それが及ぼす人々の不安、怒り、悲しみ、憎しみ、そういった負の感情。
世界を包み込む黒い心。
『これ…まるでリリーさんの国みたいだ。』
おとぎ話でありながらも、あの亡国に起こった事柄を綴ったようにも見える。
人々の想いを感じる力を持った少女は、世界中から巻き起こる嘆きを癒し、人々の想いの力をその身を通して振るう少年は、世界に吹き荒れる果てない戦火に立ち向かう勇気を以て、暗い影に覆われていた世界を少しずつ眩い光が輝くモノへと変えて行った。
やがて訪れた平穏な世界と、そこに生きる人々は、かつての暗い時代を噛み締めながら、争いの起こらぬ国を造り上げた。
時は流れ、少年は王となり、国を治め、長きに渡る繁栄の途を辿り、その国はより巨大に輝かしい程の栄光の道を歩んでいく。
けれども光あるところに影があるように、必ずしも人々が望み掲げた理想がそう簡単に叶うわけもなく、平和な国の奥底に少しずつ少しずつ黒い心は積み重なる事となる。
『エルディアの見た目とか想像して描いたのかな?』
合間に入る挿絵、少年が王となった国の絵は、まさにこの国のような空中に浮かぶ城の姿だ。
他にも、少年が戦った魔獣、親交を深めた亜種族の挿絵など、見ただけでどんなものか想像も容易い。
良い本、楽しんで読める本だ。
平和の裏側で積もっていく黒い力は、やがて大地を蝕み、時に洪水、時に雷鳴、時に地割れといった天変地異を巻き起こし、人々に更なる試練とも言える黒い心をより一層と浮き彫りにさせていく。
少年と同様に成長した少女は、人々の嘆き、平和への祈りで世界に触れ、やがて聖女へと讃えられる。
時に訪れる世界を揺るがす蝕みを癒すため、各地を渡り歩く聖女の冒険譚。
『ふふ…笑いごとではないけれど、物語としての切り替えは楽しい。』
気付けば本のページは優に半分は読み終わってしまっただろうか?
少年を基点としていた構成から大きく変わり、物語は少女へと視点を変えるような形で続いている。
海が荒れれば猛る波を鎮め、大地が揺るげばひび割れた大地に恵みの水を、山が震えれば雲を晴らして空気の淀みを浄化する。
そうして世界を渡り歩く聖女は、世界にとっても人々にとっても大いなる支えとなった。
やがて、聖女の教えは慈しみの心として人々、大地に浸透し、安寧の時代へと育まれ、王はそれらが織りなす平穏な世界を護り続ける。
長い歳月を重ね、その血肉が滅びようとも、2人が護り育んだ世界は緩やかに続く。
暗い心に捕らわれようとも、未来への不安に掻き立てられようとも、彼らの培った物はその時代、暮らす人々、齎される大地の恵みに光を願う想いとなる。
少女は見つめる。
朽ち果てた先、天から見下ろす世界の光景は決して明るいだけではない。
そこには多くの闇が存在している。
けれど、彼女が齎した幾千、幾万の光は、先の見えぬ暗闇を照らす無限の光となって世界にあり続ける。
『思ったより抽象的な後半だな…』
それに…少女が天に昇った…恐らくは亡くなったという事なのだろうが、その後の話はあるが、王、少年のその後に関しては特に何もない。
『まぁ…平和な国をしっかりと護り続けてたって事かな?』
「…フィル様?」
『わひゃ!』
突然背後から掛けられた声に驚き、妙な叫び声を出してしまった。
「申し訳ありません。途中でもお声がけしたのですが…」
どれだけ集中してたのか、確かにテーブルにいつの間にかお茶が用意されている。
すっかり冷めてしまっているが、この時期なら逆にありがたい気もする。
『んぐっ。あぁ…美味しい。へへ…つい夢中になってしまった…』
「ふふ、そのようですね。」
本棚に戻しておく、と言われ、熱中して読み終えたおとぎ話の本を手渡す。
「それにしてもまさか一日で読み終えてしまうとは思いませんでした。」
『あ、もしかしてヘルトさんが用意してくれてた?』
苦笑交じりで頷くヘルト。
「あまりお調べされていた物とは関係ないと思ったのですが…」
『ううん、楽しかったよ。気分転換にもなったし。』
「それは良かったです。」
パァっと表情が明るくなる。
「この物語の少女のように、多くの人々を慈しむ心…とても尊い物だと思います。」
言葉にしたヘルトの表情は、少々暗く沈んでるようにも見える。
『ヘルトさんだって優しいじゃない。』
「いえ…私は決してこの御方のようにはなれません。」
自分の事で精一杯なのだ、と彼女は言う。
私から見れば、十二分に尽くしてくれていると思うけれど、彼女としては精一杯仕事をしているだけなのだ、と
『うーん…ヘルトさんは私なんかよりよっぽど人の為になってると思うけどなぁ…』
「そうお褒め頂ける所など、フィル様はこの御方に似ている気がします。色んな土地に旅をされている事も伺いました。この本を用意させて頂いたのもフィル様だからなのですよ。」
感じ方の違いは人其々といえど、何というか…。
『そ、そう、かな?、でも、ありがと、嬉しい。』
今日、城に訪れた時のヘルトの様子と、今の彼女が持つ雰囲気は妙な違和感があるようにも思える。
まぁ、突然現れる私の対応させられるのだから、私には分からない気苦労もあるのだろう。
『さて、思ったより遅くなっちゃった。今日はそろそろお暇するよ。』
「承知致しました。正門までご案内しますね。」
『今日は突然来ちゃってごめんね。』
正門を出て少し先まで付き添ってくれたヘルトに改めて礼をする。
「いえ、私もあの本をお見せできて良かったです。」
『明日はー…ちょっと分からないけど、もし予定が入りそうならちゃんと連絡するから、その時はまたお願いね、ヘルトさん。』
「明日…ですか?、てっきりアイン様にご同行されるのかと存じておりましたが…」
一瞬、意外そうな顔をした後、ヘルトが口を開いた。
『叔父様と?何かあったかな?…』
出かける予定とかは無かったと思うが…強いて言えば内密に行われるという会談の話だろうか?
再びこの身に刺さるような視線を警戒して、ヘルトに耳打ちする。
『あまり城外でその話しない方がいいかも。』
ハッとするヘルト。
恐らくラグリア辺りからその手の話を聞いていたのだろう。
私の世話係としての彼女なら十分にありうる。
「申し訳ありません。気を付けます。」
『それじゃ、またね。ヘルトさん!』
正門の前であまり長居するのも監視者からすれば妙に見えるかもしれない。
ヘルトに別れを告げ足早に帰路に就く。
『一先ず明日の予定っての、叔父様に確認しないとね。』
夜道を走る心の中で、そう呟いた。
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内密な会談。その予定は抜かりなく。
訪れるその場所は、今となっては懐かしく、親しみのある町。
次回もお楽しみに!