168話 不特定の監視者
168話目投稿します。
改めて注意しながら出歩く町並みはいつにもまして息が詰まるモノに変わってしまった。
「私に聞きたい事はあるかい?」
『…』
エル姉が教会の仕事で王都を旅だって数日。
道中に問題でもない限りは、そろそろ南方領の町に到着している頃だろうか?
「エルメリートくんが南方に行ったのは私も知っている。」
書類…報告書だろうか?、叔父が私に差し出した紙に書かれているのは数字の羅列。
『これは?…』
「キミにとっては決して望まない、あってほしくない事だとは思う。」
今この時に、南方の情報を手に入れるのは相当に難しいというのは私の周囲の人からの言い分で察している。
それでも叔父は数少ない手を打って入念に調べているのだ。
書かれているのは、まさに砂の一粒を掴み続けた結果とも言える情報。
「ここ数年、南方に渡っている資源の量、中でも多いのは鉱石を始めとするモノでね。」
その量が年月を重ねる毎に増えている。
数字を見れば誰でも分かる程にそういった物資、鉄やそれらを加工するための資源が多い。
それだけとは言い切れないが、南方領が軍備を強化しているのは言い逃れできない程に明白と言える。
自領への出入りをしっかりと管理し、情報統制も蜜。
数字から見る明白さはあっても、確固たる確証があるわけではない。
自国の中でありながら、水面下で着々と行われているはずの一地方の軍備強化。
尚且つ、それを統治している者は、以前の統治者から代替わりしてその地を先代よりも一層繁栄させている実績と統率力を兼ね備えている者だ。
あの遠乗りで、あの草原で、本当に短い会話でもその片鱗は私にもひしひしと感じられたし、あの雰囲気、空気感はまさに力を至上としている印象も感じられた。
『ラグリア…陛下や他の領主様の考えは…って前にも同じような事聞きましたね…はは…』
流石に焦りすぎ。
苦笑を浮かべる私に、叔父が近付き、耳元で囁くように小さい声で、
「…私も前に話をしたが、明日、明後日には内密に会談の場を設ける事になっている。」
と。
どこで誰に聞かれていてもおかしくない。
それは南方領の人、この王都でもあの区画一帯が厳重なのと同様で、叔父を始めとする他領も下手な事を大声にするわけにもいかない。
『私、お城にちょっと行ってきます。』
昼下がり。
流石に事前の連絡もなくラグリアに会えるとは思わないが、運が良ければ少しくらい話ができるかもしれない。
胸に技術院の刻印が入った書簡を抱いて、上層部の大通りを城に向かって歩く。
『いい天気。』
今、この国に渦巻いている緊張感とは程遠い、澄んだ空模様だ。
季節柄、日差しは少々強い。
私の服装もそれに合わせ、割りと薄めの服装で、決して多くはないが道行く人も涼し気な装いの人がちらほら見える。
ただ、やはり。
明らかに、ただ単に暑いから薄着で歩いている、といったわけではない姿もまた目に付く。
『まぁ…流石に私も警戒されてる、か。』
何というか針の筵。
物陰、建物の窓、直接監視するわけじゃない視線。
上層に構える南方領区画、その近くでなくても感じる痛々しい程に。
何か…嫌だな、こんなの。
「ようこそいらっしゃいました、フィル様。」
『ヘルト!!』
正門の受付を担う衛兵に今日の目的を伝えてしばらく待ち、現れたのは私的には友人のヘルトだ。
何だかんだで数日ぶりなので、ついつい嬉しくてその手をがっしりと掴んでしまった。
「ふふ、参りましょうか。」
促され、城内へと足を進める。
先ほどまで私に刺さっていたいくつもの視線が和らぐ。
が、無くなる事はない。
城内も油断できそうにない。
『本当、嫌になるな。』
「何かおっしゃいましたか?」
『いやぁ…もう随分暑くなってきたなーって。』
窓から覗く外の様子に目を向けたヘルトが「そうですね。」と笑って相槌を打つ。
『あんまり期待はしてないんだけどさ、ラグリ…陛下とは会える?』
危ない。呼び捨ては流石に不味い。
一瞬口を抑えて言い直すが、誰かに聞かれたりしなかっただろうか?
キョロキョロと周囲を探る私は…あ…不審者っぽい。
「ふふ、大丈夫ですよ。陛下とフィル様の御関係は承知しておりますので。」
『ヘルト、何か嬉しそうだね?良い事あった?』
一瞬、面を食らったような顔をしてから「そう見えますか?」と微笑むヘルト。
「もしそう見えるのでしたら、フィル様のせいですね。」
『おかげ、じゃないの。』
「あら、これは失礼しました。フィル様のおかげです。」
ワザとらしく言い返すが、明らかにワザとだ。
それがまた楽しそうで、本心は分からないが、ヘルトが楽しい、嬉しいならそれでいい。
「それで、陛下ですが、残念ながら今日は難しいかと思われます。」
『そっか…まぁ仕方ないな。んじゃこれ、渡しておいて。』
技術院の刻印が入った書簡。
「承知致しました。必ず陛下にお渡ししますね。」
『ありがと。お願いね。』
ラグリアに会えそうにないとなれば、どうしたものか。
「この後はいかがなさいますか?」
『うーん…せっかく来たんだし、書庫でも覗こうかな。』
「分かりました。ではご案内しますね。」
王城の書庫、研究所の書庫、魔導船の小さな書庫、あちらの世界のキュリオシティの図書館、他にも大小色んな書庫という場所に来た事はあるが、いずれの場所も同じ事がある。
仄かに薫る黴臭さとインクの匂い。
本棚に日差しが触れないように設けられた窓から注ぐ光。
来訪者の訪れで漂う埃は、その書庫が紡いできた時間そのものだ。
『やっぱり落ち着くな。』
「私はこの書簡を運んで参りますので、しばらくは御一人でお願いしますね。」
案内を済ませたヘルトは、言葉通りラグリアの書斎にでも向かうのだろう。
『分かった。手間取らせてごめんね。』
「とんでもございませんよ、フィル様。」
そういって頭を下げた後、ヘルトは書庫を後にした。
一人きりとなった書庫、改めて吸い込むこの空気、本当に好きな空気だ。
『何読もうかなぁ…』
やはり目ぼしいのは以前から知識として集めていたモノが頭に浮かぶが…。
『あれ?…この本。』
一冊、テーブルに置かれたままの本が目に留まった。
表紙を捲り、ぱらぱらといくつかのページを捲り、挿絵の入ったところで私の指が止まる。
何のことはない、いっぱいの星空の中で佇む男女の絵だ。
『…まるで…』
あの少女と、姿は違えどもカイルの様に見えた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
手に取った一冊の本は、遠い昔の物語が綴られた物。
一枚の挿絵が心に留まる。
次回もお楽しみに!