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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第六章 虚空に佇む
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167話 世界の火種

167話目投稿します。


再会を重ねる程に近くなる存在は、一つの安心と一つの緊張をもたらす。

『ん…』

フワリと体が浮かぶような感覚。

あぁ、これは…久しぶり。

実際の体ではない感覚で瞼を開く。

思った通り、視界はほぼ真っ暗。

夜空に浮かんで大地を見下ろすような光景を前に体験したのはカイルが石化した時だ。


「お久しぶり、と言った方がいいのかしら?」

『前から気にはなってたけど、この世界って何?』

「貴女の世界でしょう?私に聞くより自分で答えを探しなさい。」

謎のままの少女は冷たく言い捨てる。

『何か拗ねてる?』

「気のせいよ」

以前に比べれば随分と親近感が足されている気がしなくはないが、彼女の脇に在るソレは依然として私の緊張感や焦燥感を高める原因だ。


『あまり良い成果が出ない。』

「分かっているわ。全てではないにせよ貴女の記憶の片鱗は私にも分かる。」

私があの世界で経験してきた知識を知る事。

今はそれが人の魂に触れる行為を知る近道だと思って技術院へ足繫く通っているわけだが、研究室の皆を急かす事も出来ず、見守るしか出来ない現状。


『実際のところはどうなの?』

「あの時は貴女の感情に流され過ぎてた。私にも焦りがあったのよ。』

私だってあまり余裕は無かったが、彼女もそれなりに昂っていたようで、僅かでも冷静であればもう少し話も出来た。

少しの時を経て、改めて知りえる現状。

彼女が放棄しない限り、カイルの魂が消えてなくなる事はない。

『貴女の負担は大丈夫なの?』

「今は落ち着いてる。」

けれど、と念を押す。

「忘れないで、世界に大きな動きが有った時、私自身がどうなるかは分からない。」

世界に大きな動き…その言葉に、見えない棘で全身を突かれるような嫌な気配を感じた。


彼女の傍に漂う光る球体。

近付けば温かい空気に包まれるような気持ちになる。

「大丈夫よ」

促され、手を差し伸べ、触れる。

体に感じる温もりより数段強い熱を放つ球体。

『熱い…火傷しそうなくらいに。』

「彼も貴女を待っている。貴女の元に戻れるその時を待っているのよ。」

その為の力を溜めている。

付け加えられたその言葉を聞いた瞬間、カイルの存在を一層強く感じられた。

『すっごい落ち着きなさそうな顔、思い出しちゃった…』


「私も彼と一緒に待っているわ。」

『ありがとう。お願い。』

「気を付けて…」

グラりと視界が歪むような感覚。

あぁ、この時間も終わりか。

この世界…光景に訪れる方法は分からないが、彼女の言葉とカイルの熱は私の奥に蠢いていた焦燥感を和らげるのに十分だ。

流した視線の先で少女と目が合った。

彼女はカイルに一度視線を移してからもう一度こちらを見てゆっくりと頷く。

ぼやけていく視線でもう一度カイルを見つめる。


『私、頑張るから。』




目を醒ました場所は、昨日と同じ部屋。

『パーシィ、あ、今日は泊まり込みだったな…』

当然の如く、窓の外は暗い。

今が何時かは分からないが、部屋を後にして廊下へ。

静まり返った家の中、流石にリアンやエル姉も眠っているのだろうか?

喉の渇きを解消するための水を求めて階下に向かう。


「…気をつけてな。」

居間兼食堂としている部屋から声が聞こえてくる。リアンの声だ。

こっそりと覗くと、話し相手であろう背中はエル姉だ。

手に持っているのは相変わらずお酒のようだが、2人の晩酌としては妙に静か。

リアンの言葉からすると、またエル姉はどこかに旅立つのだろうか?

「ま、色々と分かる事もあると思う。」

グイっと器を開ける。

返す手で矢継ぎ早にオカワリを要求する辺りは相変わらずとも思うが…。

何というか2人の間に漂う空気が張り詰めている気もする。

「あの婆め…相変わらず無茶ばかりさせやがる。」

大分酔いが回っているのか、いつもより言葉が荒い。

前に話した時もエル姉が「婆」という単語を発していた。

多分、一般的に言えば「司祭」と呼ばれている人の事なのだろうが、改めて思い出してみても私はその人に会った事がない。

そのうち会うこともあるのだろうか?

いっそ教会を見学しにいくのもそれはそれで一興といったところだろうか。

「思ったより3方と中央、南部間の緊張は高まってる。何が起きてもおかしくない。」

「あぁ。教会の威光ってのもあっちにとっては大したモノじゃなさそうだからな。」

それにしても話の内容、確かに2人の緊迫感からして分からなくはないが…。

「正直なところで言っちまえば時間の問題とは思うがな。」

「南方が今一番に欲しいのは火種ってところか。」

いや、ちょっと待って。

時間の問題って、火種って…まるで争いが起こるような言い方じゃないか。


「大きな動きが有った時」


少女の発した言葉。

見えなかった棘が浮き彫りに、明確な形、棘なんて可愛いものじゃない。

脳裏に浮かんだその刃は、数えきれない程の戦槍。

『っ!』

そんな事が現実になったら、カイルはどうなる?

「…盗み聞きは良くないな。」

「おや、てっきり気付いてるのかと思ってたが。」

息を飲む音でバレてしまったのか、エル姉の少々怒気を孕んだ言葉と、それを窘めるようなリアン。

『ご、ごめん…水飲みに来たんだけど…それより今の話って!』

バツが悪そうに頭を掻くエル姉は大きく息を吐いた。

「まぁ、察しの通り、アタシが次に行く場所が南部って事。」

飲み物、水を用意して戻ったリアンが付け足す。

「ご党首様からも少しはそういった話を聞いてるはずです。」

受け取った器に注がれた水が少し震える。

『止められないの?』

返す言葉で率直な問いを投げるが、2人の口は重い。


そもそも何で、寄りにもよって今、そんな事が起こりうる状況なのか?

私はもう少し、南方について学ぶ必要がある。

叔父か、もしくはラグリアか、もしもそれを止められる方法があるなら、今は何としても事を起こすわけにはいかない。


「原因ね…アタシからは何とも言えないな。」


そう呟くエル姉の表情には、何かを隠しているような、そんな感じが読み取れた。

少なくとも、エル姉はその原因と呼ばれる事に心当たりがあるのだ。

そしてそれは、リアンも同様。




結局、それ以上の会話はできず、私は大人しくパーシィの部屋へと戻る事となる。

あんな話を聞いてしまっては、当然もう一度眠りにつけるはずもなく、ただただ窓から見える星空を見上げて落ち着かない夜が終わるのを待つ事しかできなかった。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


着々とくべられ続ける灯火は、やがて大きな炎へと変わりゆくか、はたまた燻り消えていくのか?


次回もお楽しみに!

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