166話 移ろう表情
166話目投稿します。
何気ない町の風景のはずが、日常は異常。
二通の手紙が織りなす人の表情はまた物珍しい。
予定していた道順を急遽変えて到着した技術院は思ったより時間が掛かってしまい、研究室の幾人かはお昼ご飯という燃料に飢えていた。
『あ、ノプス所長。これ叔父からです。』
「んー?、アインから?何だろ?」
無造作に封を切り、昼食片手に中身を眺める。
「アイツの連絡は碌な事じゃあないと思ってたけど、成程、悪くないね。」
『何だったんです?』
ピラっと手紙をこちらへと差し出す。
パッと見は手紙というより書類染みているが、なになに?
一番上に書かれていた単語に含まれた名前にはリアンの名が書かれている。
どうやら私の代わりにお昼ご飯の配達人をリアンに変わってもらう。
当然作るのも本宅の料理長からリアンに代わるため品質は落ちるものの、このオマケには借宿の利用が含まれていて、昼に限らず夕食にもありつけるようだ。
『リアンさん…御愁傷様だよ…』
「リアンってのは確かパーシィと一緒に住んでるヤツだよな?」
『ええ。先日の船旅での持ち場は厨房でしたよ。腕は確かですね。』
手紙の下部にはしっかりと一人あたりの支払い金などの記載があるあたりは叔父も抜かりない。
「近い内にパーシィに案内を頼まなくてはな。」
『この後会いに行くので私からも伝えておきますよ。』
「あの部屋のアレはあまり時間も無さそうだからな…彼らにもこの話を聞かせるのもアリかもしれん。」
ノプスは気軽にそう言うものの、放っておけばリアンが過労死しかねない。
『加減は考えてくださいね?』
いずれにせよ私が屋敷を出かける理由はしばらくそのまま継続。
変わるとすれば目的地だろうか?
そういえば学術研究所の近く、一時私が利用していた家屋も今になって思い出してみれば学術研究所の職員もたまにではあるが食事をしに訪れていたのを思い出した。
共に暮らす日々の中で目には見えずとも叔父は北方領主の任だけでなく、学術研究所の所長も兼任している立場としては決して変ではないが、そう考えれば今回の計らいは似たような事と言えるのかもしれない。
『さて、私はパーシィの所に行きますね。あ、何か叔父にお返事とかあればお伝えしておきますので、声をかけてください。』
私としてはこの研究室の人数と、パーシィのところの人数を数えてリアンに伝えるくらいはした方がいいかもしれない。
「あー…リアンさんに手紙?…うーん…」
叔父から頼まれたリアンへの手紙。
それについての話をパーシィに伝えたところ、小難しい表情で返してきた彼女。
『何か問題でも?』
「うーん…多分私は今日帰れないんだよ~」
テーブルに突っ伏して少し嫌そうな様子。
まぁ、夜通しの作業ともなると私でも気が滅入る。
『そっか…まぁ、手紙届けるだけなら私でも出来るから、パーシィは気にせず仕事に専念…したくなさそうね?』
「だってさぁ~」
分からなくはないが、そこは彼女の仕事。仕方あるまい。
『あぁ、そういえばもしかしたらだけど、あの借宿、技術院御用達の食事処に変わるかもよ?』
「へっ?」
唐突な話の種。
まぁ彼女からすれば借宿とはいえ、技術院に勤める上での必須の場所。
そこが食事処に変わるとなれば、疑問が浮かぶのは当然。
私は最近の私の日課、屋敷で叔父と交わした会話、それについての手紙と、先ほどノプスに見せてもらったその内容を伝え、リアン宛ての手紙もそれに準ずるモノだろう、と伝える。
「ほへぇー…アイン様もまた凄い商売?商売なのかな?考えるね?」
『いやいや、借宿とはいえパーシィは嫌じゃないの?』
「それこそ私に文句なんて言えないでしょ。むしろリアンさんっていつも退屈そうにしてるよ?」
『え?…』
パーシィの話は私にとっては予想外過ぎる。
聞いた後でも想像が難しい。
私にとってのリアンは真面目で何でもこなすし、気配りもできる完璧な人。
彼女の話だと、食堂で居眠りもするし、たまに寝坊だってする。
お酒を飲み過ぎた日は確かに私からすれば想像できないだろうけど、はしゃぐ事だってあるし、愚痴を溢す事、エル姉と取っ組み合いになったり、そんな一面だってあるのだ、と。
「それにさ、そもそもアイン様ってそいう企みとか大好きでしょ?」
『あ…』
言われてみればそうだ。
叔父は何だかんだで、人を巻き込んで色んな事を進めるが、決してそれはその人にとっての不幸に繋がるような事はない。
まぁ、今の私の状況はある意味特殊ではあると思わなくはないが、きっとより良い明日へと繋がる手を打つ、そういう人だ。
『はぁ…そうだね。叔父様の事、パーシィ以上に知ってるのに自分の事じゃなきゃ分からない事ってあるもんだね。』
呆れ半分の溜息をついて頷く。
「少なくとも私はさ、アイン様…だけじゃないか。陛下とアイン様の企みがあったからこその今。こうしてフィルともいっぱい仲良くなれたんだよ。」
突拍子もない事だって、振り返れば悪くない。
『というわけで、パーシィの代わりに持ってきました。』
場所は借宿に変わり、叔父からの手紙をリアンへと手渡す。
『あと、パーシィは今日泊まり込みの仕事だそうですよ。』
礼を言いつつも、叔父からの手紙を訝し気に、躊躇いがちに受け取りつつ、封を切る。
私の前だからか、あまり表情には出さないものの、確かにパーシィの言う通り、今のリアンの表情は何となく、私にも覚えがあるような感情が見て取れる。
気がする。
「これは…」
しかし、内容を目にした直後、その顔は明らかに嬉しそうな表情へと変貌する。
「ふふ…ご党首様も中々無茶をおっしゃいますね。いや、しかしこれは私にとっても楽しみな話です。」
『嬉しそう。パーシィの言った通りだ。』
リアンの照れ臭そうな表情も中々珍しい。
今日は色々と忙しい日ではあったものの、人の色んな表情が見れた一日だった気がする。
思ったより疲れていたようで、しばしの休憩とリアンが淹れてくれたお茶を楽しんでいるうちに、いつの間にか眠りに落ちてしまったのだった。
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疲れた体を癒す眠りは必ずしも安らげるわけではない。
次回もお楽しみに!