164話 怠惰な修道士
164話目投稿します。
本宅へ向かう途中、流石にこの時間は酔っていないその人と遭遇する。
『ふわぁああああ…ちょっと夜更かしし過ぎたなぁ…』
パーシィと夜通し楽しんだ近況報告。
無理やり飲まされた酒気が抜け、更に眠気に誘われたのは、ほんのりと窓の外が白み始めた頃だった。
エル姉とリアンからすれば、酒の力で私たちの、特にパーシィの暴露を聞いてしまった私の記憶を消したかったのだろうが、残念ながらその企みは失敗に終わった。
とは言っても、わざわざ追及せず、事を荒立てない為に私とパーシィはフリをしておいた。
今日の私は、パーシィと同様に技術院に向かう予定となってはいるが、あそこに行くために必要なモノがあるので、先ほど彼女と別れて本宅へと向かっている。
今日も、優秀な料理長が美味しいお弁当を用意してくれているはずだ。
『にしても技術院…頼んでる事もそうだけど、パーシィのとこも凄いよなぁ。』
昨日、パーシィに会いに行った時にチラっと見た船は私たちが使った船より遥かに小型化されていたのだが、恐らくあの船自体は私たちが使ったような用途とは別の方向で試作されているモノだろう。
パーシィ曰く、小舟で漁をするような漁師でも使えるような小型の船という事らしいが恐らく現状は必要経費などは度外視されているであろうその試作機が世間に浸透するのは当分先になるのは間違いないだろう。
むしろあの試作機を見た時に私が感じたのはもっと高い、例えば国が利用する為の技術向上。そう考えた時、少しばかり不安が胸の奥に湧いてしまう。
『軍事利用の方が漁師より早いのは当たり前…だよね。』
見上げた視線の先には、国の中心である王城の姿。
『南方の話、変な事にならなきゃいいんだけど…』
「小難しい顔してんな?」
背中に掛けられた声。
言われた通り、小難しい表情をしているのは確かに自覚がある。
『誰かさんと違ってお酒で解決出来ればいいんだけどねー?』
「おっと、こりゃ藪蛇だったか。」
声のヌシはエル姉ことエルメリートその人だ。
『にしても、割りと頻繁に王都に戻ってきてるなら連絡くらいしてよ。』
「そうは言ってもアタシだって忙しいんだよ。」
『三日前…もう四日前か、には戻ってたんでしょ?』
「多分またすぐに出発になるからなぁ。」
どうやら、私が思っている以上には彼女はそれなりに忙しいようではある。
『ノザンリィに居た時は割りとのんびりしてたって事なんだね。』
「確かに懐かしいな。あの町は…」
少し遠くを見るような目は、普段の彼女の姿からは想像できない程に哀愁が漂っている。
「その…カイルのやつは今、大変なんだろ?」
『その為に技術院に通ってる。まぁ…良い結果が出るかどうかはわかんないけどさ。』
「今度、西に行った時はアイツの様子も見てくる。必ず報告するから。」
『叩いちゃダメだよ?、割れちゃうから。』
互いに笑い合う。
『そういえば、南部って教会の仕事で行ったりしないの?』
「あー…行かない事もないんだがな、今はちょっと面倒事が多くて困ってる。」
面倒事というのは間違いなく、叔父を始めとする領主やラグリアを困らせているモノと似たり寄ったりなのだろう。
「昔はそんなでもなかったんだけどさぁ、最近は妙に関所もピリピリしてんだよな。手間ばっかかかるから正直行きたいとは思わんけどさぁ…あの婆にゃ逆らえねぇからなぁ…」
『婆って…』
彼女の言う「婆」というのは現在の教会を取り仕切っている司祭の事に違いないのだが、彼女の言葉を聞いてる限り、教会という組織の中でも色々とある様子。
彼女も毎日呑気に過ごしているわけではなさそうだ。
『まぁ、戻った時に声掛けてくれればさ、また旅荷物の整理とか付き合うから。』
「なんやかんやでボロボロになっちまうもんだしなぁ…ってフィル、お前。」
『ちゃんと服とかも直しておいたでしょ?、あの部屋、私も使ってたんだから綺麗に使いなさいよ。まったく。』
「…あー…片付けとかしてくれたの、てっきりリアンのヤツかと思ってたわ…」
バツが悪そうな顔をしている。
そりゃまぁ、以前から自分が面倒を見てた年下に面倒見られたとあれば、気持ちは分からないでもない。
『荷物もちゃんと整理しないから、あんなに刃物も多いんじゃないの?』
「あはは…一応教会の仕事中は持ち歩くわけにも行かなくてな。旅には必須だがどうにも見つからない時は買っちまうもんで…ちゃんと整理シマス。スイマセン。」
一応の言い訳をした後ではあるが、しっかり謝る。良い心がけだ。
修道士というのも大変なんだな。
エル姉と別れてからふとそんな事を考えていた。
まぁ、彼女の場合は、その職業を何故選んだのかとても疑問に感じるところではあるが。
『性格考えたら絶対に合ってないよね。ふふっ…』
そういえば以前聞いた気がする。
彼女は王都に家族が居るとは言っているものの、そもそもその家族というのも孤児が集って暮らしている家族。
彼女自身も孤児で、教会の仕事に就いたのも幼い頃に世話になった孤児院からの繋がりだったはずだ。
ある意味、あの楽観的な性格は、今までの彼女の人生を暗いモノとしない為に日々生きている証なのかもしれない。
確かその話を聞いた時も、時折見せる暗い表情はあっても、楽しく語っていた。
今でも彼女が接する幼い者たちにとって、その境遇が悲しいモノであると感じさせない為の強さの一つだ。
普段はどれだけだらしなく、怠惰に見えても、彼女の中の心情は尊敬すべきところだ。
『まだまだ私も未熟だわ。』
再び足を進める一歩も、私を見ている誰かにとってそうなれるといいな、と心から思う。
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新たな技術に必要な資金は湯水の如く。
しかしそれが行き着く先は、湯水を生み出す源泉なのだと知る。
次回もお楽しみに!