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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第六章 虚空に佇む
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162話 借宿の空き時間

162話目投稿します。


急遽のお泊りで訪れる宿。

扉の奥で見つけた人影は、懐かしい顔の持ち主。

『ぅ…これ…酒臭っ…』

扉を開けた直後鼻に付く匂いに、一瞬目的地を間違えたのかと思ってしまった。

そしてこの匂いの正体…いや原因と言うべきその人が居間の長椅子に転がって鼾を上げている。

『っていうか、何でこの人ここに居るの…』

久しぶりに見たその姿は、何というか、相変わらずだ。

安心感と僅かな呆気に取られる私に、家の奥から姿を見せた人影が声を掛けてくる。

「あれ?フィルさん?どうしたんですか?」

本宅の執事の一人リアンだ。

今は特別な任務として以前の旅から引き続きパーシィの、この借宿の世話係として日々の生活に於いてあらゆる事を担当している。

彼が居るからこそ、パーシィは不自由なく技術院での仕事が出来ているとも言える。

私は今日、ここに訪れた理由をリアンに話したものの、彼は少々困り顔だ。

「となると、これは…」

神妙な顔にこちらも少々身構えてしまう。

「大変です!、お買い物に行かなくては!」

あら?

と拍子抜け。

大変な事というのは、晩御飯の食材が足りないという事だ。

『ふふ…いいですよ。私も一緒に行きます。』

いえいえ、と当然のように謙遜するリアンだが、追加の買出しの原因が私なのだから、と言えば流石に断るわけにもいかないようで。

「解りました。では参りましょうか。」

『で、これはほったらかしでいいの?』

長椅子に転がっている者を指さす。

「エルは昨日も遅くまで晩酌していましたからね。」

リアンの言い分からすると、名を省いてもその行動からして間違いなく私が知る人物だ。




『リアンさんはエル姉…と知り合いだったんですか?』

近隣御用達の商店街を歩きながら、借宿で高らかに鼾を上げていた人、エルメリートについて聞いてみた。

「歳が近いのと、互いの家が近かった事、後はアレはアレでアイン様とも交流があるので、それで顔を合わせる事はそれなりにあったのですよ。」

叔父と交流があるというのは何となく分かる気がする。

彼女は国内に浸透している信仰、それを担う教会に所属する修道士ではあるものの、定期的に各地を訪れるはずの「巡礼」という仕事に於いて、何故かノザンリィに滞在していた期間は長かった。

本人からすれば住み心地や環境を気に入ってたのか、当然あそこで暮らしていた私やカイルの面倒を見てくれたり、親身になってくれていたのは今でも尚彼女を身近に感じる理由でもある。

『いつからあの家に?』

指を一本ずつ伸ばし数える。指の数は3本。三日前程という事だ。

「アレはアレで中々忙しいようですね。とは言え、夜中に酒場に出かけたりしなければもっとゆっくり出来るはずなのですが…」

ヤレヤレと首を振るリアン。

何処でも、誰でも、似たような印象を抱かせるのは最早彼女の特技と言ってもいいんじゃないだろうか?

それにしても…あれ?




追加の買出しを済ませ、宿に戻る。

勢いよく開いた扉の向こう、長椅子で眠りこけていたエル姉の姿はそこには無く。

「よぉー。フィルじゃんか。ひっさしぶりだなぁ!」

あっけらかんとこちらに手を振るエル姉ことエルメリートその人。

手には当然の如く酒瓶。

幸いと言えば幸いか、起きてから最初の一杯と言ったところだろうか?

足早にその横に歩み寄り、抱えた酒を奪い取る。

「あぁ!!?、なにすんだ!返せよー!」

『久しぶりね、エルメリートさん。今日はお仕事、終わったのかしら?』

「ギクッ!」

ギクッって言っちゃう人は流石に初めて見た。

午後の時間も大分遅くはなっているが、今の時間はあきらかに彼女もまだ仕事をする時間のはずだ。

「いやぁ…あはは。おう、リアン!また晩御飯の時間に来るよ!!」

冷や汗混じりにそそくさと宿を後にするエル姉。

『まったく…』

「ははは、相変わらずだ、彼女も。そして思った通りフィルさんには弱いようですね。」

少々鼻息が荒い私と対称的に、落ち着いた様子のリアン。

晩御飯の時間になればまた来るとの事なら、しっかりと説教する時間もあるだろう。

『さて…えっと、私は前と同じ部屋使っても大丈夫です?』

「あー…3日間だけだけど、エルが使ってたから…」

溜息と肩を少し落として、部屋へと向かう。

まぁ…案の定、散らかっているが、彼女もある意味は冒険者。

散乱した荷物の多くは衣類だ。


手に取らなくても分かる。

ほつれ、破れ、裁縫が不得意な彼女にすれば頑張って補修を繰り返している彼女の旅のお供だ。

この草臥れた旅のお供が彼女の歩んだ、歩んでいる旅なのだ。

普段からお酒を飲んで、豪快に寝て、日々を過ごしている彼女は、いつだって楽しそうに見える。

私も、カイルもきっと、そんな彼女を小さい頃から見てたのも憧れた原因の一つ。

『仕方ないなぁ、エル姉は。』

手早く衣類を纏め上げ、階下のリアンに裁縫道具を用意してもらう。

即座に出てきた辺りから察するに、パーシィの衣類とかもリアンが修繕したり…?

『ほんと、叔父様のところって才能高い人多すぎないか?』

その才能溢れる人に比べれば敵うわけもないが、私もそれなりにこうした経験は重ねてきているのだ。

時間を潰すにしては申し分ない。

『まぁ、開いた部屋はまだあるし、一泊だけなら別の部屋を借りるかな。』

針仕事をしながらそんな事をぼんやりと考えていた。




部屋の片付け、掃除、散らかったエル姉の旅装束の修繕。

いつの間にか夕暮れは過ぎ去り、階下からいい匂いも漂ってくる。

『久しぶりのリアンさんの手料理だなぁ、楽しみ。』

自然と出る鼻歌。

母もこんな風に針仕事して居たな、などと懐かしい記憶を思い出しながら、私もまた母の姿と同じように手を動かしている。


「たっだいまー!リアンさん、おなかすいたよぉー!」

程なくして階下からパーシィの声。

元気なのか疲れてるのか良く分からないが、今日のお仕事もお疲れ様、と言ったところか?


『さて、これで終りっと。』

作業を終え、綺麗に畳んでベッドの上に並べておく。

鞄に入れておくべきか?とテーブルの上に置かれた鞄に歩み寄る。

鞄を開けて中を見るも、少し意外。

『何か修道士という割りに、刃物が多い気がするな…まぁエル姉は酒もだけど肉も好きだったしなぁ…』

ひとまず鞄の中には入れず、脇に重ねておく事にして私の作業は終り。

部屋を出て階下へ下りる。

今日の仕事を終えたパーシィを労わなければ。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


夜は語らいの時間としては申し分ない。

それぞれの近況は中々興味深いモノばかりだ。


次回もお楽しみに!

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