154話 風吹き荒れる草原
154話目投稿します。
心地よい時間、楽しい時間というのは過ぎ去るのも早い。
「この場所、話には聞いていましたが、来たのは初めてです。」
気持ちいいですね、と横に寝ころんだヘルトが呟く。
『そうだね。』
ゆったりと流れる時間、目まぐるしく状況と環境が移り変わる事が多かった最近、何も考えずこんなにのんびりした事があっただろうか?
「お部屋に籠ってばかりでは得られない感覚、でしょうか?」
本当にその通りだ。
彼女にお世話されて過ごした王城での数日は、確かにのんびりした時間ではあったが、これ程までの解放感はなかった。
『こうやって何事もなく過ごせればいいのに、ね。』
体を起こして、改めて眺める草原の景色。
遠くには王都の姿も見える。
綺麗な姿だ。
初めて見た時はそれこそ、全身に鳥肌が立つ程に感動した。
その時私の隣に居たのはカイルだ。
多分、あの時顔を見合わせたカイルの目にも、彼と同じような表情の私が映っていたのだろう。
まだまだ世界にはこんな綺麗な景色は沢山あって、私たちをいっぱい感動させてくれるに違いない。
遠い景色から視線を戻し、手のひらを見つめる。
彼の手を覚えている。
彼の顔を覚えている。
同じものを見て、同じように感動して、同じように歩きたい。
今日は改めてここに来て良かった。
良い景色が見れたのは勿論だが、嬉しそうな顔を思い出せた。
「おねぇちゃーん!」
少し離れたところからイヴが呼びかけている。
そちらを見ると、何やら食事の用意がされている様子。
「お昼ご飯でしょうか?、行きましょうフィル様。」
先に立ち上がったヘルトが、手を差し伸べてくれる。
『ありがとう。』
握り返して立ち上がり、その手を繋いだまま、皆が居る場所へと走る。
握った手に少し力が入ってしまったのは、ある種の覚悟、願いから湧き上がったモノだ。
いつかカイルもここに連れてくるよ。
昼食後、再び皆でのんびり時間を過ごす。
叔母に教わって作った花冠、女性陣作成の品をオーレンに一つだけあげるという一種の悪戯は、顔を紅くしたオーレンに申し訳なくも思ったが、それでもイヴが作った物を選ぶという、それはそれで今後が楽しみになってしまうのは、私も性根が悪い証拠だろうか?
残りの花冠は一斉に叔父の頭に乗せられたものの、流石に歳の候。
「両手では足りない華だねぇ?」
大人の余裕というものをまざまざと見せられた気がする。
逆に叔母が「嬉しそうですね?」なんて言うが、気のせいかあまり顔が笑っていない。
残念ながら、叔父と似たような余裕は叔母には無いらしい。
それでもまぁ、嫉妬する叔母はそれはそれで良い物を見た気もする。
『意外に子供っぽいところもあるんだよなぁ…』
「何か言った?フィルー?」
いかん、聞こえた。
『いえ、何でもないですよ~叔母様。』
と、叔母からの口撃を回避してふと視界の隅に捉えた光景。
『あれって…』
遠く、王都から、こちら側、南部方面に進む一団。
「皆、すぐに動けるように準備しておいてくれ。」
急ぎこちらに指示を飛ばす叔父に駆け寄る従者。
聞こえた耳打ちの中に、南方領主という単語が含まれていた。
「これはこれは、こんなところで貴公の顔が見られるとは思わなかったよ。」
進行を止めた一団から、こちらに近付いてきた人物。
従者の耳打ちで聞こえた通り、南方領主セルスト=ヴィルゲイムその人と、まさに側近といった感じの南方軍の将校だ。
「わざわざのお声掛け、痛み入るよ、セルスト殿。」
今まで私が出会った東方、西方領主とは違った緊張感が2人の間に飛び交っているような空気を感じる。
グリオスの話だと、少なくともグリオス本人は南方領主に対して良い印象はないのだろう。
パルティアからその手の話を聞く機会はまだ無いものの、今の2人から感じる空気感から推測すれば、グリオスとあまり変わらないのではないかと思ってしまう。
「こちらでの仕事も一段落したのでね、南部に戻るところだよ。」
その仕事内容に関しては分からない物の、言葉の端々からは面倒事といった印象を受ける。
確かにまぁ統治する領からわざわざ出向く事ですら面倒なのは間違いないだろうが、普段王都に居る事が多い叔父を見ているせいか、正直なところその大変さは不明だ。
「そうですか、道中くれぐれもお気をつけください。」
フンっ、と鼻で笑う。
明らかに不機嫌そうな理由が良く分からないが…
「貴公の領と違って、南部は確かに危険も多いからな、一応は心配頂いているという事で留めておこう。」
気候や環境を考えれば、北部を羨ましがる事は無いと思うものの、私にはその考えはやはり分かりかねる。
その視線が叔父の少し後ろで様子を伺っている私の方へ向く。
「そちらの少女は…そうか、お前が陛下の今のお遊び相手だったな。」
ピクっと身を震わせたのは、私だけじゃない。
叔父や叔母、そしてヘルトも明らかに怒気を孕んだ空気を宿す。
気持ちは分からなくはない。
少なくとも今の発言の対象は私で、その言い様は明らかに下卑た類いのモノだ。
『ご挨拶が遅れました。セルスト=ヴィルゲイム様。改めましてフィル=スタットと申します。おっしゃる通り、陛下とは良い関係を賜っております。』
ここは、ここだけは私がしっかり対応すべき。
『貴方様も同様に、良い関係を築ければ、と思いますが?』
しっかりと視線を合わせて気丈に返す。
「ほう…成程な。」
興味が湧いたのか、失せたのか分からない。
「確かに陛下が好みそうなところはあるな。また話す機会があればよいものだ。」
最初より幾分、不機嫌さが薄れた気がしなくもないが、そう言い残して踵を返す。
「アイン殿、また会おう。ではな。」
いくぞ!と大きく声を上げ、一団は再び南方向へと進行を始め、重い空気だけを残して去っていった。
肩に置かれた手、振り向くと叔父が心配そうな目をしている。
『叔父様…』
「よく対処してくれた。荒事にならず何よりだよ。」
小さく感謝を述べ、他の皆の元に歩み寄る。
「皆も大丈夫だっただろうか?」
叔父と同様に、私も周囲に気を配ると、一人…様子が少しおかしい…
イヴだ。
『イヴ?大丈夫?』
「あ、おねえちゃん。うん、大丈夫だよ…でも…」
まだ視界に残る南方軍の一団。イヴの視線はそちらに向いたままだ。
「気のせい…かなぁ…」
『何か感じたの?』
叔父もこちらに近付いてきた。
イヴの反応が気になるのは私だけではない。
「少し、黒いの…見えた気がした。」
その言葉を聞いて、叔父と交わした視線。
そうして私たちもイヴ同様に、南方軍の後ろ姿に目を向けるのだった。
先ほどまでの良い天気と、心地よい風は、今はその影を潜め、見上げた南の空には何かを伝えるかのような暗雲が浮かんでいた。
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思わぬ邂逅がその先に及ぼす事象。
予想外の事ならいっそ困難なところから探るのもまた一つの手段。
次回もお楽しみに!