153話 王都の休日
153話目投稿します。
何事も程ほどに息抜きをすることはとても大事な事だ。
急に迫られる時ほど、その視界は狭くなる。
「フィル様、今日のご予定は何か御座いますか?」
まだ少し眠気が残る瞼は重い。
それでも朝食の場にはしっかりと顔を出すように心掛けている。あくまで最近の話ではあるが。
同じテーブルに着いている面子は叔父や叔母、その息子といったスタットロード家、そして私やイヴといった本宅に住む主な住人全てだ。
数日の間を開けて無事に本宅への帰還となってから、叔父と私が其々に手にした、耳にした情報を共有する時間でもある。
『今日も城かなぁ…』
決まった予定はなくても調べる事が増えてしまった今の状況は忙しくも楽しい。
調べている内容からすれば、呑気に楽しんでいる場合ではないのは分かってはいるものの、やはり知らない事を知る機会は私や叔父のような強い知識欲を持つ者にとっては代えがたいモノだ。
「お姉ちゃん、忙しそうだね。イヴはちょっと寂しいな。」
隣の席に座って料理を口にしながらイヴが少々いじけるように呟く。
彼女もこの屋敷に身を置いてもう随分経つ。
その言葉とは裏腹に、王都について間もない頃に比べれば、私に対しての依存感が少し和らいだような印象もある。
理由としては、彼女もまた己の知識欲、そして同世代のオーレンの存在も大きい。
彼女との時間も確かに大事にはしたいのだけれど、今は調べ物に一番時間を使いたい。
『ごめんね、イヴ。確か明日はお勉強もお休みでしょ?、一緒にでかけよっか。』
オーレンとイヴは、この屋敷で色んな事を勉強している。
丁度明日は休息日で、勉強の時間もなかったはずだ。
調べ物に一番時間を使いたいとは思っても、流石に気が滅入ってしまう。効率も悪い。
「あら、いいわね。皆で遠乗りでもいいわね。」
向かいに座っている叔母が私の話に相槌を打つ。
「貴方も急ぎの仕事もないのでしょう?。たまには気晴らし、必要よ?。ね?」
横に座る息子、オーレンに視線を飛ばすと、彼もまた嬉しそうに目を輝かせている。
「久しぶりの皆での外出!、楽しみです!!」
食卓の一番中心、所謂主の椅子に座る叔父もまた、
「本格的に暑くなる前、確かにいい季節だね。どこかいいところでもあればいいのだが。」
あまりそういった場所には詳しくなくて、と申し訳なさそうに頭を掻く屋敷の党首。
周囲に控えている使用人も含めて、楽しい空気、雰囲気が漂う。
本宅で暮らして感じるこの手の空気は、私も凄く楽しい。
「そうと決まれば、準備しなきゃね!」
食事を終えた叔母、オーレン、イヴの3人が輪になって盛り上がっている。
先ほどの寂しい顔はすでに消えていた。
「あら、フィル様、何かいいことでもありました?」
場所は変わり、朝食の場で言った通り、城の書庫。
本宅に戻ってから数日の間、足しげく通う事となった王城書庫。
声を掛けてきた相手は、城で過ごした数日間、私のお世話にあたってくれたヘルト。
私が国王ラグリアから直接許可を貰った事で城内にあるあらゆる書籍、文献、さらには禁書とされるモノまで調べる事が可能となったわけだが、流石に一人では本棚の傾向すら分からない。
そのお手伝いとして受け持つ事となったのが彼女だ。
あの数日以降も何とか親交が出来ればと思っていた私としてはこれ以上の采配はない。
一連の経緯からすれば、安易にラグリアに感謝とは言えないところもあるが、元からある程度の成り行きを知っている彼女はこの件に関しては打って付けの人物足りえる。
『んふふー…たまには気晴らししなきゃねーって事で、明日は私もオヤスミ。』
しっかり予定も建てれなくてごめん、と謝るが、ヘルトはまったく意に介さず。
「私もフィル様のお役に立てて嬉しいですから、大丈夫ですよ。」
との返事。
『そういえば、お城で働いている人達ってお休みとかどうしてるの?』
突然の質問に、少し考える様子のヘルト。
「そうですね…基本的に私たちのような使用人は城内にある専用の区画に住まわせていただいてますが、お休みの日は人其々と言ったところですね。」
ヘルトも他の多くの使用人同様で、家族は王都に暮らしていて、お休みの日には自分の家に戻る者が多いらしい。
王都に居を構える事はそれなりの収入が必要であるのは当たり前ではあるが、家族の中で一人でも王城で仕事をしていれば、それがどんな立場であっても普通に暮らす分に困る事はない。
「明日、フィル様がいらっしゃらないのであれば、私もお休みですね。」
『あら。そうなんだ?』
成程、今のヘルトはまさしく私の御付きという扱いなのか…それなら。
『ヘルトさん、明日、個人的な用事は無いって事?』
「え?、えぇ、そうなりますね。」
『だったらさ!』
「あ、あの…本当に宜しいのでしょうか?…」
私服でありながら、立ち振る舞いはメイドそのもの。
スタットロード家の馬車の前で固まっているのは、今私の御付きとして王城での世話をしてくれているヘルトだ。
『今日のヘルトさんは、私の友人、だよ?』
「遠慮しなくてもいいのよ?、フィルの友人なのだから、今日は一緒に楽しみましょう?」
叔母のこの手の対応はお手の物だ。
まぁ、この人からすれば、身分よりも可愛い女の子という点が大きい気がしなくもない。
「城でこの子のお世話をしてくれた方でしょう?、私からもお礼がしたいわ。」
一緒に、とヘルトの横に立って、手を差し伸べる。
おずおずとその手を取って、彼女も馬車に乗り込む。
流石に全員が一台の馬車に乗る事は難しいが、遠乗りという形から、叔父、オーレン、イヴの3人はしっかりとした鞍を付けた馬車に、私、叔母、そして今日のお客様であるヘルトが後追いの馬車に乗り込む形となる。
驚いたのが、オーレンの乗馬だ。
話を聞いた時、叔父の馬に3人で乗るのかと思ったのだが、まだ未熟と思っていた体で思いのままに馬を扱う姿に感心してしまった。
何より、一緒に乗っているイヴも嬉しそうだ。
『オーレン、凄いですね。あんなに乗り熟せるとは思ってなかったですよ。』
まだ上層を出ていない段階では、勢いよく走らせるわけにもいかず、馬車の横を同じ速度で駆ける形となっているが、窓からその様子が見れ、改めて口に出た。
「昨年のカイル君の特訓と一緒に練習したのがきっかけね。今のあの子の一番の先生は間違いなくカイル君よ。」
叔母の口から出たその名。その表情は少し寂しげな感じもする。
間違いなく叔母を始めとするスタットロード家の屋敷において、カイルは無くてはならない人となっている。
「私もあの人もカイル君には感謝しているわ。だから。」
彼を元に戻すためなら喜んで力を貸す、と。
「フィル様…その、私も…」
城で過ごした間で、私の事についてある程度は話した。
それを踏まえた上でのヘルトの申し出。
『叔母様、ヘルトさん。ありがとう。』
「でも、今日は一旦置いておきましょう!、楽しまなきゃね!」
『ええ!』「はい!」
遠乗りとして選んだ目的地は、王都から少し離れた草原地帯。
高低差もそれなりにあり、王都の姿が遠目に見られるその場所は貴族衆を始めとした遠乗りの人気場所でもある。
急遽決まった予定も、他の利用者と重なる事もなく、中々にして運がいい。
馬車の中の会話は、主にヘルトの事だ。
最初はこの馬車に乗る事、叔母の存在に緊張していたようだが、叔母の落ち着いた空気感がその緊張を解す事に長けている。
目的地に付く頃には、馬車に乗る前の彼女の様子とは打って変わって、無邪気な笑顔すら見える程になっていた。
馬車を降りて凝り固まった体を伸ばす。
少し暑く感じる日差しを和らげるような風が首筋を通り抜ける。
『んんーーーーー!…あぁ、良い風だ。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
暑い季節はもう遠くはない。
草原で過ごす穏やかな一時は、されども貴重さを語る事はない。
次回もお楽しみに!