152話 決別の明日へ
152話目投稿します。
用意された謁見。示された意味はまさしく少女の運命の分岐点となりうるモノ
約束の場所、時間。
ヘルトに案内されたその部屋は、確かにここ数日使用していた部屋に比べれば雲泥の差と言えるかもしれない。
まぁそもそも家財道具などの価値がはっきりと分からないものの、部屋の広さやそれぞれの家具の大きさと言ったところだろうか?、恐らくは細かい素材部分なども一層高い品質の物なのは強ち間違ってもいないだろう。
「それでは、こちらでお待ちください。」
恭しく頭を下げて退室するヘルトが、扉の前で振り向き、
「フィル様…その…大丈夫でしょうか?」
私の身を案じる言葉を掛けてくれるのは凄く嬉しい事だ。
『大丈夫。ありがとね、ヘルトさん。また明日、一緒にご飯食べようね?。』
少しの強がりでも、彼女の顔を不安から笑顔に変える事はできたようだ。
ここでの話し合いの場を伝えてきた彼に何を話せばいいのか。
この後、私の身はどうなるのか。
失ってしまったモノを取り戻す旅は再開できるのか。
どこに行けばいいのか。
大きな窓、眼下には王都に暮らす町の灯りが無数に見える。
『ここは、下層の方まで見えるんだな…』
そんな事を呟きながらも、視界に揺れる橙色の灯火と共に夜の時間は流れていく。
緊張もあっての張り詰めた意識、その甲斐もあって部屋に近付いてくる足音を読み取る事が出来た。
『来た。』
足音は二つ。恐らくは本人と御付きの者だろう。
城主はやはり無遠慮で、部屋へのノックもすることなく開かれた扉から悠々と足を踏み入れる。
扉の向こうには、やはり御付きの執事が頭をたれ、閉まっていく扉の向こうに姿を隠した。
念のためではあったが、足音が離れていくのも確認できた。
つまり、今この部屋とその周辺には私と眼前に立つ男、国王ラグリア=エデルティスの2人だけ、という事だ。
少なくとも、言葉を気にせずに話せる。
そして2人という事は、あの晩同様に、私を助けてくれるような人もまた居ないのだ、という事実でもある。
結局のところ、力任せで来られれば成す術は無いし、もうそうなった時の覚悟は出来ている。それで彼が満足するかはまた別の話にはなるだろうが…。
『こんばんわ、ラグリア。』
しっかりと相手の目を見て話す。
時に言葉以上に意思を伝える事ができる。
「ここでの数日はどうだった?フィル。」
『流石に貴方が何を望んでいるのか、この部屋に案内された時点で分かるけど。』
「ほう。ならば聞かせてもらえるかな?」
社交場での発言、今この部屋に案内させたその理由なんて、どんな馬鹿でも分かる事だ。
『結局のところ、私に王女になれ、って事でしょう?』
そこに含まれる数々の理由は今はどうでもいい。
つまりはラグリアにとっての、ある方面からの弾避け、気兼ねなく話せる相手、そして…恐らくは肉体関係も理由の一つとしてまた然り。
向かいの豪華な一人掛けの椅子に体を預け、悠然とした態度で笑みを浮かべている。
「間違いじゃないな。まぁ理由はそれなりにはあるが。」
不適な笑みは相変わらずだが、あの夜とその纏った雰囲気が全然違う。
「で、返答は?」
今更聞くのか、その答えを。
『先日の夜にも答えたでしょう?』
返事に対して、あぁ、聞いた。と小さく答えた彼だが、さらに付け足した言葉。
「あの時の言葉は、お前の心の話だろう?」
『…ラグリア、貴方…』
そういう事か。
ラグリアにとってのこの話。
私が承諾してしまえば、国が丸ごと大騒ぎになる程の出来事になるのは間違いないだろう。
けれど、その中身は、単純な契約だ。
事の成り行きはともかくとして、そこで私が得るのは、国を動かす力に干渉できる立場。
「王などという立場なのでな、個の心など俺にとっては些末なモノだ。」
でもそれは…
『それなら…何で私なの!』
強く、大きくなる声にも負けない程、はっきりとした口調で返されたラグリアの言葉。
「今の俺も、そしてあの時お前と一緒に見た未来の俺も、お前に惹かれているからだ。」
心は要らないという、けれど、私を選ぶ理由はその心から来るものじゃないか。
漏らしたその言葉、表情。
そして、視線は、時に言葉以上に意思を伝える事ができる。
何で、何でそんなに…辛そうなんだ。
駄目だ…揺らいでは駄目。
これはただの、ただの同情でしかない。
出来る事なら助けてあげたい。国王としては絶対に人に見せないその弱さを。
それは昨年ラグリアと話した時から変わらない気持ちだ。
『あ…ぅ…』
言葉が出てこない。
拒絶の言葉を彼に浴びせなければいけない。
いけないのだ。
言葉の代わりにはならない涙が、視線を逸らし横を向いた私の目から零れ落ちる。
「…その、何だ…色々とすまなかった。」
成り行き、行きずりとは言えども、数日間過ごしたベッドの中、腕枕に私を抱え、ラグリアが漏らした謝罪の言葉。
少なくとも、今晩の彼の行為には、先日の強引に押さえつけるような印象はなく、凄く単純な気持ちが伝わってくるモノだった。
きっとこの先も変わらない、私が望む相手の温もりには遠く及ばなくても、彼なりの温かさを感じられた。
『年下趣味もほどほどにしないと、今度やったら殴るから。』
ははは、と少し困った顔で笑う。
「成り行きとはいえ、キミを2度傷つけてしまった。何か出来る事があれば言ってほしい。」
今の関係を続けていくためにも、と付け足すが。
『一応聞いておくけど、関係ってコレじゃないよね?』
今度は慌てる表情に変わり、頭を振る。
多分本心だろう。
友として、気兼ねなく話せる相手として、そういう事。
今なら、彼を気軽に殴る事も可能だろう。
ニシシと微笑み『覚悟しなさい』と付け足しておく。
とは言え、突然何か願い事が無いか?と聞かれてもなぁ…。
周囲に何か参考になるものがないか、と首を上げ見回す先に、枕元に置かれた書籍を捉える。
『王城の書庫って閲覧許可が難しいんだっけ?』
少し考える素振りを見せるものの、割りとあっさりと。
「俺はそれほど気にはしないんだがな、文官がやかましい。」
『じゃぁ、その許可頂戴。特別な本とかもあればソレも一緒に。』
びしっと指先でラグリアの視線を捉えて、願い事を伝える。
「…分かった。」
ふっ、と小さく微笑み返す王様。
そこから眠るまでの間、改めて今までの旅について話す流れとなり、いつしか私は眠気に負けて意識を閉ざす事となる。
灯りの落ちた客室の空気は、数日前とは比べようもない程に温もりに溢れていた。
「フラれるというのは…悔しいものなのだな…」
小さく呟いたラグリアの言葉は私の耳に届く事はない。
この先もずっと。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
悲しみではない別れもまた、望む未来の形。
道標を生み出す術は、思っていたよりも大きな経緯となってしまった。
次回もお楽しみに!