149話 静かな客間
149話目投稿します。
心細い王城での一時は、新しい友人の現れでまた新しい明日の楽しみを感じられた。
『せめて客間は叔母様たちと近いところが良かったなぁ…』
昨年は、北領主の随伴で来城していたため、控室、客間、寝室もそれに近い場所だった。
今年は護衛として一緒に居たカイルも居ないし、叔母たちの部屋も遠い。
単純に寂しい、というよりは馴染みの無い部屋で一人というのは心細い。
今頃は四方領主と国王がこの催しの名の通り、会議を行っているのだろうか?
はっきりいって政にはまったく興味がないし、精々僅かでも自分の目的のための情報が手に入れば万々歳と言ったところか。
その辺りは私が何か特別な事をやらずとも叔父が気を配ってくれるはずだ。
食欲に関しては私の頼みをヘルトがしっかりと汲んでくれた御蔭で満足しているし、眠れない程お腹が減る事もないだろう。
豪華な部屋ではあるものの、結局は客間という機能しか持たないこの部屋は、調度品は王城だけあって最高級品ではあるが、とどのつまりは他にやる事がない。
分かりやすく言えば、暇そのものだ。
『せめて本でも持ってくればよかったなぁ…』
結局やることもなく、ベッドに転がって天井を眺めるだけの退屈な時間。
その静寂を破ったのは、私としては多分もう友人と思っているヘルト。
「フィル様、お茶などいかがですか?」
本当に感謝だ。
『あぁ、良かった。退屈で死ぬかと思った。ありがとう、ヘルトさん。』
「お礼を言われる事ではありません。フィル様のお世話をさせて頂くのが今回の私のお仕事ですから。」
と笑顔で返すが、仕事と言う割りには、言われて嬉しくないわけではないのだろう。
「フィル様は今まで色々と旅をされていたと聞いておりますが、宜しければお話頂けますか?」
丁寧な動作でお茶を用意しながら、ヘルトが尋ねてくる。
『いいですよ~。話相手が欲しかったところだし。』
「成程、陛下にご興味を抱かれていないというのも分かりました。カイルさん、大事な御方なのですね。」
そうあまりにも真っすぐに率直に言われてしまうと流石に少し照れる。
『今は彼を元に戻すための方法を探してる。そんなところかな…色々方々から文献とか集めてはいるんだけどね。』
「文献、ですか…。」
お茶の用意が出来たようで、テーブルへと促される。
ポットからカップへと温かそうな湯気と共に、いい香りが部屋に広がる。
「王城の書庫などはご興味ありますか?」
『うーん…叔父が調べ終わってるかもしれないけど、あるといえばあるね。』
流石にヘルトだけの判断で、一応は部外者である私が閲覧できるかどうかの判断は難しいらしく。
「分かりました。今夜私の上の者に確認しておきましょう。問題なければ明日にでもご案内致しますね。」
嬉しさのあまり、がっしりとヘルトの両手を握りしめる。
『ありがとう、ヘルトさん。すっごく嬉しい!。』
明日になれば暇な時間も減るだろう。
いつまでこの客間で、私からすれば軟禁状態に近いとも感じられる状況が続くのかは分からないが、少なくとも、退屈で死ぬなんて事はなくなる。
ヘルトの申し出はとてもありがたい。
『お陰様で今日はゆっくり眠れそうだよ。』
「ふふ、そう言って頂ける事が私にとっては一番嬉しい事かもしれません。」
食事の時と同様、一緒にお茶の時間を過ごした後、何かあれば夜中でも呼んでほしい事、明日の朝また会う事を約束してヘルトは部屋を後にした。
『これはこれで明日、楽しみな事が増えたな。』
お茶の香りが残る客間は、先ほどよりも落ち着く空気に変わり、私の睡魔を誘うのもそれほど難しくはなかったようだ。
いつもより随分と豪勢な肌ざわりに包まれ、私の意識は眠りへと落ちていくのだった。
『ん…』
薄っすらと眠気から醒めていく意識。
いつもと違う環境から来るものだろうか、枕が違って眠れないなんてことはあまり覚えはないが、ここまで環境が違うともなれば無くは無い、といったところか…。
そして、ふと、耳がピクリと反応する。
私以外の人が、この部屋に居る。
「ふっ…」
本当に微かに聞こえた小さな笑い声。
会場を後にして部屋から聞こえていた声とは明らかに違う。
間違いなくこの部屋に居る人の声だ。
『だ、誰?!』
ガバっと体を起こして、気配のする方へ視線を向ける。
部屋は薄暗い。
闇夜に紛れるその正体を見るには、暗闇に目が慣れていない。
咄嗟に先ほどまでこの身に重ねていた寝具を引き寄せる。
決して裸、肌着だけで寝るような事はしていないが、見知らぬ人相手に不用意に寝間着姿を見られるのは流石に憚られる。
窓、カーテンの隙間から覗く月明り、僅かに室内に滑り込んだその青白い光を、その気配が通り、その顔を私の視界へと映す。
『ラグリア…』
「すまないね。今回の会談が思ったより長くかかってしまった。」
淡々と喋りながら、こちらへと歩み寄る国王の姿。
本当に何を考えているのか分からない。
でも、今の彼から感じる空気は…
恐怖、それに近い。
『こんな時間に…何の御用ですか?』
こちらの警戒心も流石に感じ取ったようで、ベッドの手前で足を止めて、こちらの様子を見ている。
「キミと話をしたかったんだがな。」
けれど、と付け足して、再び足を伸ばし。
「まぁ、キミの答えは知っているが、」
ベッドへと上がっても尚、こちらへ近付くのをやめない。
「ここには、キミを護る者は居ない。」
私の頬に手を当て、ゆっくりと指先を顎から首筋へと、
「ここに居るのは、さも婚約者のように紹介したキミと、」
私を護る存在は居ない、と悪意としか感じられない言葉を発し、
「この国の王たる、私だけだ。」
首筋から更に下へ、私の寝間着に手をかけ、
掴んだその手を、一気に振り払った。
『――――――――――!!!』
声を上げても誰も来ることはない。
理解している。目の前にいる男が口にした言葉の意味を。
今、私の傍に、カイルは…。
居ないのだ。
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けれど忘れてはいけない。
ここでの自分は一人なのだ、と。
次回もお楽しみに!