144話 静寂の森
144話目投稿します。
巡る命、残された言葉、答えを出すにはその芽はあまりに幼い。
「母親とは似つかわぬ程に甘いな。」
「そう言わないでくださいよ。彼女はまだ若い。」
「だが、また一つ身に付けたようだ。」
「憎まれ役、となってしまいましたかね?」
「どうかな?少なくとも私が話した事は実際に起こりうる事だ。」
「そうならない為に私たちがしっかりとしなくてはなりませんね。」
「解っているなら私のような年寄りを扱使うんじゃない。」
「貴女以上に魔法に長けた知り合いが居ないんですよ。」
「おや、そろそろかな?」
割りと近くから聞こえる話し声に眠って居られない。
『はっ!』
勢いよく起きる。
ここ最近大怪我をする事もそれなりにあったが、今回も恐らく同様、と思ってはいたが。
『あれ?』
場所は集落での暮らしの中で私が一番長い時間を費やした大樹の根元。
自分の体を見回してみたが、目立つ怪我は見当たらない。
「目が醒めたようだな。体は平気か?」
意識を失う前に散々私に対して殺意を向けてきていた本人は、叔父と共に大樹の湖の淵で呑気にお茶を飲んでいる。
『あ…え?…は、はい。』
命を狙われた後、再び目覚めてみれば相手からそんな様子はまったくない。
戸惑いを無くせという方が無理だ。
「アイン殿。ありがとう。」
「いえ、こちらこそ感謝していますよ。」
カップを置き、立ち上がるエルフの族長。
あの時私が最後に放った一本のナイフは、間違いなくルアの肩を貫いたようで、身に纏っているローブの左肩辺りが破れ、露出した左肩にはまさに言葉通りの「風穴」が開いている。
そして…。
『ルア様、その肩の傷は…』
「あぁ、キミが私に放ったモノだよ。あの状況下で素晴らしい攻撃だった。」
呑気にこちらを褒めている場合じゃない。
肩の傷口から、ルアの魔力が漏れ出している。
『な、何で!?、早く治療を!』
いや、おかしい。
この大樹の周辺は癒しの力で溢れているはずで、望まなくてもこの周囲に居れば体の傷は自動的に治療されるはずだ。
それなのに、ルアの肩の傷は多分私の攻撃を受けた時から治っている気配がない。
「私が受けた攻撃からの推測は伝えておこう。」
無意識に放った私の攻撃。
ルアの光の球を防ぐ事は不可能と判断した上で、防御より攻撃を選んだその結果、右手から放たれた一本のナイフは私の右手の魔力の影響を強く受け、一つの属性を有した魔力を宿してルアの肩を貫いた。
「それはキミの右腕に多く宿っている闇の属性だ。」
闇魔法を受けたルアの左肩は、大樹が発する癒しの力を受け付けず、それは同時にこの集落、ルアやアインの知識や経験を以てしても治療方法が無いという事だ。
『そんな…』
「心配はいらないよ。大樹から教えてもらっただろう?」
この地で霧散する魔力は、大樹に吸収され命の輪に戻る。
『でも、それじゃあ!』
「すまないね。キミが悲しんでしまうのだけは謝らなければいけない。」
左肩以外はいつも通りのルアが少し動かし辛そうにではあったがその両腕で私を抱きしめる。
「酷い事も言ってしまったね。でも、それでもキミは生きる事を決して諦めない。」
エルフには無い、人間ならではの生存本能だ、と言う。
現にルアからはその魔力が尽きると共にその身が滅びるというのを目前としながらも、自分が消えてしまう事に対しての恐怖や後悔のような気持ちを微塵も感じさせない。
「キミが最後に見せてくれたあの力を、この先どのように使うのかはキミ次第だ。」
結局のところ、あの戦闘は、私に生き抜くための力を教えるためにルアが一芝居打ったという事に他ならない。
だから最初に言っていた「実戦形式だ」と。
「あの戦いの中でも私が言った事は、キミにとっては如何なる場合にでも起こりうる事だ。それを忘れぬように、な。」
抱擁を終え、私の体から離れた手。
その指先から色が薄くなり、向こう側が透けている。
「また新しい私とも、仲良くしてくれると嬉しいものだ。」
最後の言葉を告げたルアの体は、淡い光となって、空へと消えていった。
背後から叔父が私の肩に手を置く。
「私も謝らなくてはいけないね…」
振り向き、叔父の胸倉を掴んで、額をその胸に押し当てる。
『―――――!!!』
声にならない声が出る口を、叔父の体で塞ぐ。
その服が私の涙で濡れる事を謝ったりしてやるものか。
少しの時間を開けて、集落の方からいくつもの気配が近付いてくる。
集落からこの泉に姿を現したのは、集落の住民。
この地、この森に暮らす、全てのエルフ族だ。
結果的に長の命を奪った私に対しての罰でも与えてくれるのだろうか?
いっそその方が楽かもしれない、とも思ったが、違っていた。
泉の周囲に集まった彼らは、一様に跪き、大樹に向かって祈るような様子を見せる。
それに反応するかのように、大樹が光を発して、一瞬大きく鼓動のような衝撃を発する。
幹の中心から、まばゆい光を発し、次第に大きくなる光が泉全体を包み込み視界を塞ぐ。
やがてその光が収束し、大樹の前に両手大ほどの光の球となって揺れている。
消える様子の無い光の球を前に、戸惑っている私。
その背中に触れる手。
確かルアの御付きとして寄り添っていたエルフの一人だ。
「フィル様、どうか、あの光に手を。」
戸惑いながらも頷き、言われたまま光の球に手を伸ばす。
私の手が触れると同時に、その光も徐々にその輝きを弱め…。
手の中には温かい何かが残された。
白い布に包まれたソレは、僅かに揺れ動いている。
御付きのエルフが再び、今度は正面に立って、白い布を捲る。
私の手の中にあったソレは、エルフの赤ちゃん…だった。
『こ、これ…』
「ルア様であった存在ですが、ルア様ではない新たな命です。」
大樹に紡がれた新たな命。
ルアの魂の輪から生まれた命。
「ルア様と同じくらいの力を宿すのは数十年、数百年先となるでしょう。私たちはルア様同様にこの命を見守ってまいります。だからどうか、フィル様、ルア様の最期の言葉をお忘れなきように…」
私の手から、赤子を引き取り、跪く。
周囲に目をやると、泉を取り囲んでいるエルフたちも同様に、祈る姿だったり、視線を合わせて頷くような素振りを見せたり、様々ではあるが私に応えるような様子を見せる。
画して、永遠とも違わぬ時間を生きてきた一人のエルフは人間で言うところの命を終え、されどもその魂は新たな命へと生まれ変わった。
叔父が操る馬上、東領特有の荒野を駆けるその馬上から、遠く離れていく森の姿を顧みる。
『叔父様…私はルア様が言っていたように危険な存在なんでしょうか?』
「どうなるかはキミ次第だよ。ルア様も言っていただろう?」
『そう…ですね。』
視界から離れていく森の姿は、どことなく以前よりも静けさを増して、まるでその姿を隠すかのように地平線の彼方へと消えていった。
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与えられたのは新たな力だけか?、他者よりも少し自分を見つめる時間が必要なのかもしれない。
次回もお楽しみに!