143話 光の玉と黒い線
143話目投稿します。
静かなはずの夜の森は無数の破砕音に湧く。
あまりに大きな光は、か細くも小さな黒い光を生み出す。
夜の森に響き渡る破砕音。
二つの影が揺れるその間で音に合わせるようにいくつもの光の欠片が飛び散る。
一方の影を揺らしているのは月明りに照らされた私の体だ。
もう一方の影のヌシ、ルアが生み出す魔法陣を小さなナイフを投射することで砕き続ける攻防。
反応が遅れればルアの攻撃魔法がこちらに牙を剥く。
膨大な魔力を有するルアが次から次へと生み出す魔法陣。
一度に生み出す数に制限が無いルアに対して、私が一度にできる攻撃は3回。
いっそ無理やりにでも故郷の名工の手を借りて本数を増やせば良かったとも思わなくはないが、今更言ったところで現状が改善されるわけではない。
『…嫌な手加減だ。』
言葉通り、間違いなくルアは手加減している。
その気になれば私が対処しきれない程の数の魔法陣を出せるはず。
とはいえ、現状は何とか出来ているものの、このまま続けたところでジリ貧なのは事実。
どちらの魔力が尽きるか、なんて言ったものの、端から持久戦なんて割に合わない。
まだルアが手加減している内に勝つ程ではなくとも何とか今を乗り切る方法を探さなくてはいけない。
残念ながらこの魔法陣を砕いている投擲、それと同時に他の魔法の制御は難しい。
ただでさえ魔力の操作に関して得意な方ではないのだ。
意思の力で操作すると言い聞かされたものの、こんな状況でそれを試す事は憚られる。
そうして考えを巡らせているうちに、ふと気付く。
『私を追いつめて、追い込んで、万が一が起こったらどうする?』
ドスッ、と再び足に衝撃を受け、膝を付く。
『っ…』
考えすぎて手数が減った。
こちらが隙を見せれば容赦なく当ててくる。
先ほどよりも治癒の力が弱くなっている。
大樹から離れたからか、もしくは時間か。
こうなってしまうとなれば、このまま持久戦を挑むのも分が悪い。
『そういえばルア様、このナイフ、驚かないんですね?』
「魔力を使ってモノを操作するのはそれほど難しい事でもなかろう?」
少なくともこの戦い方の訓練に付き合ってくれた母は驚いていた。
ルアの言うように、魔力でモノを操作するのも彼女にとっては目にした事もあるのかもしれないが、母の驚き様からすればそうそう多いわけではないと思う。
事前に知っていた?
叔父に見せた事はない、話した事も。
もし私のナイフの事を事前に知っていたとすれば、情報の出所は…考えたくはないが…。
「さて、キミの力も、その武器も、一通り見れたし、そろそろ終りにしようか。」
そうして改めて杖を掲げる。今度は私に向けてではなく頭上に。
杖の先端どころか、頭上に浮かび上がる魔法陣の数々は最早数える事すら諦めたくなるほど無数。
手加減してたという見立ては間違ってはいなかったわけだが…
『はは…流石にこれは防げそうにないな。』
「次の私の攻撃が防げたならこの場は見逃してやってもいいぞ?、全てを諦めてずっとこの森で眠りについてもらう事にはなるがね。」
防げば命は助かる。
でも彼女の言い分からすれば、この集落から出る事は許されない。
カイルを元に戻す事もできなくなる。
『随分と…お優しいですね。』
魔法を防ぐ。
魔力で壁を作る。圧倒的な物量に耐えられるとは思えないし、浮かんでいる魔法陣の数から考えれば正面からというわけでもないだろう。
「正面からしか打たんよ。変に当てて致命傷にならなくても困るからな。」
心を読まれた。
いや、私の表情を読んだと言った方が正しいか。
逆に考えれば、それだけの威力を以てこちらを狙っているという事。
単純な力で考えればそれが一番効果が高いし、当然こちらも打つ手がなくなる。
ゆっくりと立ち上がる。
すでに魔法陣からは蓄積されていく魔力の塊が目視できるほどに大きく、強く、眩しく光っている。
「よもや一人の人間にここまでの魔力を使うとは思わなかった。それだけは誇るといい。」
肩が震える。
痛みへの恐怖か、命が尽きる悔しさか、冒険の半ばという無念か。
いずれとも違う。
『ふふ…私って本当に頭が悪い…いや、オカシイと言った方がいいのかも。』
「…いい顔だ。先ほどよりも余程。」
諦める事は簡単だ。そんな事はもう微塵も頭にはない。
もし成功しても、無傷では居られないだろう。痛いのは怖い。
悔しいとすればこの状況になってから思いつくような己の未熟さ。
無念も同様。今考えてる事、思いついた事はこちらも手加減できる余裕がない。
一本だけ指先に挟む。
「すまないね。」
謝罪の言葉と同時に、空に掲げられた杖が私に向かって振り下ろされる。
短く呟き、幾重の光が一つとなって、一直線にこちらへと飛んでくる。
光に向かって、一本のナイフを投げる。
巨大な光の球が私に触れる。
あぁ…思ってた以上に痛いかも…。
同時に、光の球を貫くは一筋の黒い線。
発射された魔法陣の先、杖を持つこの光の球を生み出した者。
その肩を貫き、手から杖が落ちる。
『ぐっ…』
「っ!!?」
あぁ…すっごい体が痛い。
でも痛みがあるって事は死んではいないってことだ。
体が浮かぶような感覚。
肌に誰かが触れているような感覚はない。
少し開いた視界に入るのは揺れる地面。
感覚は正しかったようで、魔力で浮かされた私の体はどこかへ運ばれているようだ。
「少し意識があるな?」
今は眠るといい。
朦朧とする意識で聞いた言葉からは先ほどのような殺気は感じられない。
「私が傷を負ったのも、いつぶりだろうかな?」
少し自虐的にも感じる笑い声が聞こえた。
『ごめんなさい。』
何とか開いた口から出た言葉は、果たして彼女に聞こえただろうか?
感想、要望、質問なんでも感謝します!
生き延びた命と、生き終える理由を知る。
次回もお楽しみに!