142話 生存
142話目投稿します。
知れば恐れる。
そんな力を持つ者を、受け入れる者は、居るはずもない。
『はぁ…はぁ…』
数日間の安息という怠惰な日々で訛り切った体を転がすように隠れる木陰。
隠れても意味はない。
あの人…現在のエルフの長として集落を束ねるルアフォン=ニールという存在は、人の気配を、居場所を突き止める事などそれこそ朝飯前、児戯にも等しい。
私だってそれくらいは解っている。
今こうしているのは隠れるというよりは、斜線を避けるための行動。
「いい勘だ。少なくともキミが見た私の魔法を考えての動きだね。」
そう遠くない場所から森に響く彼女の声。
耳というより心に語りかけているような、そんな感じだ。
「まぁ正解かどうかと聞かれれば、どうだろうね。」
ドスッ!
重みのある音と共に、太腿に何かを当てられた感覚。
『っ…』
声の聞こえる方向に警戒しつつ、ちらりと太腿を確認する。
小さく、黒い穴。
針で刺されたような痛みと共に、穴から血が吹き出す。
どこから?というよりも、そもそも斜線から身を逸らす事自体に意味がない事を思い知る。
『何というか…圧倒的過ぎるね、これ…』
幸いな事に、数日過ごしたこの森から与えられた癒しの力が止血してくれている。
とは言っても、痛みが消えるわけでもなく、彼女の魔法を受け続けたところでじわじわと命を削られ、いずれは…。
そうなる前の打開策を…
戦う、とでも言うのか?
ルアが語った事は解る。
自らの命、場所、家族や友、仲間や部下、それらを護るため、その脅威、可能性を消し去るために彼女は私に刃を向けているのだ。
あまりに明確すぎるその理由を説得で解決できる事だろうか?
別の解決方法があるなら、きっと彼女はその方法を実行に移すのではないか?
それほど長い時間を共にしたわけではないが、少なくとも短い時間で私が彼女に対して感じた人と成、性格はそうだと思う…思いたい。
その彼女が語るより牙を剥いている。
問答無用で打ち付けるその刃は、まさしく口ほどに語っているのだ。
「死にたくなければ戦え」と。
指の間に挟んだ3本のナイフ。
戦うとなれば単純な魔法などでは到底勝ち目はない。
今の私にとっての命綱とも言える力は、この指の間にある3本の小さな刃だけだ。
少なくともこのナイフを使った攻撃方法は、母との特訓でそれなりの成果を出している。
自分が使うより上手だ、と母が太鼓判を押した。
ルアとも競い合った事実があるのであれば、彼女にも通用する可能性はかなり高い。
今まで彼女が放った魔法からすれば飛んでくる方向はともかくいずれも直線的な物ばかりだった。
発射方向さえ解れば避けるのもそう難しくはないはずだ。
本人を取り押さえて、何とか無力化できれば…。
「少しはマシな顔になったようだ。」
森の中でも少し開けた場所。
悠然と佇むルアの様子は有り余る余裕と、それに見合った魔力をその身に携え、私の姿をその目、標的として捉える。
『これが、エルフ族が私に対しての結論、なんですよね?』
「ふふ…案外、エルフだけではないかもしれないぞ?」
まだ大々的に知られていないだけで、確かに私の中にある力は自分で考えても計り知れないところがある。
その危険度も同様に。
ルアの言うように、いつその力が暴走するかも分からないとなれば、この森だけじゃない、どこに居たって同じ…。
「キミ、もしかして自分が他者に受け入れられると思っているのかい?、自分でも良く分からない、危険な力を持っているキミが。」
普通に考えれば、近付きたくはない。
私だって逆の立場なら勿論そう思う。
冒険の旅はとても好奇心が湧いて、心が踊るような事の繰り返しだ。
でもそれは危険と相対する事とは別の話だ。
そして、それが解っているなら猶更、そこに近付きたいとは思わない。
『…私は…』
「そうやって誰からも避けられ、疎まれ続け、居場所もなくなった先に、キミに何が残る?」
一人だけの世界は…孤独だ。
「そうなる前に、ここで終りを迎える方が楽ではないか?」
杖を掲げ、私に向ける。
「マシになった、と思ったのは勘違いだったようだ。これで終り、かな?」
杖の先端に、小さな魔法陣が浮かび上がり、緑色の光が集まっていく。
狙いは恐らく私の頭。
足に開いた穴同様の一撃であれば、間違いなく私の額を貫いて、言葉通り一瞬で私の命は終りを迎えるだろう。
でも確かに彼女が言うように、こんな危ない力を持った私は死んでしまった方がいいのかもしれない。
「キミが居なくてもあの少年はいずれ時間が解決してくれるだろうさ。安心して終りを受け入れるといい。」
少年…カイル。
彼を救うために、自分で選んだ旅の継続。
翌々考えてみれば、カイルだって私と一緒に居なければあんな事にはならなかった。
できれば…もう一度…
自分の手で彼を元に戻して…
その温もりをこの腕でしっかりと確かめて…
一緒に歩いて行きたかった。
一緒に生きたかった。
「またお前と一緒に行ける場所が増えた。」
最後に笑いながら言った彼の言葉だ。
その顔も、言葉も、鮮明に思い出せる。
カイルと一緒に生きていく、何が…あっても…カイルと、一緒に…。
『駄目だ。』
殆ど無意識に、指に挟んだナイフを投げた。
ルアに、正確にはルアが掲げた杖、更にその先端に浮かび上がる魔法陣目掛けて。
投げた一本のナイフは、まさに目にも止まらぬ速さを以て、魔法陣を貫き、硝子が割れるような音と共に打ち砕いた。
「ほぅ…?、悪足掻きをするものだね?」
少しだけ、あいつを見習ってみよう。
そう。
いつも馬鹿にしてたけど、私もそれほど頭は良くない。
『色々考えるのはもういい。後でいい。』
続けて浮かび上がる魔法陣を、2本目のナイフを飛ばして打ち砕く。
「そう来なくてはね。これはどうかな?」
杖の先から今度は3つ、4つ、5つと、次々と魔法陣が浮かび上がる。
「残りの武器はいくつかな?」
遥か先に飛ばしたナイフ。
その感覚は、指先に残る。
魔力を以て引き戻し、残る一本だったナイフは再び三本に戻る。
「面白い。初めてみる戦い方だ。」
『全部、打ち砕く!、ルア様!私と貴女、どちらの魔力が尽きるか、いくらでも足掻くよ!』
浮かび上がる魔法陣の数だけ、硝子の割れる音が響き渡る。
消えていくその光が明滅し、薄暗い森の中に、僅かに揺れる二人の影をあらゆる方向へと伸ばした。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
生きていく意思、理由、そんなの難しく考える必要なんてない。
次回もお楽しみに!