140話 母なる大樹
140話目投稿します。
エルフの集落にて行われるのは安らぎの時間。
黒い右腕を静かに包むは大いなる力の源。
「ここに滞在する間はこの泉に通ってもらう。」
少し強い口調でエルフの長が私に言いつけた事。
集落のから更に森の奥深く、以前案内された遺跡とは別の場所。
『ここは…何というか落ち着きますね。』
以前の遺跡と同様に浅くはあるが綺麗な湖に囲まれた大樹。
森の外からでも見えそうな程に大きいと思うのだが、森の外からこの大樹が見えた記憶はない。
恐らくは結界のような物でその姿を隠しているのだろう。
「察しの通りここは結界で護られている。我らエルフ族の母とも言える大樹だよ。」
己の力不足が悔まれる、と呟いたルアの表情は本当に悔しそう。
私たち人間と比べ、不死に近い長寿のエルフのはずだが、彼女の表情はまるで、親に怒られた子供のようにも見える。
あぁ、本当に悔しいんだな…。
彼女が「母」と言った大樹の力を頼らざるを得ない。
それ程に私の腕に宿るモノは常軌を逸している事に他ならない。
『ご、ご迷惑をおかけしまして…』
あまり掘り返すともっと子供っぽい姿が見れるかも?と少し興味が湧くが、そこは我慢しておく。
こちらの気遣いは当然のごとく簡単に見破られ、その頬が紅い。
どれだけ長い歳月を生きていたとしても、どれだけその身が衰えようとも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
そして経過した時間。今日で5日目。
言いつけ通りに日々、この大樹の根本に赴く。
この数日間、私の体は想像以上に癒しの力を受け続けているのが解る。
大樹の根本で何をしているのか?
寄ってくる鳥を始めとする森の住民たち。
普通なら人が居れば逃げるなり襲うなりするようなものだが、何も起こらない。
小さな者も、大きな者、普段は狂暴な者も、ここでは大人しい。
ここはそういう場所なのだ。
更に不思議な事に、しっかりと、それこそ好きなだけ眠って起きている数日、睡眠時間は十分すぎる程に取っているはずなのに、ここに来て、水に濡れながらでも大樹のもたれていると、いつの間にか眠りに落ちている。
集落に戻って床に就けば、それはそれでまたしっかり眠りに落ちる。
ただ眠る。
この大樹が育む空気、優しい空気に包まれて、ただ眠る。
集落での日々の殆どを大樹の元で過ごしているため、この数日間、動物、獣以外の者とあまり触れ合ってない。
何分体を動かすのが大樹の元に行くだけで、体力もそれほど消費しない。
食生活もまた、それに合わせ、食べる量も減る。
これはこれでまたお腹周りにはいい結果だ。
『うん、絞められても苦しくない。多分!』
何とは言わない。言いたくない。
『叔父様はどうしてますか?』
一応、食事の時間はルアと共に過ごす事となっていて、そこでの会話は昔ばなしが殆ど。
聞けば、初めて父たちがここを訪れた後は、足しげく通っていたようで、中でも驚いたのは、ルアと母が己の魔力を競っていた話。
長寿の、しかも長けているエルフと渡り合う私の母は一体何者なのか?と我が母ながらまだ知らない事が多すぎる謎な母だ。まぁ父や叔父、叔母も同様ではあるが。
「あぁ、アイン殿ならまたオスタングにとって返したぞ。流石に馬を必要としていたが。」
私の「治療」と称した今の生活が落ち着く頃に迎えにくるそうだ。
『あー…まぁ、お忙しいでしょうし、ね。』
流石にただの付き添いで時間を潰す事は、あの人…何だかんだで仕事好きな叔父にとっては辛いだろう。
しっかりと足を用意して貰ったのであれば途中で行き倒れになる事もないだろう。
『んー…』
あの人は…いや、まぁ大丈夫だろう。
精々オスタングで悪巧みに勤しまないように祈る事にしよう。
「調子はどうだい?」
『あ…ルアさ、ま?』
また眠っていたようだ。
叔父の動向を聞いてから更に数日が経っていた。
今日は珍しく母の大樹の元に姿を見せたルア。
私に声を掛けた後、大樹に手を添えて目を閉じる。
私には分からない親子の会話のようなものだろうか?
エルフというモノは本当に自然と繋がっているんだな、とその光景が口ほどに物を言う。
「あぁ、すまないね。」
『お母さん…なんですね。本当に。』
小さく笑うその顔は、先日見せた子供っぽい様子よりは少しだけ大人びては居たものの、やはり歳相応と聞かれれば、若く見える。
「私だけではないさ。我らエルフにとっての母だ。」
古くからこの森を護り、命を育て、終を抱き、星に祈り、地に芽吹く。
天寿を全うした者は、この母なる大樹に抱かれるようにその身に終りを迎え、魔力に形を変えて命を大地へと還す。
それがエルフという種族だ。
『…』
そう聞かされて気付いた事。
今、私がこの大樹から分け与えられている癒しの力は、エルフ族の命が巡る力の一端。
人の身でこの恩恵を受ける事が、エルフの種族としての歴史や仕来りにとってどれほど異質な事か、説明されなくても解る。
「母なる大樹は全ての命を育むんだ。そこには種族や仕来りなんて些細な事さ。」
抱き寄せられた胸の中は、ここ数日間私の背中を支えてくれた母の大樹同様に温かい。
『あ、ありがとう…ございま、す…』
ありがたい事だ。
言葉にする事すら憚られるくらいの事だ。
でも解る。数日この大樹に触れていたからこそ解る。
ルアも、村の住民も、そしてこの大樹も、決してそんな感謝の言葉なんて望んでいない。
この場所、この集落、この種族に、この自然そのものにとっては当たり前過ぎて感謝なんて必要ないのだ。
「人はもう少し、自然というモノを理解した方がいい、とは思うがね。」
再びのルアの笑みは少々皮肉染みた言葉と共に零れた。
ここを訪れた日、ルアが私に触れた時と同様に、彼女の指先が私の右腕に触れる。
「ふむ…何か、感じるかい?」
『…言われてみれば…といっても言葉にするのが難しいのですが…』
何というか、例えるなら…岩に堰き止められていた川が真っすぐ綺麗に通るような…。
血液の流れが滑らかになるような…
『魔力の循環…とでも言えばいいのでしょうか?』
「やはりキミの感覚は素晴らしいモノだね。」
嬉しい。
褒めてくれる相手は何より、魔力の扱いに関しては恐らく世界で指に数える事ができる程の存在だ。
「あと…数日かな?」
『はい。ありがとうございます!。頑張りますね!』
褒められた事で高まる嬉しさに勢いを任せ口に出したものの…。
『あれ?、頑張るって…眠るのを頑張る?』
「ふ…ぷ、くくっ…」
真剣に悩み始めた私を余所に、ルアは肩を震わせて笑うのだった。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
時間をかけて育まれた円環は、また新たな息吹を運ぶ
次回もお楽しみに!