137話 出自
137話目投稿します。
人生の中であまり差し迫られた事もなく改めて突き付けられた常識に落ち込む。
「到着早々に大変なお仕事だったようだね。」
予想外の歓迎を受け、心身共に疲れた私に声を掛けたのは、エルフの集落より戻ってきた叔父だった。
『まったく…聞いてませんよ、ホント。』
理由は解らなくもないけれど、何も平民出の小娘を祀り上げる事もないだろうに、と部屋の中に居る人たちにジト目を剥ける。
室内には東領主グリオス=オストロード、同領執政官兼軍部参謀マリアン=オストル、北領主アイン=スタットロードの3名と、私を半ば無理やり…いやほぼ無理やり、強制的に着替えをさせたメイドが数名と、軍部でもそれなりに立場が上であろう将官が数名。
しかし…まぁ全員が笑顔を浮かべているなら…いいか。
何度も立たされても困るので、今後はこういった事が起こりうる…いや、やりかねない人たちとして認識しておくことにする。
叔父に至っては叔母も含めた連携で何度も嵌められたし、東領の出来事にしても火竜討伐の際に担ぎあげられた経験もあるわけで…
つまり…
『むぅ…』
いい加減はっきりと断ったり嫌がったりした方が良さそうな気がしなくもない。
「今回も当領でも十指に入る名工が作った物ですから、是非納めて頂ければ、と。」
背後に立っていたメイドが恭しく声を掛けてくる。
確かに強制的ではあるが、以前貰った防具より軽い印象があるし、強度もまた…どのように改善されたのかは私には分からないものの、触れた感じでの印象はそういった物だ。
名工が造り上げた東領でも最新と思われる装備を貰えるのは確かに嬉しくはあるが、それにしても対価としての身売り感が半端ない。
『まぁ、望んでやる事でもないけど、成り行きでも貰える物は貰っておかないとねー…』
「にしても、よく無事に戻ってきてくれた。ワシもフィル嬢に再会できたのはとても嬉しく思うぞ。」
部屋の窓からオスト山脈の方角を眺め、件の討伐戦を顧みる。
「少なくとも、あの討伐を経て我ら東軍の中にも「戦乙女」などと呼ぶ者までおる始末だ。ワシもその気持ちが解らなくもないのだがな。」
「いっそフィルさんを東領に招いて独自の隊を作ろうなんて話もありましたね。」
淡々というマリーではあるが、表情を見る限り、その一端を担っている本人に間違いはなさそうだ。
『えぇ?…流石にそれは…』
今は王都での生活が殆どだが、流石に故郷と王都以外での居を構えるつもりはない。
「残念だな。いっそのことこちらの将官と見合いを、とも考えておったのだが…」
持ち上げられ過ぎて、どこまで本気なのかが解らなくなってくる。
「グリオス様?、それは駄目です。」
マリーに窘められて肩を落とすグリオス。
「フィルさんにはもうお相手がいらっしゃるんですからね?」
と付け足し、部屋の入口に待機している将官を睨む。
グリオス同様に将官たちも肩を落としている。
本気か…?
というかマリーさん、そこは悪巧みしないんですね。
『お褒め頂けるのは嬉しく思いますが…お見合いというのはちょっと身に余りますよ。』
軍部にも平民出の者が居ないわけでもないだろうし、そこから功績を上げた者だっているだろう、それに比べれば私の功績なんて半分以上は成り行きと運。
努力と研鑽を重ねてきた人たちと釣り合うとは思えない。
「ふむ…とは言うがな。会談の後にも少し耳にした事があったのだが。」
グリオスの口から聞かされた事は、それなりに有名だが珍しく、またこの国だからこその事実。
「この国の地方領主、そこの北のを除けば出自は皆平民なのだぞ?」
『えっ?』
これに関しては叔父が頭を抱えている。
「そういえば、その手の話をしたことは無かったか…今更ながら道理で我が姪ながらどうにも遠慮が過ぎたわけだ…」
割りと一般的な認識とされている事らしく、驚きはしたものの、それよりも珍しい叔父の様子が新鮮だ。
「ワシや西のパルティア、南のセルストは、平民出であるがそれなりに長くそれぞれの地方を併合させた功績から王に認められ、「ロード」の名を受けたのだ。」
一つ溜息をつくグリオス。その理由。
「まぁセルストのヤツは名付けを断っておるのだがな。この平和な国はヤツにとって不満が無いと言いきれんようだ。」
領主の出自については知らなかったが、確か南領は私が生まれる少し前まで紛争が絶えない地域というのも聞いた事がある。
他の3領と違って、南部の土地はとてつもなく広い。
領地だけで言うなら、他の3領を全て合わせても南領の方が広く、それはつまりそこに暮らす者も多く、伴い争い事もそう簡単に絶える物でもないらしい。
「国としては属しておるものの、王からしてもあやつは油断ならんというのも事実だな。」
「グリオス様、あまり大きな声で話すと聞き耳を立てられますよ?」
領主を窘めるマリーの目はすこぶる真面目で鋭い。
グリオスの言葉も強ち冗談でもなさそうだ。
南方領主セルスト=ヴィルゲイム。
領主会談の社交場で少しその姿を遠目で見たが、褐色の肌と冷たく鋭い視線が印象的だったのは覚えている。
「ヴィルゲイム卿にとっては、我ら3領主より、単純に力が強い者の方が好まれているのも事実だね…例えば…そうだね、フィル。キミのよく知っている人とか、ね。」
『ん?』
言われても思い当たる節が…あ。ある。
『あ、あははは…あまり深くは聞かない事にします。』
南方領主は油断ならない。その事実は覚えておいた方がいい気がする。
「まぁ、それもあってな。東、西、北と違って、南方領に入るのはワシら領主でも中々面倒な話なのだ。だが…」
『力ある者なら…』
グリオスの頷きで、私の一言が的を得ている事が解る。
逆に言えば、もし私が南方領主の御眼鏡に叶ったとしても、叔父やグリオスの手助けを得るのは難しいという事にもなるわけだ。
出来れば南領に赴く用事がでない事を祈るしかない。
神妙な顔で押し黙っている叔父の顔がとんでもなく不安を招く。
「さて、ともあれ今日のところはここでゆっくりと体を休めるとよいぞ?」
手を上げたグリオスに反応して将官とメイドが私と叔父を別室に促す。
『ふぅ…何だかんだで疲れた。』
それにしても、まぁ…勉強不足というのはあるものの…幼い頃に通った学校でも確かに歴史ってそんなに得意じゃなかったんだよなぁ、と溜息を付く。
歴史と言えば、身近なところだと、研究所のロニーが詳しいだろうか?
いやむしろ、割りと一般常識レベルの話かもしれない…
『あれ?私って割りと…いや、結構頭悪い?…』
用意された部屋のベッドに頭を突っ込んで盛大に落ち込むのだった。
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やるべき事はまだ答えが見えない。一つ一つ重ねて束ねると一つの大きな道に繋がるのだ。
次回もお楽しみに!