131話 鍛冶屋の勢い
131話目投稿します。
遺跡を構成する石について、鍛冶屋を訪ねる。
閃いた男の勢いはそう簡単には止まらない。
町の中央広場から見える煙突。
今日もいつも通り、早朝から上がる黒煙がこの建物を拠とする者の真面目さが伺える。
『おはようございます。』
ギシりと音を立てて開いた扉。
踏み入れた建物の中は、まだ肌寒い早朝の空気から一転して暖かい。というより暑い。
独特の匂いが鼻に付きまとうものの、焦げたような匂いは嫌いじゃないようだ。
というより、幼馴染に付き合わされて訪れていたこの場所も私たちの遊び場の一つでもあったため、今更気になる程でもない、といった方が正しいだろうか?
「あぁ、ジョンのとこのお嬢ちゃんか。」
ここに顔を出すのは久しぶりだな、なんて言葉を付け足しながら、店舗奥の工房から顔を出した男、鍛冶師【ガルド】である。
屈強な体格、強面な顔ではあるが、それほど大きくない身長のおかげで、近寄り難い雰囲気より、気さくなおじさんといった印象。
確かに幼い頃は嫌々ながらもカイルに引っ張られて通って居た覚えもあるが、言われてみれば成程、ここに訪れるのはせいぜい母から頼まれて包丁を研いでもらうとか、父の代わりに斧の手入れをしてもらうとか、そういった御遣い程度の頻度だった気がする。
「んで、今日はどうした?。今更家財手入れというわけでもなかろう?」
早速訪れた目的を工房のヌシに話すと、驚いたような表情が返ってきた。
その理由を説明するという事で、一緒に奥の工房へと促される。
『あっつ…』
石造りの壁、扉はないものの、店舗としての前室から区切られた先、熱気が漂う工房。
物ともせずにヌシは作業台に歩み寄る。
「これを見ておくれ。」
気軽に手招きするけれど、普通の人にこの熱気は少々堪えるぞ…ガルドさん。
『っと…どれどれ…』
ひりつく顔に触れる熱気を腕で防ぎ、ガルドの指し示すモノを確認する。
『これって…』
「そう。嬢ちゃんが詳しく知りたかったソレを使ってるのさ。」
石のナイフが3本ほど作業台の上に置かれている。
『えっと…ひとまず向こうで見せてもらっていいですかね?…』
もうすでに私の体は汗びっしょり。
水気を吸った服は湿って重くなるどころか、吸った傍から乾いていくほどだ。
このままでは脱水症状で倒れかねない。
「はっはっは、すまんすまん。」
前室に戻ったところでガルドが笑う。
普段からここで作業している本人からすれば、あの程度の熱気は大したものではないらしく、ついつい忘れてしまうようだ。
『あやうく旅が終わるところでしたよ…』
この前室も外に比べれば暑いものの、工房内よりは全然マシだ。
改めてテーブルに並べられた石のナイフを見せてもらう。
「やっとこさ3本目ってとこだな。」
『というと?』
ちょっと待ってろ、とガルドはもう一度工房へ向かい、すぐに戻る。
その手にはいくつかの金属片のような物を抱えている。
「鉄を研ぐより大変なんだ。ほら。」
並べられたのは金属片ではなく砥石。
でも、どれも見るからにボロボロだ。その数は優に10個を越えている。
『はぁー…こりゃ凄い…』
「ったく、気まぐれにやるもんじゃねぇなぁこりゃ。」
造りはしたものの、明らかな後悔が見て取れる。
商品としての価値がないとぼやくその姿に哀愁を感じる。
『あ、あははは…』
少しのやり取りの中で解った事。
あの洞窟からカイルの石像を運び出すのはとてつもない労力が必要になる。
尚且つ作業に当たる者もそれなりの腕がないと駄目だ。
『運び出すのはちょっと難しい、かな…』
となると、もうこれに関しては諦めた方がいい。
『おじさん、ちょっと思ったんだけど、コレを砥石代わりに使うのって駄目なの?』
私の提案に、ガルドは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「嬢ちゃん…おまえ、なんつー…」
ぐぐっと握られた拳に、わずかに気圧され後ずさる。
「なんつー発想だ!…そうと決まればー…」
再び工房の奥に向かったと思えば、すぐに戻ってくる。
上着を羽織り、手にはハンマーとピッケル、背中には荷物を入れる革袋を背負う。
「よーし!行くぞ、嬢ちゃん!!」
『えっ?えっっ??』
腕を掴まれ、勢いよく鍛冶屋を飛び出すガルド。
引きずられるというか、引っ張られるというか…私の足が地につかない。
こうなると抵抗のしようがないので、諦めてガルドの目的地まで大人しく待つことにする。
というか、ガルドは結構な歳だったと思うのだが…。
熱くなることに歳は関係ない、ってところだろうか?
成すがままに引っ張られてしばらく。
辿り着いたその場所は、北部領館からほど近い庭園の一画。
『あ…ここって。』
私たちが王都へ向かった後に住民の手で発掘された遺跡と、それに合わせるように手入れがされ、今や町の住民の憩いの場として利用されている場所だ。
「さぁ!やるぞ!」
ピッケルを私に差し出すガルド。受け取ってしまったソレとガルドの顔を交互に見る。
『え?』
掘る…んですか?…今から?
『ちょ、ガルドおじさん!、怒られるって!!』
流石に綺麗に整備された庭園の一画を壊すような気概は持ち合わせていない。
「構わんさー、そもそもこれもワシが造ったんだからな。」
製作者に言われてしまっては、まぁ…。
『まぁ…いいか。』
言われるままにピッケルを打ち付けるものの、私の力で目的が果たせるわけもなく、ガルドの作業が終わるまで庭園のベンチに腰かけて待つこととなる。
待つことしばし。
「おやおや、これはとんだ荒くれ者ですね。」
ガルドを眺めていた私の背後からかかる声。
少々怒気を孕むその声の主は、初老の女性。
『あ…メアリお婆ちゃん…えーと…』
こちらに気付いていない様子のガルドと、明らかに怒っている様子のメアリ。
両者を交互に見る。
ごめんなさい、ガルドおじさん、これはもう私には助けようがない、です。
「フィルお嬢様、お久しぶりです。と言いたいところですが…」
私の横を通り抜け、遺跡にピッケルを打ち付けるガルドの背中に手を伸ばす。
「んが?、ってメアリの姉さん?!」
あー…そうか、年齢的にはそうなるのか…。
と冷静に考えつつも、心の中でガルドの無事を祈った。
直後、少し荒らされた庭園の中に、叫び声が響いた。
『あ、あははは…』
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石質の調査。成り行きで手に入った現物はこの先、どのような結果をもたらすのか?
次回もお楽しみに!