129話 帰郷に走る
129話目投稿します。
疲れていても、目に映る故郷の風景は、否が応でも足を跳ねさせる。
キュリオシティを抜け、広がる丘陵を抜けた先。
北部領の町ノザンリィと中央地域を挟むノーザン山脈、その山道、家を出てから何度この道を歩いたのだろうか?
まだ片手で数えられる程度の回数を笑う。
『ふふ…熟練の冒険者ってわけでもないや。』
そういえば、何の因果か故郷に戻る道を歩いたのは始めてではないだろうか?
『考えてみれば変な話だよね。』
山道に入る前に行った野営も我ながら手慣れたもので、そう言った意味では冒険者としてはそれなりに経験を得ているという事だろうか?
結果として始めてとなってしまったが、故郷へと続く山道を昇る足取りは軽い。
しばらくぶりとなる両親の顔も楽しみだし、町の風景やそこに住む人たちに会える事もまた一つ。
ただ一つだけ、私の心を重くさせる事。
カイルの父への報告だ。
方法は未だ解らなくても、彼を元に戻す事は必ずやり遂げる。
その気持ちに嘘はないが、いつか彼が無事に戻ってきたとしても、今、その事を秘密にしておくわけにはいかない。
『はぁ…』
そう考えると、自然と出てしまう溜息はどうしたものか。
とはいえ、そこに気を張って足取りが遅くなってしまっては元も子もない。
考えても仕方ない。
ある意味、カイルの言動がそれに近いと感じ、少しばかり気分を楽にさせる。
間もなく、この山道も中腹に至り、今日はその辺りで野営をする事になるだろう。
本当に「いつの間にか」と言っても可笑しくないが、肌寒さの中に僅かに感じる温かい空気は、冬の終わりと、春の訪れを浮彫に。
道の傍ら、雪の合間から覗かせる新緑と、雪解けで湿った地面の感触から、改めて冬の終わりが来ている事を感じさせる。
中腹での野営を経て、辿り着いた最後の丘。
ここを越えると、
『ふぅ…ついたね。』
眼下に見下ろすノザンリィの町、更にその奥にはノーザン山脈より一層小高い山々。
手前に見えるは、懐かしい丘。私のお気に入りの場所。
そして、
『家だ。』
気が重い事があるにしても、やはり足取りは早くなる。
体の疲れがあったとしても、少しでも早くと心が急いている。
『はぁっ、はぁっ…』
結局、私の体は急いた気持ちを止められず。
『…全力で走ったの…いつ以来だろ…』
山道をまさに転がるように駆け下り、町の入口まで一直線に止まらなかった私の足。
恐らく明日はろくに動かないのではなかろうか?
町の入口で息を切らしている私の姿を見た住民。
この顔を見るや否や、あっという間に大騒ぎ。
私の足より速く、町中に巡る帰郷の知らせ。
それは、当然、私の両親の耳にも届き、あれやこれよと住民との会話を楽しみながら歩く私の元にその姿を見せたのは、町の中央に辿り着いた時だった。
「フィル…フィル!!」
私の姿を捉えた母は、まさに全力とも言える程の勢いで私に抱きつく。
再び王都に向かう時、つまりはこちらの世界に戻った時も、痛いくらいに強く抱きしめられたのは記憶に新しいが、その時よりも一層強く感じる。
痛い。
「まったく貴女は、突然帰ってきて!」
怒るような言葉なのに笑っている。可笑しな光景だ。
「フィル。よく帰ってきた。」
『父さん、母さん。連絡もできないでゴメン。』
母の抱擁から解放された私は、ひょいっと父の肩に乗せられる。
『ちょ、父さん。子供じゃないんだから…』
「子供だろう?俺たちの。」
当たり前すぎて反論すら出来ない父の言葉に、私も母も、周囲の町の住民たちからも笑い声が上がる。
「フィル。戻ったんだな。」
にぎやかな広場の中、父の肩に乗せられた私に声がかかる。
『あ…ラルゴおじさん…』
声の主は【ラルゴ】、ノザンリィで猟師生活を営み、父の親友とも言える巨躯の男。
そして、カイルの父親だ。
「あいつは一緒じゃねぇのかい?」
当たり前のように出る問いかけに、即答できず、視線を外してしまう。
『今回は…一緒には戻れませんでした…』
「そうかい?前戻った時は大層仲良さそうだっただろうに、喧嘩でもしたのか。あいつは昔っからあんなだからなぁ。な?」
彼はカイルの現状を知らない。
彼だけじゃない。父や母、町の皆も、この町の代名詞といっても過言ではなかった元気が取柄の少年の今の姿を。
父の肩から飛び降り、ラルゴ、父、母に向かって伝える。
『おじさん、父さん、母さん…後で大事な話があるの。』
僅かにきょとんとした表情で、3人は互いの顔を見合わせる。
けれど、私の表情を見て「大事な話」の重さを察してくれたようで、改めて頷く。
「今は、町の皆にしっかり挨拶してくるといいさ。」
「あぁ、今日の狩りも上々だったからな。後でイイヤツ持っていくさ。」
「あら、それは楽しみね。今晩はご馳走にしましょう!」
こうして、今日の夕食の予定が立てられた。
両親も、カイルの父も、察しがいいのか、それとも楽観的なだけか、良く分からないがとりあえず父がいうように、帰郷を喜んでくれる住民の輪に戻る。
広場からほど近い位置に構えている煙突を備えた建物。
この日もその煙突からは黒煙が上がり、建物の主がそこで日々の仕事にあたっているのが解る。
今回、帰郷した目的。
それが、ノザンリィの鍛冶職人【ガルド】と会って話を聞く事。
カイルからの話だと、オスタングの鍛冶師と競うほどの腕を持っているという。
彼から聞いた話が、解決策の糸口になればいいなと、そう思いながら故郷の町並みを歩く。
『明日、ガルドさんに会いに行こう。』
急ぎたいのは山々ではあるし、とても重要だ。
けれども、今は夕食の場で、両親と幼馴染の父に語る言葉を整理しなくては。
気が進まない、なんて言ってられない。
悲しい事に、容易に重い話を伝えれるほど、私の心は成長していないのだ。
お気に入りの丘へ足を伸ばしてみても、気分は晴れない。
『…しんどいなぁ…カイルの、馬鹿。』
幼馴染に悪態をつくが、返事をする姿はここには居ないのだ。
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幼馴染の現状を伝えた少女。
あまりに辛いその気持ちに、親が語る言葉は?
次回もお楽しみに!