128話 頂の世間話
128話目投稿します。
旅の準備の最中、突然の来訪者が語る不思議な世間話。
安堵と困惑が目まぐるしくその内を巡る。
更に数日の時を過ごし、時にオーレンと一緒に軽めに剣を振り、折を見て技術院に足を運び、新たな文献を求めて学術研究所にも訪れた。
パーシィやリアンとの再会は叶ったものの、旅立ちの日までロニーの顔を見る事はなかった。
私が思っていたよりも責任を感じている様子の彼女とは少しだけでも話が出来ればと思っていたのだが…。
一人の帰郷となってしまった明日からの旅。
自室で最後の準備を行っている最中、入口の扉が叩かれた。
『はい。どうぞ?』
手作業の合間の空返事で私の部屋に現れたその人はゆっくりと室内へ足を踏み入れた。
「また旅立つと聞いたよ。フィル。」
来訪者の声があまりに予想外すぎて、一瞬だが作業が止まる。
『…あまり驚かせないで欲しいんですけど?…ラグリア。』
肩をすくめ、設えられている椅子に腰をかける若い国王。
「今更ながら、自由に出歩いても儘ならん事は窮屈だな。」
『本当、今更ですよ、それ。』
まだ開いたままの扉の傍で、屋敷のメイドがおろおろしている。
そりゃ一国の王が貴族でもない平民の少女のところへ、前もっての連絡もなしに現れたのだから、慌てもする。
ひとまず彼女を落ち着かせて、お茶を用意してもらうように伝え扉を閉める。
あまりにも予想外な訪問は、下手したら国中に変な噂が立ちかねない事を本人は解っているのだろうか?、とても不安になるし、ただでさえ今の状況に於いて面倒事が増えるのは御免被りたいところだ。
知ってか知らずか、当の本人は、私を眺めて楽しんでいる素振りさえ見える。
中々にして子憎たらしい。
『はぁ…あまり暇ではないんですが…』
荷物整理が一段落したところで、一つ溜息を漏らし、王様相手の茶会が始まる。
油断ならない相手である事に間違いはないのだけれど、やはり会話は上手い。
愚痴、世間話、各地の情勢、昨日の王宮の食事内容から、地方の珍味までありとあらゆる内容で、その内にある情報量は流石としか言いようがない。
「して、キミの騎士の事だが…」
切り出した話題。
恐らくはこれこそが突然の訪問の理由だ。
変に隠し事をするよりは、ありのままのこちらの情報を渡した上で手に入る情報の方が重要だ。
「遺跡と同質の石像…しかし死んでいるわけではない。成程な。」
『生死に関しては、私たちにも解りません。ある者の主従の絆が途絶えてないという理由だけを頼りに私たちは解決策を探しているんです。』
頷き、こちらの話を聞きつつ、思慮をより深く、そんな様子。
不思議な感覚だ。
何故かこの人の前では、余計に口が動く。
本人はただ、視線で続く言葉を促す素振りはあるものの、実際に求めるような言動がないにも関わらず。
一重にこれが国を治める者の力とでも言うのか?
『まずは遺跡がどういった物なのか…私と叔父はそれを調べるために数日間、色んな文献を調べました。』
「それで何故帰郷なのだ?」
『その石を扱った者が、ノザンリィに居るんです。』
「ほう?」
しまった…と感じた。
いや…何だろう、一瞬、ラグリアの視線を見て、背筋に冷たいモノを感じた。
「優秀な鍛冶師ならば王宮でその腕を振るってもらうのも良いかもしれないな。」
打って変わって笑顔で語るその表情からは、先ほど感じた感覚はない。
「それにしても、その腕はどうするんだ?」
どこからか聞いたのだろう、私の腕に残ってしまった黒い影。
『これは…これもまだ何とも。』
「己の身より、騎士が心配、か。」
『……』
この腕は確かに普通ではない。
でも人の命に比べれば、大した事じゃない。
『えぇ。私の腕より、彼が無事である事の方がよほど大事ですよ。』
「そうか。」
思っていたより国王の表情は豊かだ。
しかし、今の彼は公務でここにいるわけではない。
恐らくは彼が望んでいる「友人」としての私に会いに来ている。
だからこその表情。
そうであると思いたいが、その表情はあまりにも…怖い。
その後は再び些末な世間話に話題が戻ったものの、何となく腑に落ちない気持ちは何だろうか?
だが、やはり何気ない会話は楽しく感じ、そして楽しい時間というものは過ぎるのも早い。
気付けば陽は傾き、つい先ほどまで青空だったと思っていた窓の景色は、橙へと変わっていた。
それはラグリア本人も同様だったようで、楽しい時間だった、と腰を上げたのだった。
「今回の一見…今更だが、悪かったと思っている。」
元はと言えば、ラグリアからの依頼で西方の調査に出向いた事が今の状況を生んだ原因なのは事実。
帰り際、部屋の入口に差し掛かったところでラグリアが述べた謝罪。
残念ながらその表情は見えなかったが、言葉は重く、誠実さを感じる。
『…船旅、楽しかった。カイルや他の皆だってきっと。』
そして、私の目に映るラグリアの背中は、少し悲しそうで。
ついつい、その背中に手が伸びた。
『ラグリア。貴方のせいじゃない。』
私の言葉にハッとした様子の彼が、背に置かれた私の腕を掴んだ。
そして、そのまま私の体を抱きしめた。
「すまない。」
一瞬戸惑いはしたものの、今はその言葉と、抱擁を受け入れる。
ところどころ不思議な雰囲気やその言動に困惑する事はあっても、彼もまた人なのだ、と。
そう思った。
「有態な言葉しか言えなくてすまないが、今度の旅も気を付けてな。」
『えぇ。またお話しましょう…できれば今度は事前にお知らせ頂けたら良いですが。』
と僅かに嫌味を付け足して返した。
馬車は揺れる。
叔父の厚意で、キュリオシティまでは馬車で向かう事となり、その後は一人旅、一人での帰郷となる。
馬車に同行した叔父は、少し迂回する形にはなるものの、東領に向かうそうだ。
「ルアに伝書を出したら、たまには顔を見せろ、と言われたのでね。」
という事らしいが、それも今更という感じはあるものの、確かに以前一緒に東領での一見が終わった後の事を私は知らない。
返事の内容からすれば、あの時は顔を出す余裕も無かったのだろう。
心の中でルアに謝罪をしておく。
数日後には故郷の風景が見られるだろう。
そして、そこからまた私は旅に出るのだろう。
画して、自らが望んで踏み出した旅が始まった。
この先に何があっても、やり遂げて見せる。そう思える旅だ。
『待ってて。』
揺れる馬車の景色を眺めながら、静かに呟いた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
一人旅再び。その足取りは帰郷であれど、少し寂しい。
次回もお楽しみに!