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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第六章 虚空に佇む
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126話 希望の道標

126話目投稿します。


大切な人を取り戻すために歩みだす一歩。その道標を探して

その日の夜半過ぎ、留まっていた思考が動き始めた事で冴えてしまった感覚のおかげで眠れずにいた。

日中は外出していた叔父。

戻ったら早急に話がしたい事を使用人に伝え置き、どれだけ遅くても構わない事も同様に。

そうして部屋の扉がノックされたのが、今の時間。

扉越しに叔父の帰宅を伝えてくれた使用人に感謝し、そそくさと身支度を整える。


叔父は叔父で、何某かの執務に当たっていたとは思うが、それでも寝室に向かう事なく執務室に入ったという。

数日間の呆けていた空き時間のおかげで、会う事に少し緊張してしまう。

執務室の扉の前で、大きく深呼吸を一つ。

そして扉を叩く。

「フィルかな?、話は聞いているよ。」

ゆっくりと扉を開き、室内へと体を滑り込ませる。

執務机を挟んだ向こうの叔父。

ランプで照らされる夜闇の中、はっきりとは見えないものの疲れた顔をしているように見える。


『叔父様…』

「とりあえず、元気に話せるようになって良かった。」

机上に散らばる書類は乱雑でありながらも、真新しいように見える。

恐らくは今叔父が携わっている仕事に関わる内容なのだろう。

『ごめんなさい。いつも心配ばかりで…』

「いや、今回は私も迂闊だったと思っているんだ…まさかこんな結果を招くとは、ね…」

結果…彼がどうなってしまったのか?今の彼はどんな状況なのか、叔母からも少しは聞いたものの、より詳しく知る事が今必要な事だ。

『教えてください。彼に起こった事、彼が今どこにいるのか…どうなってしまったのかを!』

一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔。

「…」

『どう、かしましたか?叔父様?』

「あ、あぁ済まない。いやなに…以前のキミとどこか雰囲気が違っているように感じたものでね。驚いてしまったよ。」

叔父の言うように、何か私の中で変わったのだとしたら、それは彼のおかげだ。

今の状況になる前に、私に叔父が感じたような変化があれば、「結果」というのも何か変わっていただろうか?

「さて、彼…カイル君の状況…状態というべきか。」


叔父が語ってくれた内容。

比喩でも見間違いでもなく、あの海底洞窟で何が起こったのかは不明だが、彼は、彼の体は石になってしまった。

その身について現状として解っているのは、今彼の体を構成している物質は、海底洞窟の壁面、および祭壇と同様の材質であるという事。

そして、石という材質に注目してみると、不思議な事に通常の石工が取る手段を取っても、あの石の切断どころか削る事も困難であるという事。

「そういえば、キミが持っていた石の剣。今はカイル君と一緒に固まってしまっているのだが。あれは?」

『あれは…家を出る時に父から贈られたものです。』

その答えは、まず最初に向かうべき場所への道しるべとなる。

『詳しくは聞いてなかったのですが、あれはノザンリィから発掘された物の一部、だったと言っていた気がします。』

「成程…確かにあそこの鍛冶師なら…」

カイルから以前聞いた話だ。

オスタング一と言われる鍛冶師と、双璧を成すほどの鍛冶職人。

それがカイルの剣を打ったという話。

図らずも彼の持つ剣は、この国で一二を争う腕によって高められていたのだ。

とりあえず今はその話はおいておくとして。

『まずはノザンリィですね。』

「誰かを遣わせるかい?」

『いえ、これは私の旅です。』

「…そうか。ならは私はキミの旅に出来るだけの手助けをさせてもらう事にしよう。」

ふふっ、と笑い「本当に変わったね」と付け加えた。




「先ほども言ったが、あの材質は簡単にどうこうできるものではない。故に彼の体は依然あの海底洞窟に立ち尽くしたままだ。」

船ごと渦に呑まれた先に辿り着いたあの海底洞窟。

そういえばどうやって船が戻ってこれたのかも私は知らない…恐らく視界に入っていたのだろうが、カイルの姿を見て叫んだ後の記憶はあまりにも不明瞭で思い出せない。

『あの海底洞窟は、今はどうなっているのですか?』

「ふむ…それについては分からない事が殆どなんだけどね。」

自然現象と括ってしまうには不可思議極まる事が起こった、という。

船の乗組員であった者たち、といっても私は言葉を無くしていたため、私とカイル以外の仲間からの報告という事だ。

どういった理由かは分からないが、決して腕力に自信があるわけでもないロニーが、何とか私を船の傍まで肩を担いで辿り着いた後、彼らは洞窟に起こった不思議な現象をまざまざと目にする事となったらしい。

現象、それは船が浮かんでいた海水が徐々に退いて行ったという事。

パーシィの話では、この船が陸も走れる事がいち早く帰還できたことの理由であるという事だ。

彼らを一層驚かせたのは、海底洞窟を出て見た光景だった。

すっかり潮が引いた洞窟の出口で見たのは、規模は小さくなったものの、眼下に見下ろす「アヴェストの渦」と思しき自然現象と、隆起して現れた陸地。

照らし合わせてみると、同時刻に渦からほど近い地域に住む者たちは大きな揺れを感じていたという話だ。

『つまり、今あの洞窟は船が無くても?』

「そう。もはやあの洞窟は「海底洞窟」とは呼べなくなっているね。だが…」

不可思議な現象のおかげで、内部の調査を行う敷居が下がったという利点が挙げられた。

彼に関しての調査がすんなり行える事、そして監視、警護、保護、保存が容易になったことも不幸中の幸いだと言える。


海水が引いた基点は恐らく、結界が消えた事…つまりは私が遺跡に触れた事が原因だ。


「ともかく、彼の体とも言える石像。私と西方領主が責任をもって現状維持に当たるつもりだ。安心してほしい。」

『…ありがとう、ございます。』

とりあえず、カイルの意識が戻すため、戻るべき体の安全は保たれる事に安堵する。

「もう一つ。フィル。キミにとってこれは朗報と言える話だ。か細くはあるが、ね。」

今はどんな事でも前向きな話なら、私の足を強く踏み出すための追い風だ。

『何ですか?』

少々前のめりになってしまうのも我ながら仕方ない。


「シロ様がいうにはね「彼との絆は消滅していない」という事だそうだよ。」


叔父の口から発せられた言葉を頭の中で反芻する。

「絆が消滅していない」

つまりは…


『生きて…る…』


頷く叔父の顔が唐突に歪む。

目頭が熱い、喉から鼻孔にかけて体の中の水が上がってくるような感覚。

一筋の涙が頬を伝い、呼吸が苦しくなる。


『ぅ…っく…っふぐっ…ぇぐ…』


嗚咽を漏らし、その場に膝から落ちる私に駆け寄る叔父。

呼び出しだ使用人が来るまでの間、その腕に包まれ、叔父の着ている服も気にせず、胸板に顔を埋め、今にも叫びだしそうな声を殺した。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


はじめに訪れるべき場所。

彼と交わした約束が果たされるには時間が足りない。


次回もお楽しみに!

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