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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第六章 虚空に佇む
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125話 灰世界

125話目投稿します。


まるで人形のようになすがまま、されるがまま、意思も持たず。

音も色も失った。そんな世界に何かの意味があるのか?

目に映る風景が変わっていく。

誰かに抱えられる感触。

視界に映る光景は、目まぐるしく入れ替わり、瞬きすら忘れ、私はただ眺めているだけだ。


時折見回す辺りの景色。

船室のベッド…

ヴェスタリスの宿屋…

王都、スタットロード家本宅…


抱えられ、乗せられ、運ばれ、そして沢山の人に話しかけられた気がする。

言葉は覚えていない。

聞こえない。


陽が昇り、落ちる。

それをただ眺めている。

何度も…何度も…


やがて、陽の光は色を失い。私の世界は灰色に染まる。

色の無い世界で、白い左手と、黒い右腕だけが、その違いをより明確に映し、

それがまた、自分の腕でありながら滑稽に見え、乾いた嘲笑を頬に浮かべた。


白と黒、交わる灰色の世界。

私の目に映るその世界に、やけに目まぐるしく動き回る白い影。

『目ざわりだな…』

黒い影と対峙する事は多々あったけれど、白い影というのもまた珍しい。

『消えればいいのに…』


「ふふ…本当に消したいのは何?」


ドクリ、と胸の真ん中が脈打つ。


『消したいモノ…』


うん。もう全部消えてもいいや。

一番近くで、いつも私の傍に居て、当たり前のように寄り添って、笑い合って、一緒に歩いてきた。

あの人が居なくなってしまった世界なんて、もういいよ。


呼んでも返事はない。

触れても温もりがない。

その腕は…私を抱きしめてくれることはない…。


それならいっそ…


護ってもらってばかりで、いつもいつも不安にさせて、どれだけあの人が悔しい気持ちを抱いていたのか?


それならいっそ…


いつだって一生懸命で、いつだって我武者羅で、無茶で、無謀で、それでもいつも笑っていたあの人は…


それ…なら…


いっそ私が消えてしまえばいい。

彼を悩ませる全てがなくなればいい。


「彼が護りたかったモノを消してしまうの?」


護る…私…私を護る…カイルが…


「彼はずっと傍にいるよ?」

一緒に旅してきた。


「彼はずっと貴女を探してたよ?」

異世界に居た間もずっと。


「彼は今も貴女を待っているよ?」

意識が揺蕩うあの空間で。




視界が揺れる。

白い影の発する言葉が胸につかえる。

堰き止められていた想いが溢れ、瞬きを誘い、涙が零れた。


『そう、だね…イヴ…ごめん。』

気付けば目の前にイヴの顔。

白い影の正体はイヴが私を心配して励ましてくれていたソレだ。


「お姉ちゃん、元気になった!」

ベッドの上で飛び跳ねるイヴ。

何度目かのジャンプで体勢を崩してベッドに倒れこむその体を支える。

私の腕を見つめるその目が、まっすぐに覗き込み、問いかける。

「痛くない?大丈夫?」

私の右腕を摩りながら言う少女。優しい言葉。

『大丈夫。ありがとうね。』

ぐぅぅ、と見計らったかのように腹が悲鳴を上げる。

「あははは、おねえちゃん、おなかすいた?」

『ふふ、そうだね。何か用意してもらおうかな。』

「イヴも一緒に食べるー!」

そういって少女は勢いよく部屋から飛び出していった。


あれから何日経ったのか。

呆けていた私には自分の状況すら呑み込めていない。


『私は…あいつ以上の大馬鹿だ。』

やらなきゃいけないことが沢山ある。

手始めにまずはほぼ空っぽ状態のお腹に何かを詰め込む事。

ベッドから下した足が覚束ない。

本当に何日こうして過ごしていたのだろうか?

ついこの前、治療のため、と横になっていた時以上に体の衰えを感じる。

『はは…こりゃ参ったな…』

言葉に出した以上に、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。




立ち上がれず、歩けず困っていたところ、イヴからの連絡があっての事だろう、数人のメイド衆が私の部屋へとなだれ込んできた。

立ち上がろうとしている私を半ば強引にベッドへと戻し、寝たままでも食事がとれるように準備が進められる。

『あ、ありがとうございます。』

「旦那様、奥様にも急ぎ遣いを出しました。今はゆっくり、ゆっくりと栄養をお取りくださいませ。」

久しぶりに見たメイド長。

ドレス着付けの時、お腹を絞られたのはまだ遠い記憶とは言い難い。

そうだ。

まだまだ私たちの冒険なんて、ほんの短い時間でしかない。

『ここで終わりになんてしてやるものか…必ず…あの温もりを取り戻すんだ!』

心の中で強く叫び、今はただ、ゆっくりと食事を口に含む。




食後のお茶を飲みながらメイド衆との世間話。

私の周りで起こった事、今なお続いている事、色々と情報を集めるとしても体の自由を取り戻さなくてはならない、というのが正直なところだ。

「フィル!…」

呼吸を荒げ、寝室の扉から私の名を呼んだのはレオネシア。

その後ろに控えているのは…サクヤだ。

『叔母様…ごめいわ、』

謝罪の言葉を述べるよりも早く、叔母が抱きついてくる。

「心配したのよ?!、貴女、あれから何を言っても、触れても返事もなくて!」

『ごめんなさい…』

無理もない、と続けるレオネシア。

メイド長から落ち着くように窘められた叔母は、一度コホン、と咳払いをして、ベッドの脇に用意された椅子に腰を下ろす。

『叔母様…私、何も見えてなくて、ここ数日の記憶が曖昧なんです。』

頷き、

「でしょうね。では私が見聞きした限りの話をしましょう。」

レオネシアは心配の表情から、わずかに悲しみを含ませた顔を見せ返事をした。

『教えてください。私と…カイルに起こった事を…』




私が望む旅の目的。

それが初めて明確な形で示された。

一歩を踏み出すための情報が必要だ。

大切な人とまた歩みだす為に、今一人で踏み出すその先に、何が待っているのかまだ分からない。


道を切り開くために打ち込んだ楔は、決してその亀裂を戻す事はない。

ただ今は、その一打を叩きつける。

感想、要望、質問なんでも感謝します!


頼まれた旅から、望む旅へ。

必要な情報はまだまだ足りるには程遠い。


次回もお楽しみに!

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