122話 仄暗い海の底で
122話目投稿します。
海流に揉まれ、抗いの先に待つ一つの異界
勢いが弱まっていると言っても、あくまでこの時期に観測された範囲での話。
決して渦そのものがそこを訪れる船舶に対して牙を向いていない訳では無い。
「ホントに弱まってるの?これ!」
すでに渦が巻き込む海流に乗っている船の行く末は、最早パーシィの腕に賭けるしかない。
安全を考慮して全員が船内に避難し、私は手狭な操舵室でパーシィと肩を合わせ、室内から見える範囲の外の光景に目を凝らす。
僅かに開けたままの足元の扉から、この船の荒事担当とも言えるガラティアとカイルが心配そうに待機しているのが視界の隅で分かる。
「弱まってるって言っても普段よりって事だ!驚異そのものがないわけじゃないんだ!」
「だ、大丈夫か?パーシィ!」
その力を発揮する事が出来ず階下の2人、その焦りはパーシィのソレと大差ない。
一気に流されないように推力を出す船。
その舵を取るパーシィも、己の魔力を全力で放出している事は明白。
「きっついなぁ!!」
言葉にも余裕は無さそうだ。
このままではその中心に辿り着く前に船が止まってしまう。
なら…
『パーシィ、今は船の向きだけに集中して、海流と逆方向に!』
「解った。皆!揺れが強くなるから何かに掴まって!」
伝声管から響く彼女の声と、操舵室で耳に入る声が重なる。
言葉通り、大きく揺れ始めた船と共に、窓から見える光景が目まぐるしく動く。
大きな揺れに船だけでなく、体…頭を揺さぶられ、次第に目も回り始める。
窓の外、すでに渦が生み出す海流の輪、反対側も目前。
『パーシィ…呑まれる直前だけでいい。全力で前に!』
「っく…わかっ、た!」
船首側、舳先は最早渦の海流に触れ、一本の木材であるはずのソレは奇妙に見えるくらい曲がっている。
『パーシィ!』
「行くよ!」
一瞬の全開推力による慣性で体が大きく揺さぶられ、窓の景色は水の中に沈む。
『わわっ!』
ガターン、と音を立て、私の体が操舵室の床戸から転げ落ちる。
「ぐえっ!」
階下に待機していたカイルの腹目掛けて落下。
「パーシィ、キミもこちらに。」
舵にしがみついて揺れに耐える操舵士にガラティアが声を掛ける。
「でも…」
「大丈夫だ。この浮遊感、海の中とはいえこの分だと舵はほぼ効かない。」
急ぎ操舵室から避難し、念入りに扉を閉める。
「こうなったら、後は成り行きに任せるしかないさ。」
階下でしっかりとパーシィの体を受け止めたガラティア。「よく頑張ったな。」と労いの言葉を付け足した。
しかし「まだ油断できないけど…」とパーシィは小さく笑いながら少しだけ安堵の息を漏らすのだった。
気丈にしてはいるが、額の汗は彼女の消耗を濃く浮き立たせる。
『ガラ、そのまま厨房に連れてってあげて?。リアンさんに何かに用意してもらおう。』
ゆっくり出来る時間は多くはないが、少しでも疲労を緩和出来るなら今のうちだ。
「よしきた!」
素早い行動で助かる。
「おーい、そろそろ降りてくれ。」
大人しく一連のやり取りを私を腹に乗せたまま見守っていたカイルが呻き混じりに発した。
『っと、ゴメン。ありがと』
スッと腰を上げ、次いで身を起こした彼に手を差し伸べる。
「ふぅ…頭とか打ってないか?」
普段なら悪態でも付きそうな所ではあるが、その辺りはしっかりしている。
『大丈夫。カイルは…コブできてない?』
「ん。まぁ大丈夫だ。」
己の頭を擦り、少し顔を顰めたものの、問題なさそうなのでこちらも安心。
改めて操舵室への梯子に足をかけ、恐る恐る扉を開く。
浸水している様子もない事を確認し、室内へと体を滑り込ませる。
舵に備え付けられている操作盤、そこに宿る魔石が僅かに光っている。
『パーシィ…無理して…』
この場を離れても最低限の操作だけは残していた様だ。
相まって水中を進む船は、流れのままではあるが、一定の方向に向いているのはパーシィの操作に依る所だろう。
操舵室の窓から見える海中の景色はまるで何かに引き寄せられているかの様にそれまでの激流が嘘の出来事のようにも感じる。
「よっ、と。どうだ?」
階下から上半身だけ操舵室に上がる形で様子を伺うカイル。
『うーん…特に何も見え…いや、あれは…』
前方に光る靄のようなもの…あれは…
『海面…かな?』
徐々に靄に近づく船は、やがて海面のようなその場所へと辿り着く。
窓から見える周囲の様子、海中から出たものの、空は見えない。
海底に出来た自然の洞窟だろうか?
甲板から海水も流れ落ちているのを確認して、そのまま外への扉を開く。
『凄いな…海の中の洞窟?』
船は自然と止まり、静寂な空洞には船が海水に浮かぶ音と、私の呟きが反響している。
「…うわぁ…こりゃ凄え…」
私の後に続いたカイルが漏らした声もまた、この不思議な空間に鳴り響いた。
「これは凄いねぇ。」
とそそくさに小舟の用意を始めたのはロニーだ。
この空間に一番強い興味を抱いているのは間違いない。
とはいえ小舟に乗れる人数は限られているため、一先ずは私とカイル、ロニーが降りる事となった。
当然の如く興味津々ながらも船の確認を余儀なくされたパーシィは、先程の疲労感が嘘のように元気を取り戻している様子。
急いで作業を済ませて上陸したいのだろう。
『本当に不思議な感じ…何だろう?…』
海底洞窟。
降り立った陸地、足から伝わる感覚は…
『これ…ねぇロニーさん?』
早速辺りの観察を行っているロニーの背中に声を掛ける。
「これは…普通の石質ではないね。魔力を含んでいるのかな?…」
聞くより前にその答えが返ってくる。
しゃがみ、手で触れたその感触は、間違いなく今までの旅で数回触れてきた遺跡の感覚にとても近い。
僅かに発光している海底の空洞、幻想的なこの地の奥に何が待っているのだろうか?
『…異界の門、か。』
洞窟の奥へと続く先を見つめながら、私は以前ロニーが話してくれたアヴェストの渦に関する言い伝えの一つを思い出していた。
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記された物語の出処は、過去に訪れた者の真実か?はたまた幻想の産物か?
次回もお楽しみに!