121話 曇天の空に
121話目投稿します。
更なる航海に望む船は新たな力を得た。
技術者の想定は、旅の期待と不安を混ぜ合わせる。
本日は晴天なり。
とは行かなかった出港の空模様。
それでも覆う曇天から雨が振りそうな気配がないだけマシと、船に乗り込む。
「フィル。キミたちの帰りを王都で待っているよ。」
「くれぐれも無事に帰ってきてね?」
港口からアインとレオネシアの見送り。
再度の乗船となるガラティアを見送るパルティアの姿も見受けられる。
恐らくは2人同様に無事を望む声をかけられているのだろう。
出港直前まで船の整備、調整を行っていた技術院一同の下船確認が取れ、私たちの船の全船員が甲板で顔を合わせる。
『準備よさそうだね。行こうか!』
カイル、パーシィ、ロニー、リアン、そしてガラティア。シロの姿は…マストの上、見張り台に見える。
皆の頷きを合図に出港の声は高らかに。
各自が持ち場に付いたのを確認し、
『抜錨!、進路を北東へ。』
係留を解かれた船がゆっくりと陸から離れていく。
「ふふ、今のすっごい船長っぽい。」
舵を操作しながら操舵士が笑う。
『そういえば、随分急いで改修されたんだって?』
ニヤリと笑う操舵士。
「よくぞ聞いてくれました。」
とこちらのフリを待っていた様子。手招きする。
操舵席…これもまた急遽改修したにしてはしっかりと操舵士を守れるようなちょっとした部屋だ。
外から見ればぱっと見は大きな樽だが視界確保用の開閉窓に扉も頑丈そう。
『あ…凄いね、広くはないけど…これもしかして?』
「うん、閉めたら水も入らないはずって言ってた。」
『うわぁ…』
即座に漏れた私の言葉は感激ではなく、どちらかと言えば呆れと恐怖だ。
この造りはつまり…
『まさかとは思うけど…潜れる?』
「えっ?…何でわかったの?」
今日になって乗船前に改修後の全体像を見た印象は「頑丈そう」ではあったが、この操舵室を見る限り潜水まで想定された造りを彷彿させるのは強ち間違ってないだろう。
少なくともこの機能は、今から向かう先に必要となる可能性が高い。
試作船とはいえこれは今後造船される船の水準になるか?と言えば否だろう。
むしろこれは…いや、今は考える事ではない。
決して広くない操舵室を改めて観察すると、足元にも扉のような物も設けられている。
「あぁ、これね。開くと船内に行けるよ。」
器用に体をズラし、開けてみ?と言う顔。
地下室の扉と言った感じだろうか?、開いても覗き込むと船内の廊下に繋がっていて、これは最早この船の主な改修方針は揺るぎないだろう。
「帆の操作もここから出来るようになったから、多分この船、一人でも動かせると思うんだよね。」
『疲れない?』
ここまで多岐にわたる操作となると、彼女の負担の方が気がかりになる。
「そりゃ前よりはね〜、でもすっごい楽しいの。何ていうか…うん「冒険心擽られる」って感じ!」
『そっか。まぁ無理だけはしないでね?』
「あははっ…フィル〜それアナタに言われても説得力ないよ?」
『う…』
正論を言われてしまうと言い返せない。
「冗談だよ。わかってる。」
細かい追加装置の説明が一段落した後、船内も見た方がいいかも?との提案はご尤もだ。
「あー、ついでに窓とか確認?」
『分かったー。』
船内を出来る限り隅々まで見て回る。
途中、立ち寄った書庫では相変わらずヌシが転がっていたが、窓に問題はなさそうなので軽く言葉を交わしたのみで、続いて厨房周りの確認に向かう。
こちらもまた相変わらずというか、いつも通りの光景だ。
数日間、その腕の厄介になる事を踏まえ、その背中にお礼をするが気付いた彼は「どうかしましたか?」と不思議そうな顔を見せる。
船内の確認中です。簡易な返事と何か手伝える事でもないものか?と加えたものの、その返事は「こちらは別段」との事。
厨房も改修が行われているようで、技術院の仕事も匠の拘りのような物を感じさせる。
『何かあれば言ってくださいね。』
それだけ残して船内から外に出る。
『あー…』
「ゴメン、フィル。一応は止めたんだよ?」
操舵室から頭を覗かせたパーシィが申し訳無さそうに言う。
甲板に見える光景。
カイルとガラティアが向き合って、構えている光景。
スタっと私の横に降り立ったシロ。
「まぁ、2人共弁えてはおるはずじゃよ。」
いざとなれば止めてやる、というシロの言葉を信じる事にしよう。
「ハッ!」
「よっ!」
「ほっ!」
「ふんっ!」
「っつ!」
「せぁ!」
数回に及ぶやり取りは、戦闘というよりは正に組手と言える形には見える。
とはいえカイルは体術を学んだわけでもなく、見たところガラティアも同様。
互いに実践で培ったものだろう。
その点では年齢が上のガラティアに軍配が上がりそうな所だが、彼女の腕力に持ち前の踊るような靭やかさを加えた実力に、カイルは幼少から積み重ねた鍛錬と、シロから学んだ技で対抗する。
あくまで互いの実力を図る目的であるため、全力とまではいかないようではあるものの、端から見れば互いの差は感じられない。
「ふふっ…いいね、カイル。やっぱ予想通りだ。」
「ハァ、ハァ…そっちも、やっぱり強い…」
互いの怪我とは別の意味で心配そうな視線となっている私の様子に気付いたガラティアが、その構えを解く。
「ここまでにしよう。船長さんを困らせるわけにもいかんしな。」
「あ?…あー、うん…まぁどの道俺は怒られると思うけど…」
聞こえてるんだけど、とカイルを睨む。
「ヤベッ」
逃げるように見張り台に登って行った。
『逃げなくてもいいのに。』
ゆっくりと登ったマストの上の見張り台。
汗拭き用に持ってきた浴布をカイルに手渡し、手摺に背中を預ける。
「スマン。」
『アンタが本気出さないでくれるのは分かってるよ。』
空は曇天模様でも、吹く風はそれなりに心地よい。
『♪〜』
何と無く自然に出た鼻歌。
「それ、何か懐かしいな。」
『そう?』
「何処で覚えたんだ?」
昔からこうやって風に身を任せたりする時に自然に口ずさんでいる歌。
私自身も何処で聴いたのか、覚えたのか、改めて考えると謎だ。
『うーん…何処だろ?お母さんとかかな?』
昨日、カイルに提案した帰郷。
もしそれが出来たなら、母に聞いてみよう。
そう思いながら口ずさむ歌は、風に乗って水面へと消えていった。
『♪〜』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
数日を経て辿り着く目的地。
生者を拒む謂れ、乗り越えた者が得る景色は?
次回もお楽しみに!