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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第五章 大海に眠る
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116話 祈りと願い

116話目投稿します。


暗闇の教会で出会ったその人は告げる。

その身に起こった過去の災いの果てを。

『ねぇカイル。』

どれ程の時間だったのか、陽の光も届かないこの場所では分からない。

「んー?」

『会えないけど会いたい人って居る?』

間を置かず

「お袋…かな。顔もわからねぇけどさ。」

カイルの母親はすでに他界している。彼が生まれた直後からだ。

『そっか…』

「フィルは?」

会いたい人。

シロは時を越えて再会を果たした。

私がこことは違う世界で出会った人たちに、再会する事は出来るだろうか?

グリムはあの未来を変えて欲しいと望んだ。

私が居るこの世界の未来が変わればあの世界はどうなるだろう?

狭間の住人となった姉妹にはいつの日か会えるかもしれない。

ノザンリィのクレン。キュリオシティのリーブ。研究所のニコラを始め、他の職員や、あの世界で出会った人は沢山居るが、今の未来での彼らは存在するのか?

『沢山の人に出会ったから…』

「そっか…」


「フィル、カイル。待たせたのぅ。」

落ち着きを取り戻したシロが私たちの背に声を掛けてきた。

『もういいの?』

頷くシロの後ろ手に、白いローブの女性、シロが【リリー】と呼んだその人の姿も見受けられる。

「フィルさん、カイルさん。ありがとう。」

お礼の理由が分からず『え?』とつい口から疑問符が漏れる。


教会の中に促され、恐らくは当時の騒乱による破壊の跡が残る礼拝堂の一画、何とか腰を下ろせる椅子へと案内された。


「始めまして、フィルさん、カイルさん。私はリリー。リナ=リンドウと言います。」

自己紹介で聞いたその名は…何処かで…

『リリーさん、もしかしたら出身は…』

「ええ。私は皆さんの世界ではすでに滅んだとされる故国、それは西方大陸の開拓民が建国したのです。」

彼女と同様にそこに住んでいた人々は、私たちの名前とは少し異なる印象がある。


「ここは何なんだ?」

「私にも詳しい事は解りません。ですが、ここは現世から切り離された空間である事は間違いないでしょう。」

シロとの邂逅を経て違和感を感じた彼女なりの推論。

曰く、彼女がこの空間に囚われてから、彼女の体感時間とシロの過ごした時間の乖離が挙げられた。

「ご覧の通りここは陽の光も届かぬ闇の世界。私の感覚しか比べるものがないのですが、少なくとも私の中では1年も経っていないと思うのです。」

『えっ…?』

発せられた彼女の言葉に驚き、カイルの、そしてシロの顔を見る。

「わしも驚いた事じゃが…わしと同じ時を重ねずに居たのであれば喜ばしい事じゃ。」


『リリーさんは今どんな状態…なんですか?』

こうして普通に話をしている間も、彼女の顔には張り付いた影が蠢いている。

本人は気にする事もなく話しては居るが、見ているこちらはまるで彼女を蝕んでいる様にも見えて痛々しい。

「私は…」

僅かに言い淀む。

「私はすでに死んでいる、というのが正しいのでしょうね。」

簡潔に述べられた言葉。あまりにも安易に述べられた言葉がその重みを惑わせる。

『そ、そんな…!』

(かぶり)を振るその表情は一縷の希望を願うようなものでは無い。

何かを悟ったかの様な力強さをも感じさせる。

そんな表情されたら言葉を返す事すら失礼になるのではないか?

ギュッと口を締めるしかない。

リリーは…彼女は短いなりにシロとの会話の中で己にある宿命染みた何かを見つけたのだ。


「でもリリーさんは今俺たちの前に居るよな?」

カイルの問いは、彼女の命がすでに果てていると認めた上での疑問だ。

「例えばなんだけと、俺たちがリリーさんをここから連れ出したらどうなるんだ?」

再び頭を振る。

「恐らくは無理でしょう。というより、私はここから出る事は出来ないと思います。」

見ていてください、と立ち上がり、教会の扉に向かって歩く彼女の後を追う。

入口に差し掛かり、外に踏み出したはずの足は、扉の内側に着地する。

『え?…』

彼女が下がったわけじゃない。

もう一度、外に踏み出す。

私たちとの距離は離れているのに、彼女の足は教会の外に出てはいない。

「教会が…動いてる…のか?」

「ええ。」


彼女にとっては絶望そのものだった光景。

膨れ上がった影を抑え込むために放った力は、それに耐えきれず、国を巻き込み、地図から一つの島国を消した。

けれど、最期の瞬間まで彼女は諦めていなかった。

それがこの教会の姿を留めた理由であり、彼女がここから出られない事の理由でもある。

即座に再度放った彼女の力は皮肉にもその場に居た者たちを救いはしたが、守ることはできなかった。

同時に彼女の中に芽吹いた絶望がその身を蝕み、今尚彼女の身に根付いている。

域の中でも色濃く強いこの空間は彼女を起点に今でもこの闇を留めていると共に彼女こそがこの空間そのものになってしまった。


『つまり…リリーさんが動けば、域も…』

「なん…だよ、ソレ!」

憤るカイルが地面を叩きつけるが、その衝撃は容易く闇に呑まれ消える。

「せっかく…せっかく2人が再会できたのに!」

「小僧…」

カイルの憤りはシロを思っての事、解っていても何も出来ない悔しさ、汎ゆる気持ちが溢れ、瞼から雫が落ちる。

無情にもこの空間はその雫すら消してしまうのだ。


「フィルさん、カイルさん。」

ゆっくりと礼拝堂の中、最初に祈りを捧げていたその場所へと戻ったリリーが、改めてこちらへ話しかける。

「御二人にお願いしたい事があります。」

その真っ直ぐな視線は、荘厳で、美しく、まるで…


『女神さま…みたい…』


例え真っ直ぐであっても、荘厳で美しくとも、その口から発せられる言の葉が正しいもの、優しいものとは限らない事を、私とカイルは知る事となる。


感想、要望、質問なんでも感謝します!


願い事を一つ。

希望を託す者は、深淵の彼方で安らぎを得る事が出来るのであろうか?


次回もお楽しみに!

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