115話 深淵の教会
115話目投稿します。
闇の中へ飛び込んだフィルらに訪れるのは深淵へと誘う過去の遺物
本来、夜空は暗いものでは無い。
それは私たちの世界に於いて視界に映るソレは、幾千、幾万の星が輝きを発し、か細くも力強い光を届けてくれているからだ。
『本当に何も無い。』
星の光すら届かないこの空間。
まぁいずれにせよ外はまだ日中だったので星以上に大きく輝く陽の光があるはずなのだがそれも臨む事は出来そうにもない。
「浮いてるのかも分からなくなりそうだ。」
「この中では最早行き先など些細な事じゃな。」
私の胸元に居るシロに比べ、脇に添えられた手は少しだけ震えているような気もする。
『緊張してる?』
「お、おぅ…少しな。」
この面子であれば強がる必要もないし、しても無意味。
理解もしているようなので手間が省けるという所か?
今まで私が経験した影との遭遇。
出来るだけ私以外に及ばないようにしては居たのだが、今回は違う。
『大丈夫だよ、私たちなら。シロも居るんだから。』
他の人員も居たとはいえ、この面子は荒れ狂う竜を前に、正面に立った3人なのだ。
とはいえ、油断大敵なのは身に沁みて分かっている。
「引き寄せられておるようじゃ。」
何かの意志によって引き寄せられる先に何があるのか、もしくは誰かが待っているのか?
シロの力で作られた球体の中でも互いの顔がギリギリ見える程度。
この視界がなくなってしまえば、触れ合う肌の感覚だけが互いの存在を確かめる手段となる。
果たして私たちは完全な暗闇に包まれた時に、その意識をどこまで保てるのか?
今の状況はまさにその強さが求められるのではないだろうか?
『カイル、離さないでね。シロも。』
「しっかり掴まってろよ。」
「破られるぞ!引き締めよ!」
パキン!と割れるような音と共に体を浮かせていたような感覚が消え去り、続いて背筋を襲う落下感。
『っ!』
落ちていくのは体か、意識か?
何度か空気の膜を突き抜けるような抵抗感を伴い、けれども落ちる速さが緩くなるのも解る。
「何か…見えるぞ。」
周囲を見回すと、確かに下方に何か…建造物だろうか?
「厄介な事じゃな…」
シロの声色は呆れのような、怒りのような、憤りに近い気持ちが込められているように聞こえる。
やがて落ちるような感覚は消え、建造物に見えるソレと同じ高さを以て、足裏に暗闇の地に触れた。
「教会じゃな…」
透明な壁でも見ているような、建造物の輪郭だけが視界に入る。
腕を蹴るような感覚に、シロが飛び降りたのが解る。
「―――」
何処からともなく響く音…いや、誰かの声か?
同時に建造物へ誘うように白い花がポツリポツリと暗闇から現れ、周囲を照らし始めた。
『これは…』
「来いって事か?」
白い花のおかげで暗闇の中に地面と、輪郭だけに見えた建造物…シロが言うには教会がその姿を浮かび上がらせた。
同時に互いの姿も見えるようになり、ひとまずの安堵感が得られた。
「―――」
同じ声がもう一度。
耳に聞こえるというよりは、頭の中に響いているような不思議な感じ。
私とカイルの少し前、チラリとこちらを振り返るシロ。
『シロ、どうしたい?』
「…この声は忘れた事は無いんじゃ…」
その言葉だけで理解した。
声のヌシは、永い歳月を経ても彼の心に残る大切な人の声なのだ。
シロの目は私たちというより、カイルを見つめている。
過去ではなく、今の主であるカイルを。
「無理すんなって。」
その言葉を聞いたシロが恐る恐るといった様子で足を伸ばし、教会へと進む。
後ろ手に追いつき、一緒に進む。
『開けるよ?』
教会の扉。シロを呼ぶ声は恐らくこの扉の先に居る。
「…う、む。」
少し上擦っている印象から高まる緊張を感じる。
ギギっと少し重い音を上げながら、ゆっくりと扉が開く。
「リリー…」
教会の中、祭壇と思しき台座に向かって祈る後ろ姿。
外に現れた花と同じ白色のローブ。
「リリーなのか?」
その背中にシロが声を掛ける。
遠目で見ても、その背中が掛けられた声に反応したのが解る。
「――ル」
「ラウル」
ゆっくり立ち上がり、振り返る。
その顔を見た私たちは、一瞬の内に身を強張らせた。
「リリー。」
シロの言葉から、彼のよく知る人であることは間違いないのだろう。
けれども、その顔の一部がまるで黒い染料を塗りつけられたように染まっているのだ。
「あぁ…ラウル…アナタなの?」
堰を切ったように走るシロ。
大きく飛び上がるその体をリリーと呼ばれたその人が抱き締める。
「ゴメン、ごめんね…」
『嬉しそう。』
「あぁ…」
今はこのままで居させてあげたい。
カイルも同じ気持ちなのは言わずとも解る。
私たちでは遠く及ばぬ年月を越えて再会を果たしたその姿は、何よりも尊い。
カイルの服の裾を引き、私たちは教会の外に戻った。
今は、今だけは2人きりにしてあげたい。
シロが駆け寄り飛び付いた光景は、例えソレが何等かの罠だとしても、彼にとっては何よりも心から望んだ願いなのだから。
「俺…少しはアイツの為になってるのかな?」
入口の脇に腰を下ろしカイルが呟く。
彼にしてみれば、シロと主従関係になってしまったのは偶然の産物で、成り行きでも共に過ごし、従者から多くを学んだ。
言葉に出さずとも、カイルがシロに抱く感謝の意は相当な物だ。
「アイツのおかげで少しはオマエを護れる力を手に入れる事が出来た。俺も…いずれはあの人みたいに…えーと、何ていうか…」
『愛されたい?』
流石にこれは照れ臭い話ではあるが、気持ちは分からなくもない。
「う…うん。」
ポリポリと鼻を掻く。
『なれるよ。きっと。』
「そっか。」
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永い年月を重ねた祈りが留めていた微かな光。
遥かな願いが叶えられる日は未だ見えず。
次回もお楽しみに!